魔女の優越

私は指示を出そうと兵士たちに声をかけた。

「アベは敵従者たちに火をつけて、砦に燃え移らないように後方にいる敵に。ムラキは敵の集団に向けて法術を放って。私は門に近づくまでに、門の周辺の敵に法術をかけるから。従者たちは私たちの後ろにいて、旗を掲げながら近づいてくる敵兵に対処して。私たちは守る必要はない。自分の身を守って。いないとは思うけれど、敵の中に兵士がいたら私が対処するから。じゃあ、行くよ」

そういうと私は立ち上がって砦の門へ向かって歩き始めた。視界に捉えやすい距離まで。
アベは駆け足で私とは別の方向へ行く。ムラキも。それぞれ自分の法術をかけやすい位置へと移動している。

左腕に仕込んで、埋め込まれた呪物に力を注ぐ。

途端に感情が高ぶって、実際に心臓の鼓動が早くなってきた。視界には砦で斬りあっている敵と味方の従者たち。敵と味方の見分けはあまりつかない。遠目だし敵も味方も似たよう防具だからだ。味方なら私の術に気づいた時点で逃げるはずだから、とりあえず呪いにかける。

黒い濁った、酒が腹にたまった時のような感覚が臓腑に落ちる。
それを深く吐き出すように大きく息を吐いた。

目を閉じる。瞼はまた透け始めて、見えないはずなのに目を開けているのと変わらない光景が見える。命の輝き。輝く命たちが蠢いている。
簒奪。
奪う。
奪え。
金属が高く響くような音が鳴り響く。剣がぶつかり合うより甲高く大きな、なにか生理的に耐えがたい音が響く。

これは私の法術が始動した音。

門で争いあっていた敵味方の剣士たちに異変があった。味方と思われる剣士が門へ向かって真っ先に逃げ出している。私の法術に気づいたのだ。

それを追うように敵軍が門へ迫るが、門の中にいる剣士の従者たちに押し返されている。

命の輝きが弱まっていく。輝ける輝きが弱弱しい。その輝きは無数の光の粒となって私のもとに吸い込まれていく。それがえも言われないように心地よい。そしてその心地よさが気持ち悪い。だってそれは他人の生命そのもの。門の前にいた敵兵の一人が、倒れた。立ち上がろうと何度かもがくが、そのまま痙攣を始めた。

そして十秒の間に他の兵士たちの幾人かが倒れた。それを見ていた門の中で敵の従者たちを押し返していた味方の従者たちも、とうとう門の守備を放棄して砦の中に逃げていく。

「サダメだ!! フクハラの魔女が来たぞ!! 退け!」

敵の従者の誰かがこちらを見て指を指しながら叫んでいる。

逃亡には遅すぎる。最低でも術がかかった第一段階までに逃亡しなければ、生存の望みは低くなる。
わたしは一歩一歩進みながら、人の命の輝きを奪うのに集中していた。
また黒い感情が腹に積もってきて、大きく息を吐いた。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

既に五十人近くが絶命。輝きがない。二十名ほどが昏睡。輝きが消えそう。十五名くらいが失神間近で、中には失禁したり痙攣発作を起こしている者もいる。

それを見ていると、どんどんどす黒い感情がわいてくる。それに支配されないように、大きくまた息を吐きだした。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

これは私の儀式のようなもので、人を殺すと湧いてくる黒い感情を、吐き出す、という行為を、初陣のころからずっと続けていた。

実際には何の意味もない行為なのだが、私には精神的に必要なことだった。

勘よく早期離脱した敵の従者たちも、足が重いのか、その速度は遅く、砦からまだそれほど距離を稼いでいない。このままではこの人たちも、私の法術の効果範囲から出られないまま死ぬかもしれない。

門前には倒れた死体と死を待って昏倒している従者たち。もうぴくりとも誰も動かない。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

息を吐きだしながらまだ微かに残る輝きを奪っていく。
眠ってしまえ。眠れ。もう動くな。止まれ。呼吸を止めろ。何も聞くな。止まれ。思考するな。動くな。呼吸を止めろ。休んで。目を閉じて、何も聞かず、怖がらないで、こっちへ来て。


こちらの呟きに、輝きが反応するように、一人、また一人と魂が持ち主の体から離れる。


私の法術は対象に近づくほど術が強まる。より鮮明に目に捉えるほど。こちらの声が聞こえる距離に近づくほど。
門前の前に到着するころには、もう生きているものはおらず、私は呪物への力の供給を絶った。

砦から離れたところでは火だるまの人間が幾人かおり、閃光と共に体が切り刻まれる瞬間の人を見た。

私は後方にいる従者たちを呼び寄せて言った。

「ムラキとアベを呼んできて。私は先に砦に入っているから。二人、私についてきなさい」

従者たちは頷いて、戦闘中のアベとムラキのもとへそれぞれ走っていって、二人は私についてきた。

そして従者二人は先に砦に走り込み、「サダメ様が来られた。お取次ぎをお願いします!」と大声を張り上げていた。




砦は山道へ続く狭い街道の終わりに築かれており、法安山への道を閉ざすために設営されたものだと聞いている。
そのため法安砦というそのままの名称が用いられる。

法安の山にはいくつもの寺院があり、田畑や商売のための店も構えられていて、ちょっとした市場のような場所でもあった。その山腹には山城がこさえられており、イワベ、という城主が山城の防衛を命じられている。しかし法安の山全体の領地は、法安に本拠を置く住職の所領となっており、法安の山城の城主は別の地に領地がある。山城に軍を置くのは非常時のことで、いまは大王の一族の守護と、隣国との戦争のために、本来別の領地の領主を仮の城主としているらしい。

敵国の狙いは法安にいる大王の一族だと分かっているのだから、法安と法安へ続く砦に戦力を集中しているという状況だった。

ちなみに大王の一族というのは、古の王族の後裔を指すらしい。現在国々を統治している国主や、その配下の領主たちとはまったく違う血筋で、ルーツが全く違うらしい。

その地位は国主より上とされることが多いが、儀礼的な理由の他に、その原因は彼らがもつ呪物の量と質が高いからだと言われている。

この国に亡命してきた大王の一族は、それら王族の一部の人々らしいけど、やはり戦況を左右するほどの呪物を持っているらしい。

国主様がなぜどのような経緯で王族を保護しているのかは知らないが、私は結果的に末端でその王族を守る役目を担うことになったようだ。

祖父は砦中央の館にいた。広間に通されると、眼光の鋭い厚い瞼の老人が、低い声で出迎えてくれた。まぁ私の祖父なのだけど。

「門前の掃除ご苦労だ。ここに呼んだ理由は分かるか? お前に敵が攻めてきても山へ登らせない仕事をさせるためだった。最初は。しかしそれももう無理なことになった。動いているのが隣のアゼンだけではなく、エガ、モテウチ、エサンのそれぞれの国主がこちらに兵を向けていると報告が入った。止められるわけがない」

戦況は劣勢どころか詰んでいたようで、祖父はバカバカしいとばかりに笑った。

「私はここで死ぬ。ここで兵たちと共に時間を稼ぐから、お前は法安の山城へ行って、大王の一族の供をし、東国へ逃がせ。アヤメにも既に使いを送っている。私の後継はアヤメだ。お前ではない。アヤメとも、もう会うことはないと思え。お前には餞別がある。ここにいる兵士のうち、好きなものを三人持っていけ。従者も五十人連れて行っていい。物資も、金も、必要なものは道中でお前に届ける手はずだ。とにかく時間がない。準備ができ次第山城へ行け」

祖父はもう死ぬ覚悟ができているようで、早口でまくし立てると、息をついて椅子に座った。

私は広間に通されて一番にそう告げられたので、呆気にとられてしまっていた。

「お前には苦労ばかり押し付けたが…」

「冥府に行ってもお前の健勝を見ているぞ」

祖父のトーンが落ち着いてきたので、私はようやく言葉を出した。

「いえ、いきなり、なので、驚いています。この砦を放棄すればいいのではないでしょうか? それで…」

自分で言いながらどもった。無理な気がする。先ほども小競り合いがあったように、敵軍はこちらの動きを監視している。撤退の動きを見せればすぐに敵の本隊が動くだろうし、手薄になった砦は落ち、みすみす相手に山城への道を開いてしまうことになる。こちらがどんな全力で山道を登っても、王族を着の身着のままで連れ出して逃げ切れるとは思えない。相手には騎兵もいる。集団で逃げながら敵軍の追撃をかわすなど無理だ。

山城から逃げても、敵は山城を包囲したうえで、逃亡した王族を捕らえる別動隊を出せばいいのだから。

しかしこの砦なら、敵の全軍を足止めできる地理にあった。

祖父は言う。
「どういう展開でも、この砦で一定時間時間を稼ぐ兵と指揮官が必要だ。お前は難しいことは考えずに、王族を連れて東国への道を開けばいいだけだ。お前はただの王族の守護兵だ。いろいろ気に病む必要はない。頭を使うのは昔から苦手たっだだろう」

小ばかにされているのだろうか。いや、祖父の表情からは、懐かしいものを見ているような雰囲気があった。そこには普段は見ない優しさのようなものが含まれている気がした。

「おじい様、本当にお別れになるのですね。私もおじい様のご指示の通りに致します。最後まで、生き残る道を選ぶことを願っております」

「お前こそ達者でいろ。すぐに冥府に来たら追い返すぞ」


兵士の習わしでは長々と別れの挨拶を交わすのは軽蔑されるものとされていた。

私はそこで気持ちを切って、深くお辞儀をすると、出立の準備に入った。その後は挨拶も会話もなく、私はムラキとアベ、そしてもう一人、ササキを供に連れていく兵士に選んで、従者たちと共に出立した。祖父は見送りもしなかった。兵士の習わしとはいえ、なにか寂しいものが心に蹲った。




山城の城門の手前に来ると、すぐに城主の間へ通された。本当に時間がないと祖父に念を押されていたので、私も祖父の意向を城主のイワベ様に伝えるつもりでいたが、向こうも事態はだいたい把握しているようで、イワベ様も鉢がねを巻いて険しい余裕のない様相で私たちに対していた。

「事情は分かった。大君の一族には早う、出立の準備をするよう既に言ってある。我々はこの城に籠って僧と民を守る。お前たちは一族に会ってきなさい。離れの法安寺に集結させている最中で、まだ全員揃っていないが、揃い次第山を安間方面に降りなさい。そのまま北上し、国境の関所を出て友邦のコウベ氏を頼りなさい。我々は降伏しない。敵軍が追ってくることはないだろう。金も物資も人も出せんが、敵軍を食い止めてやる」

私はイワベ様の決意に真に感じ入って、深々と頭を下げた。

「必ず送り届けます。皆様方のお心を破るような真似は致しません」

イワベ様はおう、と頷いた。

「我々は死ぬだろうが、この国はそう簡単に滅びない。まだ若い奴らを主要な領地に残している。若者といえばお前もそうだが、お前には特別過酷なことを押しつけてしまうな。しかし決して、戻ってくるなよ。お前は大君の守護につけたのだから。国の恥になるような行為だけはするな」

私は頭を下げたままで言った。

「はい、必ず無事送り届け、その末まで彼らを守ります」

正直祖父から聞いていた話では護衛までだと思っていた私は、大王の一族を最後まで守護しなければいけないという話を聞いて内心動揺しまくっていた。

なんで、見も知らずの、自分の国の主でもないもののために、死ぬまで付き添わなきゃならないのか。

地方領主の娘として戦さえ生き抜けばそこそこいい暮らしをしてきた私としては、もう早くも家が恋しくて仕方なくなっていた。アヤメに会いたいし。うわぁ、酷い。祖父がアヤメに会うことはないと言っていたのも、そのくらいの覚悟で死ぬ気で護衛しろというニュアンスだと勘違いしていた。恥ずかしい。故郷にもう帰ってこれないんだ、と思うと、途端に寂しい思いがした。

イワベ様は言う。
「よし、もう行け。法安寺にみな集まるはずだ。我々も準備で忙しい。下がれ」