いつのころの記憶だろう。よく覚えていない。子供の私はぬいぐるみを手に振り回しながら、またコカビエルの名を呼び始めた。
いつからか呼ばなくなった。だんだん成長するにつれて、自分が呼んでいる存在が怖くなったからだ。
私は子供のころの懐かしい記憶に触れながら、集落の民家で目を覚ました。時、一瞬、民家の暗闇の隅に、黒い長髪の女の影が見えた気がした。
「コカビエル?」
しかしそれはすぐにいなくなって、気のせいなのかも、と思うことにした。
17
クラベの友人だという、兵賊の頭目、「キリヤマ」という相手と、何度かの交渉を経て、話の通じる相手だという印象を持った。
1,平園に居住するならば歓迎する。
2,ただし居住に際しては、他の住民と同じ額の税金を払わねばならない。
3,それ以外の特別の要求はしない。
4,平園における安全の保障は約束する。
5,他の兵賊から、平園までの道のりの安全を保障することはできないが、なるべく便宜を図る。
という内容だった。五番目の他の兵賊から守ってー、というのは、こちらからお願いしてみたのだが、さすがにそこまでは無理らしい。
平園周辺の兵賊には襲わないように使者を送る、ということだった。
内容としては十分すぎる内容だ。
私は瑞葉様へ情勢を説明し、平園への移住が最善だと護衛の立場から伝えた。
万が一平園の兵賊に問題があれば、こちらで対処しながら別の都に移住すればいい、と付け足して。
この護衛移動生活はとにかく金がかかる。瑞葉様も早めに腰を落ち着けたいに違いないと思っていたが、兵賊が支配する町、というのが気にかかるらしく、他の方法を求めてくる。
しかしここは納得していただかないと、他に方法がないので、兵士たちと私で説得して、納得してもらった。
「いざとなれば俺たちで兵賊の集団をぶっ殺して、平園の支配を覆しちゃいますよ」とムラキが軽口をたたくが、そんなことをすれば周辺の兵賊からフルボッコなのは目に見えていた。
クラベはムラキに怒ったように言う。
「キリヤマの一団を甘く見てはいけません。関東でも十指に入る兵賊なのですから」
ムラキはクラベに笑わずに言う。「冗談だよ」
ムラキはクラベが霊能があるからか、他の従者より親しげに接していた。
「数多いの? キリヤマの兵団」私が尋ねると、クラベは頷く。
「数は、銃で武装した従者が千人以上います。兵士はキリヤマを含めて22名です。特に、キリヤマの長男の、キリヤマレン、という兵士が、サダメ様と同じように例外呪物持ちの兵士です。僕の幼馴染なんですが、闘争の激しいこの地域でも指折りの兵士です」
「ふーん貴方の友達なのね」と私は相槌を打ちながら、周辺の従者に出立の準備を進めるよう指示を出した。
「レンも魔王の陣営の一人ですから」とクラベが私の後ろでぽつりとつぶやく。
「ねぇ、その魔王ってなんなの」と私はさすがに疑問に思っていたことを聞いた。
「魔王と私たちは生まれる前から連帯した集団です。それぞれ身分も才能も生まれも違いますが、お互いに集結し合って助け合います。使命について曖昧なもの、思い出せていないものもいますが、概ね仲間意識を共有した、魔王の陣営です」
魔王の陣営。闇の陣営。死後のアザラシ神の話とやはり似ている。
生まれつき仲間意識を持った集団、とでも解釈しておけばいいのだろうか。どうも宗教臭くて警戒してしまう。
クラベは言う「要するに、秘密結社と、その会長です。表向きはそれぞれ普通に生活しながら、いざというときは会長のもとへ集う、というだけの、秘密結社です」
「そうなんだ」
と答えながら、よけい胡散臭いな、と思って私はそれ以上聞くのをやめた。まぁ今はこの子の知り合いに頼るしかないから、あまり深く詮索しないことにしておいた。
この地域では歩兵と銃砲が従者たちの主力武器らしい。鉄剣で武装しただけの私たちの従者では分が悪い。
銃は鉄剣に比べて割と高価だから、兵士の戦力に重きを置く故国では、鉄剣が主体だったのだ。しかしこうも被害が多いと、銃の配備も考えなければならないかも、と考え始めていた。
関東の兵賊は戦術も兵装も進んでいる。
失敗した、兵賊の襲撃に勝利した後、銃砲を拾っておけばよかった。
次の襲撃があると思っていたし、荷物が増えるからと、先を急いだのが悔やまれる。
買えばいいと思っていたし、被害が大きかったから、早く集落に辿り着きたかったのだ。
出立すると、四日ほど進んでも兵賊からの襲撃はなかった。
時折何発か銃声があって、そのたびに臨戦態勢に入ったが、結局襲ってこないままだった。
前回の戦で、向こうの被害が大きかったのかと思ったが、二日経った頃には別の兵賊の支配圏に入っているのに、一向に襲撃がなかった。
事情通というクラベを呼んでそれを疑問として尋ねてみると、こう答えがあった。
「襲っても割に合わない敵、という認識が兵賊間で共有されたのだと思います。彼らは情報共有早いですから。加えてキリヤマの兵賊の配下、という噂をキリヤマ側が流しているようで、手を出していいのか判断できないのでしょう」
傘下に下ったつもりはないのだけれど、なんにしろ襲ってこないのは予想外で、非常に助かる。敵襲は必定だと思っていたから、休止の回数を減らして急がせていたので、一度中休止を取ることにした。
張りつめていた緊張がゆるんで、大きくため息をつく従者もいた。私は食事もこの時間に取ることにして、簡単な食糧一式を従者に取らせた。
おにぎり。と、パン。それでも嬉しそうに食料を積んだ荷車からそれらを取っていく。
私もパンを六つ手に抱えて、歩けなくなった従者たちのもとへ行って配った。
一人が申し訳なさそうに言う。
「お役に立てなくなり、足を引っ張ってしまっております。本当に申し訳なく思います」
と、自分より年上の従者が言う。
「従者はどうなろうと死ぬまで従者だよ。一生養うし、名誉の負傷をしたことに対する慰労金も出します。目的地に着いてからね。あなた達には今後戦ではなく事務で活躍してもらう。貴重な戦力だよ」
「必ず、お役に立ちます」従者たちは頭を下げた。
こんなこと言わなくても、兵家が負傷した従者の世話をするのは義務なんだけどね。それでも直接声をかけたほうが安心するだろうと思って、言うべきことを言った。
中休止の間、草むらに戻ってパンを齧ると、なんだか急激に眠くなってきた。しかし中休止も半ばを過ぎたから、いま寝たら起きるとき辛い。でも超眠い。むしろ眠ったまま死にたい。いや、でも、いま死んだらこいつらやばい。いまは死ねない。とかまどろみの中で考えているうちに、結局寝た。
18
途中途中兵賊の支配下にある集落で、金を出して滞在させてもらいながら、兵賊にも色々な種類がいることに気づいた。本当に夜盗のようなものたちもいれば、集落の保護者として規律を保って警護団のように振舞っているものたちもいる。
中には都市国家の総督のような存在として、都市を庇護している兵団まであった。
小休止中に、クラベが話しかけてきた。「日本は政権がいくつも分裂して争いが絶えませんが、関東はその中でも更に無秩序な状態です。無数の兵団が起こっては消える、混沌とした地域でした」
私は率直に言った。
「そんな土地に安住できるものだろうか」
「それでも関東の兵賊はいずれまとまります。実はもう兵賊同士での争いはほぼ禁じられています。各々の支配領域も、お互いに承認し合っています。関東南部に突出した兵賊の兵団があって、関東の三分の一の兵賊は、既に彼の傘下か同盟関係にあります」
それは初耳だった。兵賊など自由と略奪が合言葉の、落ちぶれた野蛮な集団だと思っていたからだ。
「私たちがお世話になるキリヤマの兵賊も、その兵賊達の大頭目の傘下に入っています。言ってみれば、大頭目が国主で、頭目たちが領主のような関係でしょうか。大頭目はヤマガミというのですが、いま兵賊達はそのヤマガミの傘下に続々と入っているという、そういう情勢です」
兵賊同士では秩序が生まれつつあるらしい。それは私たちにとって都合がいいように思われた。
その大頭目の配下のキリヤマの兵団の保護下にいれば、問題なく平園に定着できるわけだし。
「魔王はその大頭目の支配する都で庇護されています。魔王はまだ子供なので、成長するまで、ヤマガミの保護下にあるでしょう」
「ふーん」
まぁ魔王についてはおいおい聞いとくとして。
「平園まだ? 到着したらしばらく一か月くらい寝込むから、キリヤマとの交流はあなたと兵士たちに任せるからね?」
実はまた超高熱が出ていた。立っているのもしんどいし喋っていても脂汗が出てくる。
「風邪ですか?」とクラベは心配そうに言う。
「額触ってみて」「うわ、すごい熱!」と驚いた様子だった。
私は自嘲気味に言う。
「私が死んだら三日間は待って。生き返るかもしれないので。腐ってきたら埋めていいけど、火葬とかはマジやめて。埋めるときも包帯に包まず、いまの服装のままで埋めて、棺の中に自殺用の毒物と笛を置いておいて。私の墓場から笛が聞こえたら駆けつけて救助して」とめちゃくちゃなことをお願いした。
クラベは呆気にとられたように「だ、大丈夫ですよ、そこまで心配しなくても。まずは休んでください。顔も青いですね」
「絶対火葬はやめてね」
わたしも自分で変なことを言っていると自覚しながらも、頭痛がしてきて、それ以上クラベと喋っていられなかった。アベたちが気を利かせて馬車を下りてくれたおかげで、馬車の中で横になれた。
私は朦朧とする頭で、冷静に考えれば土葬も半生き埋めだから生き返ったら残酷度やばいな、とぼんやり考えて、眠りに落ちた。
19
死にはしなかった。
八日の行呈を経て平園にも辿り着いた。
キリヤマ氏も、市民として迎える事を歓迎する旨を伝えてきてくれた。
本来市民は武装を許されないのだが、格別に、非常事態時に平園の防衛に協力することで許してもらえた。
平園での位置づけは自警団、ということにされた。
平園の空き家の幾つかを買い上げ、本拠の屋敷を瑞葉様が購入された。
平園では身分制度が存在し、最下層の奴隷から、商業や農民で構成される二等市民、軍務に服役する一等市民、街の運営に参加する参与市民、という具合だ。
私たちは軍務に服役する自警団、という位置づけなので、一等市民の地位を全員に与えられた。
当初税金を払ってもらう、ということだったが、軍務に服役する一等市民は納税の義務がないらしい。兵装に金がかかる上に、その準備は自前でするからだ。
軍務にあたる者たちの兵装は火器での武装が義務だったため、街の商人と交渉して、鉄砲を予備を含めて100丁と、弾薬を多数量注文した。町でもかなり大口の取引である。この地方では金貨、白銀貨、銀貨、銅貨が流通貨幣となっている。金貨には大貨、中貨、金貨半の3種類があり、一枚重さ22グラムの金貨半で、家賃ならだいたい十か月分、お米ならだいたい五石2斗、780キロ買える。金に限っては絶対量が昔に比べ非常に少ないので、価値が暴騰している。
その金貨半で、100丁の鉄砲と弾薬を購入するのに357枚必要となる計算になった。
瑞葉様の財産は金貨が全体で46キロ。白銀貨が35キロという具合なので、当面金には困らない、というような状態であった。ちなみに白銀は金の半分ほどの価値だ。
お金が足りなくなったら国主への国体への斡旋などの営業や、家財を売って金を得ているらしいという懐事情も聞いた。呪物など放出すれば、国主から莫大な金品をもらえることも想像に易かった。
わたくしたちのお給金の話をすると、向こうは色々考えてくれていたらしく、フクワラ様のもとにいたころと変わらない額の金を出してくれるらしい。
私は金剛の領主の孫娘だったのだが、祖父の年間の領地からの税収入が金貨半83枚分だったので、その分を毎年一月初旬に払っていただけるとのことだった。
いつからか呼ばなくなった。だんだん成長するにつれて、自分が呼んでいる存在が怖くなったからだ。
私は子供のころの懐かしい記憶に触れながら、集落の民家で目を覚ました。時、一瞬、民家の暗闇の隅に、黒い長髪の女の影が見えた気がした。
「コカビエル?」
しかしそれはすぐにいなくなって、気のせいなのかも、と思うことにした。
17
クラベの友人だという、兵賊の頭目、「キリヤマ」という相手と、何度かの交渉を経て、話の通じる相手だという印象を持った。
1,平園に居住するならば歓迎する。
2,ただし居住に際しては、他の住民と同じ額の税金を払わねばならない。
3,それ以外の特別の要求はしない。
4,平園における安全の保障は約束する。
5,他の兵賊から、平園までの道のりの安全を保障することはできないが、なるべく便宜を図る。
という内容だった。五番目の他の兵賊から守ってー、というのは、こちらからお願いしてみたのだが、さすがにそこまでは無理らしい。
平園周辺の兵賊には襲わないように使者を送る、ということだった。
内容としては十分すぎる内容だ。
私は瑞葉様へ情勢を説明し、平園への移住が最善だと護衛の立場から伝えた。
万が一平園の兵賊に問題があれば、こちらで対処しながら別の都に移住すればいい、と付け足して。
この護衛移動生活はとにかく金がかかる。瑞葉様も早めに腰を落ち着けたいに違いないと思っていたが、兵賊が支配する町、というのが気にかかるらしく、他の方法を求めてくる。
しかしここは納得していただかないと、他に方法がないので、兵士たちと私で説得して、納得してもらった。
「いざとなれば俺たちで兵賊の集団をぶっ殺して、平園の支配を覆しちゃいますよ」とムラキが軽口をたたくが、そんなことをすれば周辺の兵賊からフルボッコなのは目に見えていた。
クラベはムラキに怒ったように言う。
「キリヤマの一団を甘く見てはいけません。関東でも十指に入る兵賊なのですから」
ムラキはクラベに笑わずに言う。「冗談だよ」
ムラキはクラベが霊能があるからか、他の従者より親しげに接していた。
「数多いの? キリヤマの兵団」私が尋ねると、クラベは頷く。
「数は、銃で武装した従者が千人以上います。兵士はキリヤマを含めて22名です。特に、キリヤマの長男の、キリヤマレン、という兵士が、サダメ様と同じように例外呪物持ちの兵士です。僕の幼馴染なんですが、闘争の激しいこの地域でも指折りの兵士です」
「ふーん貴方の友達なのね」と私は相槌を打ちながら、周辺の従者に出立の準備を進めるよう指示を出した。
「レンも魔王の陣営の一人ですから」とクラベが私の後ろでぽつりとつぶやく。
「ねぇ、その魔王ってなんなの」と私はさすがに疑問に思っていたことを聞いた。
「魔王と私たちは生まれる前から連帯した集団です。それぞれ身分も才能も生まれも違いますが、お互いに集結し合って助け合います。使命について曖昧なもの、思い出せていないものもいますが、概ね仲間意識を共有した、魔王の陣営です」
魔王の陣営。闇の陣営。死後のアザラシ神の話とやはり似ている。
生まれつき仲間意識を持った集団、とでも解釈しておけばいいのだろうか。どうも宗教臭くて警戒してしまう。
クラベは言う「要するに、秘密結社と、その会長です。表向きはそれぞれ普通に生活しながら、いざというときは会長のもとへ集う、というだけの、秘密結社です」
「そうなんだ」
と答えながら、よけい胡散臭いな、と思って私はそれ以上聞くのをやめた。まぁ今はこの子の知り合いに頼るしかないから、あまり深く詮索しないことにしておいた。
この地域では歩兵と銃砲が従者たちの主力武器らしい。鉄剣で武装しただけの私たちの従者では分が悪い。
銃は鉄剣に比べて割と高価だから、兵士の戦力に重きを置く故国では、鉄剣が主体だったのだ。しかしこうも被害が多いと、銃の配備も考えなければならないかも、と考え始めていた。
関東の兵賊は戦術も兵装も進んでいる。
失敗した、兵賊の襲撃に勝利した後、銃砲を拾っておけばよかった。
次の襲撃があると思っていたし、荷物が増えるからと、先を急いだのが悔やまれる。
買えばいいと思っていたし、被害が大きかったから、早く集落に辿り着きたかったのだ。
出立すると、四日ほど進んでも兵賊からの襲撃はなかった。
時折何発か銃声があって、そのたびに臨戦態勢に入ったが、結局襲ってこないままだった。
前回の戦で、向こうの被害が大きかったのかと思ったが、二日経った頃には別の兵賊の支配圏に入っているのに、一向に襲撃がなかった。
事情通というクラベを呼んでそれを疑問として尋ねてみると、こう答えがあった。
「襲っても割に合わない敵、という認識が兵賊間で共有されたのだと思います。彼らは情報共有早いですから。加えてキリヤマの兵賊の配下、という噂をキリヤマ側が流しているようで、手を出していいのか判断できないのでしょう」
傘下に下ったつもりはないのだけれど、なんにしろ襲ってこないのは予想外で、非常に助かる。敵襲は必定だと思っていたから、休止の回数を減らして急がせていたので、一度中休止を取ることにした。
張りつめていた緊張がゆるんで、大きくため息をつく従者もいた。私は食事もこの時間に取ることにして、簡単な食糧一式を従者に取らせた。
おにぎり。と、パン。それでも嬉しそうに食料を積んだ荷車からそれらを取っていく。
私もパンを六つ手に抱えて、歩けなくなった従者たちのもとへ行って配った。
一人が申し訳なさそうに言う。
「お役に立てなくなり、足を引っ張ってしまっております。本当に申し訳なく思います」
と、自分より年上の従者が言う。
「従者はどうなろうと死ぬまで従者だよ。一生養うし、名誉の負傷をしたことに対する慰労金も出します。目的地に着いてからね。あなた達には今後戦ではなく事務で活躍してもらう。貴重な戦力だよ」
「必ず、お役に立ちます」従者たちは頭を下げた。
こんなこと言わなくても、兵家が負傷した従者の世話をするのは義務なんだけどね。それでも直接声をかけたほうが安心するだろうと思って、言うべきことを言った。
中休止の間、草むらに戻ってパンを齧ると、なんだか急激に眠くなってきた。しかし中休止も半ばを過ぎたから、いま寝たら起きるとき辛い。でも超眠い。むしろ眠ったまま死にたい。いや、でも、いま死んだらこいつらやばい。いまは死ねない。とかまどろみの中で考えているうちに、結局寝た。
18
途中途中兵賊の支配下にある集落で、金を出して滞在させてもらいながら、兵賊にも色々な種類がいることに気づいた。本当に夜盗のようなものたちもいれば、集落の保護者として規律を保って警護団のように振舞っているものたちもいる。
中には都市国家の総督のような存在として、都市を庇護している兵団まであった。
小休止中に、クラベが話しかけてきた。「日本は政権がいくつも分裂して争いが絶えませんが、関東はその中でも更に無秩序な状態です。無数の兵団が起こっては消える、混沌とした地域でした」
私は率直に言った。
「そんな土地に安住できるものだろうか」
「それでも関東の兵賊はいずれまとまります。実はもう兵賊同士での争いはほぼ禁じられています。各々の支配領域も、お互いに承認し合っています。関東南部に突出した兵賊の兵団があって、関東の三分の一の兵賊は、既に彼の傘下か同盟関係にあります」
それは初耳だった。兵賊など自由と略奪が合言葉の、落ちぶれた野蛮な集団だと思っていたからだ。
「私たちがお世話になるキリヤマの兵賊も、その兵賊達の大頭目の傘下に入っています。言ってみれば、大頭目が国主で、頭目たちが領主のような関係でしょうか。大頭目はヤマガミというのですが、いま兵賊達はそのヤマガミの傘下に続々と入っているという、そういう情勢です」
兵賊同士では秩序が生まれつつあるらしい。それは私たちにとって都合がいいように思われた。
その大頭目の配下のキリヤマの兵団の保護下にいれば、問題なく平園に定着できるわけだし。
「魔王はその大頭目の支配する都で庇護されています。魔王はまだ子供なので、成長するまで、ヤマガミの保護下にあるでしょう」
「ふーん」
まぁ魔王についてはおいおい聞いとくとして。
「平園まだ? 到着したらしばらく一か月くらい寝込むから、キリヤマとの交流はあなたと兵士たちに任せるからね?」
実はまた超高熱が出ていた。立っているのもしんどいし喋っていても脂汗が出てくる。
「風邪ですか?」とクラベは心配そうに言う。
「額触ってみて」「うわ、すごい熱!」と驚いた様子だった。
私は自嘲気味に言う。
「私が死んだら三日間は待って。生き返るかもしれないので。腐ってきたら埋めていいけど、火葬とかはマジやめて。埋めるときも包帯に包まず、いまの服装のままで埋めて、棺の中に自殺用の毒物と笛を置いておいて。私の墓場から笛が聞こえたら駆けつけて救助して」とめちゃくちゃなことをお願いした。
クラベは呆気にとられたように「だ、大丈夫ですよ、そこまで心配しなくても。まずは休んでください。顔も青いですね」
「絶対火葬はやめてね」
わたしも自分で変なことを言っていると自覚しながらも、頭痛がしてきて、それ以上クラベと喋っていられなかった。アベたちが気を利かせて馬車を下りてくれたおかげで、馬車の中で横になれた。
私は朦朧とする頭で、冷静に考えれば土葬も半生き埋めだから生き返ったら残酷度やばいな、とぼんやり考えて、眠りに落ちた。
19
死にはしなかった。
八日の行呈を経て平園にも辿り着いた。
キリヤマ氏も、市民として迎える事を歓迎する旨を伝えてきてくれた。
本来市民は武装を許されないのだが、格別に、非常事態時に平園の防衛に協力することで許してもらえた。
平園での位置づけは自警団、ということにされた。
平園の空き家の幾つかを買い上げ、本拠の屋敷を瑞葉様が購入された。
平園では身分制度が存在し、最下層の奴隷から、商業や農民で構成される二等市民、軍務に服役する一等市民、街の運営に参加する参与市民、という具合だ。
私たちは軍務に服役する自警団、という位置づけなので、一等市民の地位を全員に与えられた。
当初税金を払ってもらう、ということだったが、軍務に服役する一等市民は納税の義務がないらしい。兵装に金がかかる上に、その準備は自前でするからだ。
軍務にあたる者たちの兵装は火器での武装が義務だったため、街の商人と交渉して、鉄砲を予備を含めて100丁と、弾薬を多数量注文した。町でもかなり大口の取引である。この地方では金貨、白銀貨、銀貨、銅貨が流通貨幣となっている。金貨には大貨、中貨、金貨半の3種類があり、一枚重さ22グラムの金貨半で、家賃ならだいたい十か月分、お米ならだいたい五石2斗、780キロ買える。金に限っては絶対量が昔に比べ非常に少ないので、価値が暴騰している。
その金貨半で、100丁の鉄砲と弾薬を購入するのに357枚必要となる計算になった。
瑞葉様の財産は金貨が全体で46キロ。白銀貨が35キロという具合なので、当面金には困らない、というような状態であった。ちなみに白銀は金の半分ほどの価値だ。
お金が足りなくなったら国主への国体への斡旋などの営業や、家財を売って金を得ているらしいという懐事情も聞いた。呪物など放出すれば、国主から莫大な金品をもらえることも想像に易かった。
わたくしたちのお給金の話をすると、向こうは色々考えてくれていたらしく、フクワラ様のもとにいたころと変わらない額の金を出してくれるらしい。
私は金剛の領主の孫娘だったのだが、祖父の年間の領地からの税収入が金貨半83枚分だったので、その分を毎年一月初旬に払っていただけるとのことだった。

