あさきゆめ

爆発の規模も一応計算してのものだったが、それでもクロワスの城塞の壁が吹き飛び、中身の生活スペースが見え、焼き尽くされ、黒焦げの人間の死体が見えた。

中には火がないのに転げまわっている者もいる。目がやられたのか、爆音で鼓膜が破れたのか、それとも爆破の余韻である見えない炎に焼かれているのか、必死に転げまわっていた人間からはやがて煙が経って、やがて焼け死んだ。

第十位階まで魔術を極めた私の魔術は、下位の魔術であっても、その神髄を極めているがために、下位の魔術や中位の魔術を覚え始めたばかりのものたちが行使する魔術とは一味も二味も違う。

破壊していいなら、城塞など身を守る盾にもならないのだった。


ここで不死者の大隊を突っ込ませて止めをさすのが普通の流れだと思うが、私の「吹き飛ばす」魔術は、燃焼時間がとても長いので、いま進軍させると危ない。

鉄製の城門も、ものすごい高熱なのか、蜃気楼のように城門周囲の空間が揺らいでいたし、一部は溶け始めていた。

それから軍団には二日間城塞に近づくことを禁止し、三日後に不死者の大隊を向かわせたところ、生存者はなく、黒焦げの死体ばかりで、しかも城塞は全壊で、使い物にならないでしょう、との報告が入った。


私は魔術の代名詞とされるエルヨの中でも、数百年に一人の天才と昔は言われてきたけど、高位の魔術を使うと、充電のために眠ってしまう欠点がある。

だから上位魔術である第六位階以下の魔術も、今後状況に合わせてなるべく使っていきたいと思う。


中位の魔術程度なら、充電期間も短いだろうし、まだ魔力に余力がだいぶあるから眠たくもなっていない。
無理しなければあと2-3か月起きていられそう。

その睡眠周期が来る前に、なるべく戦争の大半を決着させたいところだった。




24

クロワクロワスを陥落させ、サヘン州の占領を進めていく中、シホンの軍勢は北上せず、私たちのいるサヘン州へと向かっていることが密偵の報告で分かった。

サヘン州の支配のために細かく分けていた大隊を最低限だけ残して結集し、43000の軍勢で、サヘン州の動脈路であるエルヒガ街道に布陣して、シホンの軍勢を迎え撃つことにした。

向こうは兵的優位にあるにも関わらず、なかなか会戦を挑んでこない。こちらの前方に布陣したのだが、前進しても退いていくばかりで、何か機会を待っている様子だった。

密偵からその最中に報告があった。
「神人が率いる17000の部隊がシホンから南部カーリャに入りました。英雄級の人間が六人、勇者級の人間が12人。その他の人間も冒険者組合のもので、手練れです。この地方の冒険者組合の主力級の軍勢だと思われます」

という報告が入ってきた。
そういえばシホンには冒険者組合の支部があった。今回の戦に冒険者組合の軍勢を雇い入れたのだろうが、それにしてもかなりの規模の編成だった。

むしろ戦力的にはシホンの軍より警戒すべき編成の内容だ。

そのため早くシホンの軍を潰そうと、足の速いグールの大隊を選抜して、とにかくシホンの軍に特攻させた。だが、シホンの軍の前衛にはかなりの数の鉄砲隊が配備されているらしく、先行させた大隊は敵の布陣を突破できずに戻ってきた。

こういう時機動力のない私たちの軍勢はなかなか攻めるのが大変だ。

結局シホン軍と神人の軍勢は、エルヒガの街道で合流することを許してしまった。
シホン軍と神人の軍勢で総勢87000が、ついに退くことをやめて私たちの軍勢とぶつかった。










戦況は単純に魔術と鉄砲の火力の応酬になった。
向こうにも相当な数の魔術使いがいて、一日目の攻防ではこちらの被害もかなり出た。
遠距離では神人たちの魔術攻撃、近距離に迫っても鉄砲の砲火弾幕で、なかなか近づけない。

こちらも遠距離からは魔術で応戦し、魔術火力的には優勢なのだが、接近しても弓矢刀剣しかないため、銃砲の砲火に前進を押しとどめられて、いつものグール突撃が出来かねた。

向こうの鉄砲は従来の改修型なのか、連射速度が速いし、装填時間も短く、数も数千丁ありそうで、これはなかなか突破が厳しいものになった。

数日の戦闘でこちらの負傷兵は8000人に上り、死んだものと戦線離脱したものが3500を超えた。

わたしも前線に出て参戦していたが、威力の高い中位の魔術でも、神人たちの魔術による障壁によって、効果的な被害を敵方に出すことができず、舌を巻く思いだった。

少なくとも第五位階の「吹き飛ばす」程度じゃ、神人と英雄たちの障壁を破ることができないのだ。

結構わりと本気でピンチなので、私は戦闘が収まった夜に、敵の陣営の前に立ち、高位の魔術を行使することにした。

唇を強くかんで、血が溢れて唇から垂れた。

第十位階魔術。まだ血が足りない。また強く唇をはむ。ドクドク脈打つこめかみの鼓動が聞こえた。

本来なら神人も英雄も勇者も不死者の候補になる、生け捕りにすれば戦利品のような存在だ。
しかし正直、今回は面倒くさい。厄介だ。てこづっている。邪魔な、敵に相応しい程度には持て余す存在だ。

公式的に、表向きに、実際的に、世界で最高位の魔術とされる第十位階の魔術を使う程度には、厄介な集団だと認識した。


「死音」それの神聖言語による詠唱を始める。初めに周囲の音が消えた。それは虫のざわめきや、風の凪ぐ音だ。風が止まり、夜の冷え込んだ気温がさらに冷え込む。原子の活動が鈍っていく。生命の環境の退行。空間が生物を生かそうとするのをやめていく。

詠唱の言葉だけがよく通り、響く。

死を乞い希う神聖言語の囁きが、呪詛の様というよりは祈りの言葉のように木霊した。

絶叫の叫び声がどこかからか上がる。

いや、これは人間の声ではない。

見えない暗闇の空間から、だれか人間の男性がかなぎり声をあげるような叫びが響いた。亡霊の声の現出。徐々に叫び声の数が増していく。
敵の陣営からは、なにも音がせず、明かりを灯す灯だけが揺らめいて、人の気配が消えている。完全なる静寂。生き物の気配という気配がすべて感じられないのに、そこかしこから、闇の中で亡者たちの絶叫が聞こえる。


私は魔術の詠唱をやめた。そうする必要がなくなったと感じた。死音。それは有無を言わせない死の実行と発現。この魔術にかかった生物は必ず「死ぬ」ので、これ以上魔術をかけても、意味がないだろうと思った。

心臓の鼓動が弱弱しくなっている。私も最上位の魔術の行使でかなり生命力を消耗した。


敵の全滅の代償は私の行動不能であり、私は軍団のネフィリムたちの元へ戻り、彼らに敵の軍勢の野営地へ行き、全滅の確認と、戦利品の接収を命じた。

シホンは裕福な国だ。おそらく配備されている鉄砲も新式で、数も多いだろう。第十位階の魔術まで使用したのだから、それくらいの代価がなければ釣り合わない。

私は激しく眠くなっていたが、それだけ命じて、万が一私が眠った場合の代理の軍団長をネフィリムの中から選んでおいた。

眠い、が、この戦局で眠りたくはない。しかし数日たつごとに眠気は増し、限界を感じて、不死者の大隊を三つ選抜して、私は夜の城へ退いた。

夜の城へ到着して自分の部屋に着くと、ルキフグスの姿はなく、恐らく魔族領の防衛のために外に出ているのだろうと、頭の片隅で考えながらも、もう限界で、倒れるようにベッドに横になると、死んだような深い深い眠りについた。



25

起きてみるといつものように夜で、部屋の灯が薄っすらと部屋の隅で灯っている。なんだか寝不足で、まだ瞼が重い。風が涼し気に城に吹き込んで、気温は心地いい感じだった。

ルキフグスが私が起きたことに気づいて、おはよう、という。私もぼんやりとした頭でおはようと返しながら、「何年くらい寝てた?」と尋ねた。

「四年ほどですよ。カーリャへの侵略戦争は一年ほどで終わりました。なので、今から三年前の話ですね。もちろん勝ちましたが」

とルキフグスは大して情感も込めずに淡々と伝える。まぁ私も負けるはずはないと思っていたけれど。


「戦争の経過はどのように辿ったのかしら?」と私は気になっていたので尋ねた。

「あなたが眠った後、あなたの軍団は南部カーリャを占領して、シホン国境で待機し、サクロも中部カーリャの大半を手に収めました。北部では、魔族とネフィリムの軍団が犠牲を出しながらもカーリャ軍と神鷹国の連合軍を撃退し、神鷹国の軍勢は海を渡って逃走、私たちの北部の軍団は、カーリャ軍を追って王都へ迫りました。そこでまた講和の使者が来たのですが、魔族とネフィリムの三人の軍団長はそれを無視して王都へ侵攻し、陥落させました。
カーリャの王族の大半は捉えられ、ヘルエムメレクを代表として、カーリャ国王と直に講和を行いました」


表向きはサクロが代表なのだけど、王都を落として主力軍も破ったのは彼らだから、独断専行はまぁしょうがない。


私は重ねて聞く。
「講和条約の内容は?」

ルキフグスが語った講和条約の内容は、以下の通りだった。
南部カーリャの全域と、中部カーリャ5州のうち3州を魔族側に割譲し、カーリャは「魔族の人類側の友好国」として、魔族側との同盟、さらに聖王国との同盟を締結する。
また戦争で受けた被害の賠償のため、魔族側にカーリャ国内における徴税権の半等の権利を譲渡し、カーリャの税収の半分を魔族側に永久に支払い続ける。

という内容のもので、これはかなり無茶苦茶な条件だが、要するに聖王国と同じように、属国に近い存在に落ちぶれたというわけだ。

対してこちら側からは。

1,王族の解放と以後の安全を保障する。
2,王都を解放し、占領を解く。
3,カーリャとの同盟に伴い、外国の勢力からカーリャの安全を守り、侵略に対しては共同して防衛にあたる。
4,カーリャの自治権と独立を保障する。
5,カーリャの軍部の責任を問わず、その制限を行わない。


という感じで、双方講和条約に調印したらしい。カーリャは地図上でその国土の半分近くを失い、しかもその残りの半分も、魔族側の属国的地位に落ちた、という内容のようだった。

ルキフグスは続ける。
「カーリャとの戦争はそれで終わったのですが、シホンと神鷹国との戦争は続いていましたので、軍勢の半分をシホン国境に集結させました。残る半分は支配地域の支配の確立と治安維持が必要でしたので、それに振り向けました。私たちの軍団はそのまま魔族領の防衛をしていました。
シホンとは何度か小競り合いをして、講和しました。シホン側から10兆5000億シェケルの賠償の提案があったので、それで手を打ち、シホンとの戦争は終結しました。神鷹国はその後もしつこく上陸を繰り返していたのですが、やがて白紙講和ならしてもいい、という内容で使者がきたので、講和となりました。なのでいまは各軍団を支配地域に振り向けて、占領した地域の安定と開発に力を入れているところです」

ルキフグスは事務的な口ぶりでそう淡々と語った。
各軍団の支配地域はその振り分けがそれぞれ配置替えとなったらしい。
私は魔族領とアドカヤとクロワを管轄することに決まり、ルキフグスは聖王国の担当を。中部カーリャ三州はサクロが支配し、南部カーリャ六州は、ヘルエムメレク、ヨミアエル、カルキの三軍団が統治することになったらしい。

私は夜の城とその近辺の、魔族領を管轄に加え、アドカヤとクロワも管轄に入ったようだ。

ルキフグスは言う。
「私たちは二人で一つですから、聖王国も魔族領もアドカヤもクロワも、私たちで共同で支配しちゃいましょう。なので、私も夜の城に留まりたいので、ここにいます」

ヘルエムメレクやヨミアエル、カルキやサクロと約束した税収の半分を夜の城に運ぶという約束はまだ生きていて、夜の城には年ごとに莫大な金貨が運ばれてくる。

それに加えて直轄領の収入と、聖王国の税収の半分、さらには新たにカーリャ国の税収の半分のうちのさらに半分を、私がもらう、ということを連絡会議で確認しあった。