魔女の優越

なんかいろいろ思い出せた気がする。とても古い昔の夢の中でも、同じことを聞いたような。
そう考えながら、今日会った従者のことを思い出していた。
魔王とか、メシア、とか、夢の記憶に近しいことを言っていた気がする。

失敗した。連れてくればよかった。もはや後戻りはできないけれど、あの少年従者だけでも連れてくればよかった。


強迫観念のように、戻って助けよう、という考えと、いや、それはもう無理だ、という考えが鬩ぎ合ったが、その葛藤は長いこと続いて、やがて諦めて捨て置くことにした。

だって戻れるわけないし今から。そんなことはできない。

ーーー助けて。闇の陣営にはぼくのアザラシたちの魂も参加してるの。助けて。たくさん、助けて。いっぱい助けて。闇に眠らせないで。

そんなことを言われた気がするが、無理なものは無理だ。私には護衛の役目がある。無理なものは無理。無理だから。

「アベ。忘れ物した」

私がそういうと、アベもムラキもササキも、はあ? という顔をした。

「今日会った私の知り合いの従者がいたでしょ、法安の山城に。あいつも連れてく」

ムラキが何を言ってるんだという感じでいう。

「それはもうできません。関所も閉ざされ、山城も臨戦態勢に入っています。戻れると思いますか?」

私は恥ずかしい思いを感じながらも言う。

「わかってる。でもあいつを連れて行くのは絶対だから。騎兵を一人貸して。その騎兵に乗って戻るから、あなたたちは先に山を下りて」

ムラキが怒ったように声を荒げる。

「待ってください! 正気ですか? いま考えついたことなら捨ててください。指揮官であるあなたが欠けたら私たちはどうすればいいんですか!」

「戻ると言ったら戻る!!」
私もわけのわからない自分の感情に怒るように声を荒げて膝を叩いた。

その様子にアベがびっくりしている。

呆気にとられるアベとムラキの沈黙の間に入るようにササキがなだめるように言った。

「待ってください。時間はありませんが、そこまで仰るのでしたら、みなで戻りましょう。それで彼を連れだしたら、出立ということでいいではないですか。元々明日の朝出発する予定だったのですし」

ササキがそう言うとそれ以上ムラキも言葉をひっこめた。
こいつは無口だが人がいい。連れてきてよかったと今更思う。

その後私たちは関所で大恥をかき、扉を開けてもらい、山城で大恥をかき、門を開けてもらい、イワベ様にはどういうことか散々問い詰められ、大恥をかき、名前も知らない従者をなんとか探し当て、戸惑う彼を横目に拉致して、再び出発した。私の人望は地に落ちて、恥ずかしさでしんだままでいればよかったと何度も思ったけど、とにかくなにか夢の情報を知っていそうなクラベという少年従者はなんとか確保したのだった。

「なんで僕を連れてきたのですか?」

小休止の時、木陰で傷心で休む私のもとにクラベがやってきてそう問いをした。

「あなたが昼間言ったことに興味があったのよ。わたしも頭おかしい」

また恥ずかしさが込み上げてきた。

「でも僕を助けたことは貴方を助けますよ。魔王についての情報を知っていますから」

「魔王ってなんなの?」

「メシアに対抗する人です。アンチメシアとか、獣とか言われてます。でもそれは大陸の西側での話で、アジア側では竜のみ使いなんですけどね。ぼくは皮肉で魔王と呼んでいます」

「ふーん、おとぎ話? それとも宗教の勧誘だったり?」

「どちらも違います。あなたはまだ記憶がないようなので、話したくありません」

クラベもどことなく恥ずかしそうにしていた。
まともな感性はあるようだ。

「わたしも、なんだかそんなような夢を見た気がするの。光と闇の戦い、みたいな話を。それはとても印象に残る夢で、普通の夢とは違う。どういったらいいかわからないけれど、あなたの話はその夢の話に似ていて、とても興味があるわ。それがあなたを助けた理由よ」

クラベは言う。

「僕はあなたについて知っていますが、現実のあなたは知らないです。でもその夢はいつか現実になるはずです。あなたが信じられるようになったとき、この話をしますね」

そう言うと息を吐いて、眠そうにして黙ってしまった。歳も若そうだし、疲れているのかもしれない。

小休止が終わると、私は馬車に戻って、まだ重たい雰囲気のムラキたちと共に気まずい道のりを行かなければならなかった。


ああ、救いはどこに。アザラシ神恨む。と心の中で呪った。




気まずい雰囲気もだいぶ緩んできた朝方、朝日が山間に射して、下山後の街道を温かく照らしていた。

「お嬢様、次の関所までの間に、一回中休止を入れたほうがよろしいのではないでしょうか。従者たちもだいぶ疲労しています」

と、アベが進言してくる。私は頷いた。

「そうね、もう少し距離を稼いだらそうしましょう」

しばしの無言の後、ムラキが急に私に言った。

「あの少年従者、才能がありますね。霊能を持っている。あれならかなり高位の呪物を扱えますよ」

ムラキがクラベについてそんなことを言った。霊能とは文字通り霊能力のことで、霊視や霊聴についてを言う。私も霊視の類ができる。「透視」もその一種のようなものだ。

格的には霊聴が下で、霊視ができるものが中位格。両方できるものが上位の霊能を持っているとされており、霊視も霊聴もできるものは本当に稀だ。

そして呪物はその霊的な資質を用いて稼働する代物らしく、昔から、呪物を使うのは霊能を持ったものが最善とされている。

「生体エネルギーを呪物を稼働させるための力に変換し、動く」と基礎教育の過程で習った。

だから法術を使うものは一般人に比べ疲れやすいし老けやすい、と言われている。

私はどうなんだろう。老けて見えるのか、よくわからない。

「そうね、あの子も不思議なものを見ているらしい。霊能のセンスはあると思っているわ」

私の夢と共通の幻想を持っている時点で、何らかの霊能的なセンスは持っていると思っていたけど、ムラキには霊能のあるなしが一目でわかるらしい。

まぁ法術を扱う人間以外にも、当然霊能を持った人が、貴族や武家だけではなく一般人にもいるし、逆に呪物を持っていても霊能の才がないものもいる。そういう場合は近親の親族や近しい武家から養子を取るのだけど、それでも見つからない場合は一般人の霊能のあるものから養子を取ることもある。とにかく呪物は霊能の才能があることが大前提なので、霊能者の確保は兵士の家柄の必須事項とされている。

霊能は遺伝しやすいが、絶対に遺伝するものではない。確率は半分以下とされている。

だから、ムラナカの家でも、霊能のない姉のアヤメではなく、霊能があった妹の私に呪物を授けられた。それで祖父は武門の役割を私に、当主としての役目を姉に、と常々私たちに言ってきたし、わたしもそれでいいと思っていた。

兵士の家では呪物の「所有権」を重要視しており、「駒」である「法術師」と、「呪物の所有者」は区別されている。この場合、「駒」が私で、「呪物の所有者」は姉というわけだ。

私が死んだら呪物は回収され、姉の手に戻る、という具合になっている。
実際私が死んだら従者たちが呪物を私の体から取り出して、姉のもとに届けるだろう。それも従者の重要な役目だ。

ムラキは頷いて言った。
「最初反対しましたが、あれだけ霊能があれば使えますよ。サダメ様がむきになるから何事かと思いましたが、納得です」

なんかいい方向に解釈されてる。ぜんぜんそんなこと考えてなかったが、まぁそういうことにしとこう。


ムラキには霊能がある人物がわかるらしい。同類は同類がわかるのか。

私にはそこまで鋭く分析できないけれど。

霊能の世界には色んな視野やモノの見え方があるらしいから、それもムラキの異能の一つなのだろうと思った。


それからしばらく半時ほど進んだ後、「じゃあ、中休止にしましょう」と私は言った。アベがそれを従者に伝えると、「中休止ーーーー!!」と従者が叫んで、瑞葉家を乗せた馬車と私たちの乗った馬車が止まって、私たちは馬車を下りて草むらでまた休んだ。



10


「サダメ様、報告があります」

中休止中に草むらに座ってパンを食べている私に、ムラキが駆け寄って来て膝をついた。そして言う。

「先行させている騎兵から、安間の関所から火の手が上がっているとの報告が」

安間の関所とはこれから街道沿いに進んで友邦の領地、コウベ氏のいる不県まで進むための国境の関所だ。

国境沿いの関所は守りが固く、警備も厳重だと聞いているから、そこに火の手があれば何か重大事案が起きているという意味になる。

「どういうこと?」と私はムラキに詳細を尋ねた。

ムラキは言う。

「北方方面から軍勢が南下していると考えられます。どこの軍勢かはわかりませんが、明らかに何者かに攻撃を受けている様子だった、という報告でした」

不県の国主は古から友邦であるが、裏切った、ということだろうか。

不県との関係性の深さはこの国の国主、フクワラ様との血のつながりにもあらわれており、コウベ氏とフクワラ様は遠戚でもある。

それは一朝一夜で築かれた関係ではなく、裏切るとは考え難いのだけれど、現実に安間の関所が襲われてるとなればそういう可能性も出てくる。

「他に進める道は?」

と私が聞くと、ムラキは即答した。

「馬車を捨てれば、東部方面への道がないことはないですが、東の国境を越えてもムツミ氏の領土に入るしかなく、現実的ではありません」

ムツミ氏は友好的な国主とは言い難い。加えて人柄でいいうわさを聞かない。国境でも何度もいざこざを起こしてきたし、今回の国難に乗じていつ軍をこちらに動かすかわからない危険で不透明な存在だった。

私の考えはこうだ。

え、なんで北から敵が攻めてくるの? なんでこれから亡命しようとしている国のほうから軍勢がくるの? どうしたらいいの?

だ。

「わかった。アベとササキも呼んできて。意見を聞きたいから」

ムラキも突然の事態に戸惑っている様子で、アベたちを呼びに行った。


その時遠方から味方の騎兵が走ってくるのが見えた。何か叫んでいる。
談笑していた従者たちが一斉に喋るのをやめ、みながその言葉を聞き取ろうと耳を傾けていた。
やがて輪郭がはっきりしてくる頃にその声が聞こえた。

「敵襲ーーーー! 竜騎兵、竜騎兵! 数100!」

全員が全員立ち上がる気配がした。同時に動揺している様子も見える。

竜騎兵とは銃で武装した騎兵のことだ。

冷静に考えれば兵士のいない竜騎兵だけの集団なんて、まともに戦えば勝ち目は十分あるのだけど、時期が悪かった。

休憩中の不意の敵襲に、従者たちは困惑し、どちらかというと怯えていた。

「陣形取れ!」

私がそう言うと、ムラキやアベが叱咤しながら従者たちを一か所に集めていく。

敵軍に先行する斥候の騎兵隊だろうか。

剣で武装しているだけのこちらの従者たちでは散らされて殺される。

かといって兵士三名を前進させて敵に当てるのも、打ち漏らした敵に護衛対象を襲われる可能性がある。

「ササキと従者十名は私についてきて。残りは瑞葉を取り囲んで守れ」

ササキの呪物は災害を起こす四品等。術者のいる場所に暴風雨を起こす呪物。しかし発動までに時間が一時間近くかかり、それ自体は環境的要素で、ここでの使い道はない。

しかしササキの呪物は防御範囲が広いので、ササキの後ろにいれば十名くらいの従者なら銃弾から守れる。

私一人で行ってもいいのだけど、いざというとき敵の標的を散らす囮くらいにはなるだろうと思った。

私の呪物では、動きの速い騎兵は相性が悪い。術にかけている間に接近される恐れがあるからだ。

もう一つの呪物を使って、相手を迎え撃つ。
もう一つの呪物は生まれつき持っていたもので、これは呪物の先在と呼ばれるものだった。祖先に移植した呪物が、祖先の体に溶け合って、子孫のいずれかに発現するということが稀にある。