魔女の優越

「現代の品級には該当しません。恐らく未発見の呪物とされているはずです。ただ、現代の特品の呪物より高度な兵器であるのは事実です」

例外というやつか。呪物の中には未発見だったり、知られていても行方不明なものも多々あるから、その中で品級がついてない未発見のものは例外と呼ばれている。

それは納得いった。祖父も私が生まれたころ専門家を呼んで調べてもらったらしいが、恐らく例外だろうという結論で終わったというのを聞いたことがある。

例外の呪物を鑑別する機構もあるようだが、祖父は断ったらしい。

心臓に呪物があるということは、それを鑑別するにはわたくしには死んでいただかねばならない。それはかわいそう。という親族の人道的な考えから、私は最初の死の危機を回避していた。

というか眠い。頭が回らない。クラベの話は興味深かったが、わたしはもう眠気の限界に近かった。

「教えてくれてありがとう。ところで、そろそろ休みましょう。明日は早いから」

クラベはハッと気づいたように言った。

「ああ、すみません、お休みのところをお邪魔して。僕も寝ます」

そういうとほかの従者たちが休んでいるところへ歩いて行った。
彼が去って、横になると、猛烈な眠気が襲ってきた。幸い透視もいまは発現してなくて、私はそのまま暗闇に落ちた。



13

起きて出発するころ、朝焼けが森を照らす。
正直寝ている間に敵との遭遇があるかもしれないと考えていたが、私の予想に反して追撃の部隊は来なかった。
竜騎兵を運用するのはコウベ氏始め北部の国々に多いから、恐らくコウベ氏は裏切ったのだろう。
なぜだろう。いくら瑞葉の呪物が特品込みの超貴重品だとしても、百年の盟邦を裏切ってまで欲しくなる代物だろうか。

どうも動機が納得いかなかった。

しかも追撃もなく私たちを取り逃がしているし。欲しいのは瑞葉じゃなく、この国の領土なのだろうか。

森を抜けて東部の街道へ至るには二日かかった。

騎兵を一騎使って早馬をムツミ氏へ出した。東のムツミ氏に何の折衝もなく突然通過することはできない。ムツミ氏には領土通行許可をもらいたい。
ムツミ氏の領土を通行して関東圏へ入れば、敵も追ってこないだろうし、新たな亡命先も見つけられるかもしれない。旧帝都周辺都市なら、落ち延びた国主やら貴族やらが結構住んでいると聞くし。

そのためにムツミ氏の領土を通行する必要がある。そのための交渉をムツミ氏の領土である澤山に着くまでに、まとめておきたいと思った。

騎兵が戻って来て、向こうが提示した条件を述べた。

大身である大王家の領土通行のためには、その身柄の安全を保障するために瑞葉とムツミ氏の関係の構築が不可欠であるとのこと。

大王家の通行を格別、かつ特別に認めるためには、ムツミ氏と大王家との関係性を明確にしておかねばならないとのこと。

ムツミ氏と瑞葉様の関係を周辺の国々へ示すためには、上下の恩顧の間柄を近しく示すべきとのこと。

つまりなんかよこせ、とのことだった。

そのうえで瑞葉とムツミ氏との親戚関係の掲示の許可と、遠縁であるがゆえに瑞葉の保護を提案している。

これは、既成事実として、遠い祖先において、瑞葉とムツミ氏が血の繋がった家系であることを認めてほしい、という謎提案だった。
血の高貴さを高めたい、ということだろうか。

その提案を飲めば、通行許可だけではなく、瑞葉の安全をムツミ氏で保証する、という提案だった。

それは瑞葉様とムツミ氏が親戚であるので、保護する、という大義のためだと補足説明された。

悪くない提案だが、当の瑞葉様がそれを断った。
親戚関係を結ぶと、今後の瑞葉の行く末にとって都合が悪い、という話だった。

突き詰めて聞くと、娘とムツミ氏の婚姻を懸念しているらしい。

私も通行許可さえもらえればいいという考えだったので、血のつながりについてはやんわりと否定し、代わりに二品等の呪物をムツミ氏へ賜り、「国体」への参加のための交渉の橋渡しをする、という提案をしてみた。

国体は領土を持たない政治組織だが、国体に興味を示し、参加している国主は多々いる。

その目的は簡潔に言えば、全国の国主による緩やかな政治連合である。

それへの参加を促す、というのは、多くの国主との国交が開けるし、悪い話ではあるまい、という意味での提案だった。

瑞葉様は二品等の呪物のムツミ氏への下賜を躊躇ったが、澤山さえ抜ければ関東への道が開けるのと、敵国が迫ってくる時間のなさを考えれば、相手への即決を促したい形だった。

案の定その提案を騎兵に伝令を頼むと、二日ほどですぐに返事が来た。

領土の通行を歓迎する旨、大王家の守護者としての安全の保障、瑞葉様との謁見の希望、道中の宿の手配、護衛の付与、などであった。

謁見と護衛の付与は面倒くさいので断りたいところであったが、断るとさすがに心証を悪くするので、全てについて礼を持たせて、騎兵をムツミ氏へ向けた。

なので澤山との国境の関所は容易に抜けることができた。


そのころ合いから私は熱を出して、馬車に引きこもった。瑞葉様の護衛代表として、ムツミ氏との交渉には代理にムラキを立て、私は道中ずっと熱でうなっていた。

本来こんな長旅をしたことがなかったから、無理がたたったのかもしれない。宿につくと死んだように布団に横たわり、自分でもよくわからないうなり声を出しながら、ずっと横になっていた。

14

眠い。眠っていたい。体が空中にふわふわ浮いているよう。暗黒の暗闇が広がっている中で、星々が深海に浮かぶプランクトンのように光り輝いていた。本質は光。光があるから闇の中でも心地いい。

「こんにちは」

どこかから誰かの声が聞こえる。私は答えたくない。どうせまた甦れという話だろう。眠っていたい。もう起きていたくない。疲れて、息を吐いた。

「こんにちはー」

しつこく何度も挨拶を繰り返す声。うるさいから答えた。

「なに」

「僕はゴマフアザラシだよ。お姉ちゃん、死にすぎ」

私は面倒くさくなってきた。このまま死んでたほうがずっと心地いいし、幸せじゃないだろうか。

「今度はわたし何で死んだの」

「衰弱死だよ。生き返らせたとき体は全快させてあげたのに。お姉ちゃん、心弱いほう?」

「知らない」

疲れた。眠い。今回は生き返るのはごめんだ。そう思って私は無言でいようと思った。

「生き返る?」「生き返らない」

そう言葉を返して黙っていることにした。

「ゲームオーバー?」「そうだよ、死んだら神様に従う必要もないでしょ」なんとなく無視しがたくて、つい言葉を返してしまう。


「かみのいだいなるちからをしれ。生き返れー」

そして、目が覚めた。

目が覚めたら布団の上だった。あのアザラシ神こちらの願望聞く気ゼロですね。不意打ち的に生き返らされてちょっと腹が立ってきた。


目が覚めたら熱が引いていた。昨日まで寒気と体の痛みで酷かったのに、なんともない。実はすごい神なのかもしれない。

どうやらここは澤山の街道沿いにある宿のようだ。
ここ数日熱で朦朧としてて、ムツミ氏との会見の護衛には代理でムラキに行ってもらったのを覚えている。

妙に静かだ。

「あ、お嬢様」

アベが戸を不意に開けてぎょっとした顔をしていた。

「いま、心臓が止まってたので、医者が臨終を告げて帰ったところですが…」

「生き返らされた。それより出立するから。休みすぎた。通行の許可が出ただけでここは友邦の国じゃない。すぐに出るよ」

わたしは寝起きで苛立っていたので、余計な反応をされたくなくて用件だけ伝えた。

しかもなんか白装束に着替えさせられてるし。

「不死身ですか? 泣く準備をしてたんですけど…」「あっそ。着替えるから早く出て行って」

アベを退出させると、自分の私服に着替える。これ葬儀の後だったらさすがに生き返るの無理だったんじゃ。

燃やされてる最中に甦らされたらどうなってたんだろう、とか、怖い想像をしつつ、身だしなみを簡単に整えて外に出た。

年上の従者の中には泣いている者もいたが、そんなに慕われていただろうか、と自分で今までの生き方を自省しつつ、護衛の部隊を出立させた。ちなみに馬車はムツミ氏の好意で提供を受けていたので、以前のよりちょっといい馬車になっていた。

しかし私の死は、状況を多少混乱させたらしい。

私の死の報告が周囲に伝わるのと前後して、ムツミ氏がつけてきた護衛隊が急に引き上げ、向こうから長期に滞在するように何度か勧告が来たらしい。

理由を聞くと、関所付近で夜盗の出没があった、とか、出国のための隣国との調整がつかない、とか、もっともらしいが理由が二転三転して要領を得ないらしい。

私はそれを無視するように指示して、さっさと国境に向かうことにした。
いざとなれば国境の関所くらい押し通れるし、向こうの意図がこちらを取り込もうという意図が見え隠れしているような、嫌な感じがしたからだ。

報告を何度も無視をしていると、その後ムツミ氏からの接触はなく、国境もあっさり通れた。

国境を通るとき、関所の人間がまじまじと私の顔を見て言った。
「お加減が優れないと聞いておりましたが、回復していたようで安堵いたしました」
関所を守る指揮官の兵士らしい。思いっきり作り笑いの感がした。
「ありがとう、貴方も健祥で。病は突然来ますから」と返した。

それから何事もなく関所を通過すると、関所のほうから大声で、「早くくたばれ魔女!!」と言われた。あの指揮官の声だ。同時に嫌な笑い声が聞こえる。私は聞こえないふりをして馬車の中で目を閉じて寝たふりをしていた。

ムラキが隣で呟く。
「あいつら絶対サダメ様にびびって軍を動かせなかったんですよ。ムツミがなにか行動を起こそうとしてたのは目に見えてました」

「兵士の中で敵から通称がつくのは名誉なことです」とササキが同調して言う。

「反応しなくていいから。いい馬車もらったし」と私は言う。

「フクハラで魔女を見たら逃げろ。必ず殺される。…ウケるのはムツミのやつら、冗談じゃなくて本当に従者にそう言って教練させていることですよね。よっぽど怖い思いをしたのか」

アベが一人でツボに入ってるのか笑っている。

私は「うるさい」と言って黙らせながら、眠ったふりをしていて本当にその内寝てしまった。



15

澤山国を越えてしばらく経ったあたりで、休止を取っているころ、瑞葉様から意見があった。

「私たちの馬車の護衛のために、術師を一人、私たちと同じ馬車に乗り込んでほしいのですが…。付き人に法術を使えるものが一人おりますが、彼だけでは不安で…」

なるほど、それもそうだ。しかし付き人に法術を使える者がいるなら先に言ってほしい。戦力に計上したかったのに。
「わかりました、兵士を一人つけます。思い至らず申し訳ありません」

と言いつつ、そうしなかったのは、兵士の兵力を分散したくなかったからだ。襲撃があればすぐに対応できるし、使い慣れた三人の兵士を手元に置いておきたかった、というのもある。

「できれば貴方がいいのですが…」と瑞葉様は言う。

わたしは隊の指揮がありますので、と断ろうかと思ったが、護衛隊の指揮官が護衛対象である瑞葉様から離れているのはよくない、とも思った。向こうの意向や意見を聞けないし、今後の関係を円滑にするために、親交を深めておく必要もある。

瑞葉様が懸念されるのは、今朝がた街道で発砲音がしたからだろう。
この辺は兵士崩れの夜盗が出ると聞く。
この辺の夜盗は決して烏合の衆ではなく、戦乱で何らかの事情があって野に下った兵士たちが銃兵を率いて略奪を繰り返している、という話を聞いていた。

中にはかなり高位だった兵士もいるし、街道を金品を乗せて走る私たちは格好の略奪対象だと言えた。