魔女の優越

そうはいっても、こればっかりは回避できない。積み荷を運ぶ荷車も、私たちが乗る馬車もようやく新調したばかりで、夜盗のために破棄して街道を逸れるなんて選択肢はとれないし、そのために私たち護衛がいるのだから。前回のように一国の軍隊が相手ならともかく、夜盗に怯えて道を逸れるなんていう真似は出来なかった。

関東は実際夜盗が幅を利かせ、彼らは関東では兵賊と呼ばれているらしい。
中には領主のように、幾つかの集落や町々を支配して、庇護するためにゼイキン、まで取っているらしい。

関東で夜盗と言えば、笑って済ませられる相手ではなかった。


パン。

乾いた音が響く。また銃声だ。

街道の行く先から大声でだみ声が響く。

「積み荷を置くか、死ぬか、選べ!」

場が静まり返る。瑞葉様ご一家も不安そうにしているが、清人様は首を横に振った。

私は馬車から顔を出して、近くの従者に耳打ちして叫ばせた。

「積み荷は置けない! 無理にでも通る!」

従者にそう叫ばせると、遠方から銃声が二発聞こえた。

攻撃というよりは何かの敵の合図だろう。

それから数秒もしないうちに一斉に街道の草むらから敵がなだれ込んできて、駆け寄って発砲を始めた。従者の幾人かが倒れる。馬車にも数発当たったが、私たちには当たらなかった。

「ここにいてください」

瑞葉様にそう言うと、彼らは不安げだった。特に二十歳を越えたばかりだという二人の姉妹は怯え切った様子だった。

馬車を出て、扉を閉めると、外にいた大王家の付き人に言った。

「法術が使える付き人は護衛についてください」

眼光の鋭い付き人が答える。
「わかっている」
そう言うと馬車に乗り込んだ。

賊たちはまとまって行動せず、統率なくばらばらに銃を発砲している。
それは、実は効果的だ。
兵士の法術は派手な術が多いから、まとまって攻撃力を高めるより、散って行動したほうが生存率が高い。

まず兵士の従者を殺して、孤立した兵士を精神的に追い詰めながら専門の兵士狩り部隊で殺すのを狙うのは戦の常道だった。

兵士には呪物による自動防御ー自動的に具象する障壁、のようなものがあって、銃砲や鉄剣では殺せない。しかしこの見えざる盾には穴があって、上位の法術による攻撃の他に、毒殺や超至近距離での爆破、といった類では、殺せることもあった。
しかしそれは呪物の性能によっては防御できる場合もある。
そこでいろいろな手段で兵士を殺すための、専門の部隊が軍に配置されているのが普通だった。中には毒ガスを扱うところもある。

突然私に向けて突撃してくるものがいる。
一人…いや、その他に二人。

手には筒の長い銃に鉄剣をつけたものをこちらに向けながら、もう片方の手になにか包帯で包まれた丸いものが見えた。導火線も見える。あ、やばい、自爆する気だ。

超至近距離で爆破して殺す、ということだろう。

確かにそれで殺せる兵士もいる。私をそれで殺すのは無理だけど、ここで爆破されたら馬車がやばい。

目を閉じる。「念仏でも祈れ!」すぐに賊から罵倒が飛ぶ。「死ね」と私は言った。

左手の呪物の起動のための一瞬の集中。近づけば威力が高まる生命簒奪の法術。「死ね」もう一度言った。声が聞こえる距離にまで近づいていた自爆する気の従者は、走っていた勢いのまま足がもつれて盛大に転んだ。
「死ね、動くな、呼吸するな、止まれ、思考するな、動くな、見るな、耳をふさげ、止まれ、死ね」今までの経験から、法術で命を吸い取るとき、相手が怯えたほうが僅かに吸い取る速度が速まる。

だから、相手へ死を連想させる言葉を吐き続ける。それが呪文のようで、魔女を連想させるのかもしれないと自分で勝手に思っていた。

兵士対策をされた賊は厄介だな。ムラキとアベは自爆する手段で死にうる。

しかし歩きながら呪いの言葉を吐いて、逃げ遅れた味方の従者ごと賊の命を吸っているうちに、情勢はこちらに傾いてきた。
味方は私から逃げ回っているが、賊はそれを追っていく。その追った後姿を眺めながら、命を吸っていく、という作業じみた攻撃。

たまに突撃してくる自爆する従者も、その目的を達せないまま静かに死んでいく。遠くでは死にきれない様子で呼吸を必死に吸って倒れ、もがいている賊の姿も見えるが、近辺では即死に近い様子で死に顔も穏やかだった。

至近距離ほど死亡速度が速まる。握手できる距離なら即死に近い。

この法術も見てないと命を吸い取れないので、馬車や家などの遮蔽物の中にいると命を吸い取れないという弱点もあったが、もう一つの法術のおかげでその弱点も克服できている。

まして私の法術について知らず、対策を打っていない賊など相手にならなかった。よほど高位の兵士がいれば話は別だが。


「草むらに隠れてればよかったのに」私は死んだ賊の骸にそう独り言を言った。

遠くの幾つかの地点でまだ銃砲が鳴っている。遠くに逃げすぎた賊の集団をいくつか見落としたか。

しかし瑞葉様の護衛があるから、この場を離れられないし、彼らに追いつく足もなかった。

呪物への力の供給を解除する。私は馬に乗れないので、馬を駆って疾走することもできない。

アベやムラキ、ササキも歴戦の兵士だから、心配だけど、救援にはいかない。動けないし。しかしクラベについて思い至って、彼は死んだら困るんじゃないかと冷え切った感情の中で思った。

ああ、どうしよう、探しに行くのも本来の役割から許されないし、死んだらそれまでだよね。

しかし妙に気になる。クラベが死んだら死後に見たあの神との話の現世における手掛かりがなくなるし、なにか重要なものを損失するような焦りが感情に渦巻いた。

そうはいっても私の法術は万能じゃないし、できることとできないことがある。

とりあえず考えを現況に向けて、賊がこちらの金品を狙って、再びこちらに帰ってきたら殺そう、と思って、馬車にもたれかかった。疲れたから。また死にそう、と思いながら、大きく息を吐いた。


16


今回の戦いでは目立って被害が出た。
従者と付き人105名のうち19名が死亡。
37名が重軽傷。

負傷者は澤山を超える前は故郷に置いてきたけど、これから先はそうはいかない。

重症者の従者のうち五名が数日の間に死亡した。

中には私に懇願して、即死させてほしいと頼む従者もいたので、希望を叶えてあげた。

こういう殺し方は、戦場とは違って悲しい気持ちにさせた。特によく顔を知っている従者を死なすのは、感情的に堪えた。

死傷者の中に兵士たちとクラベはいなかった。
兵士はともかく、クラベは若いから、武家としての資質を侮っていたが、本人曰く、不思議と戦場で傷を負ったことはないとのこと。

単純に運がいいと言っていた。

軽症者、といっても、中には骨折や、銃弾が抜けただけで出血のひどいものもいたから、命には関わらない、という程度で、近隣の村まで運ぶと金銭を配って医者と医務経験者を複数人手配させた。

一人でも死なないようにさせたいのは人として当然だし、兵士にとって従者は兵役だけでなく雑務全般もこなしてくれる自分の家の使用人のようなものだから、その身を守るのは当然の務めだった。

「死亡者が24名になりました。足が使えなくなったものが6名。戦場には立たせられません。傷のないものと回復が見込める軽症者が、75名です。うち大王家の付き人が18名なので、我々の従者たちで健全なものは57名になります。かなりの痛手です」

アベがそのように報告した。
こちらの従者の被害が大きい。
歩けなくなったものは今後荷車で連れて行くとして、彼らが身を守るための銃が欲しいところだ。

心理的に、襲われたとき丸腰じゃ辛いだろうし。大き目な都市に行ったら手配してもらおう。瑞葉様にお金を出してもらって。

「前回の兵賊の襲撃の中に兵士はいなかったね。様子見だったってことかしら? もう一度襲撃がある可能性もあるかもね」

アベが答える。
「一回の襲撃でこの被害は酷いですね。この先兵賊の襲撃が常にあることを考えると、何か対策を打たないと」

私は言う。
「本当は関東東部まで進みたかったけど、無理かもね。近場の都市に根を下ろすか…」

「近辺なら川神という都市があります。もっとも兵賊の支配下ですが」

しばらくこの集落に留まって周辺の兵賊と交渉するしかなさそう。
しかし賊は賊だし、できるなら交渉の相手にはしたくない。

関東の東部まで進めば治安のいい地域が増えるんだけどなぁ。

一人で考えるために、アベを下がらせた。
集落や都市までの道を、護衛隊を二つに分けて進ませたほうがいいかもしれない。

一つは金品や食料などの物資を護衛する輜重隊。これに兵士と従者を集中させる。

もう一つは瑞葉様を護衛する護衛隊。これには私と最低限の付き人だけを連れていく。

実際、戦闘になれば攻撃は私一人のほうが容易い。
付き人を大王の護衛につけて、兵賊への攻撃は私が担う、のほうが、被害が少なく、攻撃も効果的な気がした。

むしろその場合心配なのは輜重隊の方で、敵が精強な場合金品略奪の上全滅もあり得た。

やっぱりだめか、と頭を捻っているとき、クラベが近づいてきた。

「この辺の兵賊について、多少知っているのですが…」

という意外な話だった。

「どんな内容?」と聞く。

「兵賊の頭目の一人と友人です。ここから離れてはいるんですが、平園という街を管理しています。信頼できる人です」

私は疑念に思った。
「その兵賊を頼るということ?」

「はい、この辺りは兵賊たちがひしめいていますし、僕の友人の街なら、支配が確立しているので、同じ兵賊に襲われることもそうそうありません」

なんで従者に過ぎないこの子が兵賊と友人関係にあるのか疑問に思ったが、まぁ不思議な奴だし、そういう疑念は置いておいた。

本当に兵賊の頭目と交渉できるなら、願ってもない話だし。

「その兵賊と交渉できるの? こちらも譲れないところは譲れないよ?」

クラベは頷く。
「大丈夫です。平園への長期の滞在と、安全の保障程度なら、無償で引き受けてくれます」

「どういう間柄なの?」と続けて聞くと、「幼馴染で、友人です」と答える。そこには嘘や虚栄を張っているそぶりは微塵も見えなかった。

大丈夫なのかなぁ、と思いつつも、その様子を信頼することにして、「じゃあ、交渉のための騎兵を出すから、言伝は任せるよ。でも内容は確認するし修正もするからもちろん」と交渉の許可を出した。

そうして、兵賊との交渉のために、しばらくこの集落に留まることにした。


眠っている。今度は死んでなどいない。夢の中だとなんとなく朧げにわかる。子供のころの記憶を回想したような夢を見ていた。
森の中、私は一人で遊んでいる。一人、一人だ。
森の中には誰もいないのに、私は誰かに話しかけている。

「コカビエル様、コカビエル様、出てきて、私と遊んで」

母からもらったネコのぬいぐるみを持ちながら、私は空中に手を振って繰り返している。

「コカビエル様、遊んで、私と遊んで」

誰もいないはずなのに、私の後ろに髪が長く、黒髪で、黒い装束を来た女の人がたっていた。

「コカビエル様、きてー」

私はその姿に気づいて、両手を差し出す。黒い髪の女の幽霊は、なにか囁いていた。

なんて囁いたのだろう。記憶にない。

記憶の情景の中。私は彼女の言葉を聞こうと耳を澄ませた。

「黒目が勝って真っ暗になるころ、厄が来て暗闇を晴らす。預言者が予言する時期、警戒蟻の警告が始まる時。雲が群がって雨が降り始める。また国が一つ滅ぶ。これは定め。大いなる災厄と永遠の福音の前兆が、また繰り返される。今回の震動はなかなか大きいものがある。大丈夫、まだ来ない。死んだ魚が猫になったら、また予兆が進む。いいえ、それは破壊のようにではなく、病のように、衰退のように、来るでしょう」

「あはは、なにそれ」と子供の私が笑っている。黒髪の女は子供の私の頭を撫でて、消えた。