魔女の優越

赤い、極彩色の夕日。眩しい。目にいたい。目の光の感度が上がっている? 目が疲れる。

「お嬢様」

誰かが声をかける。使用人だと思う。眩しくてよく見えない。

「お嬢様、どうなされましたか?」

「いえ、ちょっと眩しくて…」

「大丈夫ですか? 目が痛くていらっしゃる?」

すぐには目が慣れなかったが、やがて使用人の顔が見えるようになった。
アサという名の、家令の娘だった。


アサは言葉を続ける。

「ご存じとは思いますが、御館様が、兵士と従者たちを率いて国境へのいざこざに向かっておられます。その、酷なのですが、供を連れて貴方も来るようにと言付けを賜っております」

国境の隣国の領主と幾度も紛争があった。わたしはこの地の領主の末の娘で、何年も前からそういった戦争に参加している。
しかし病気がちで、目が弱いので、このように出陣に遅れることもしばしばあった。

ああ、体がだるくて重い。精神状態も暗くなっており、とても戦いに高揚するような気分ではない。しかし来いと言われて嫌ですと答えるわけにはいかなかった。

祖父は父も母も無くし、残された私と姉で役割を完全に区別していた。
姉は祖父の後継者として兵たちの棟梁として育てられているが、私は法術の才能があったので、前線向きの兵の将として育てたいらしいが、明らかに私には心身ともに向いていない気がした。

私はアサに言う。
「すぐに支度をするから、供に連れていける兵士を呼び出して。ムラキと、アベの二人でいいから。あとは従者を必要数に。部屋で待っているから、到着したら呼んで」

「畏まりました。すぐに話を通します。ムラキ様に、アベ様でございますね。明日の朝、ですか?」

いつまでに準備させればいいのだろう、ということだろうか。

「すぐに。準備ができて到着したら、何時でももう行く」

「畏まりました」

アサは首を軽くうなずけると、足早に踵を返した。私が起きるのを待っていたのかもしれない。
実際本当は夜のうちに行きたかった。朝になるとまた目が疲れてやられる。まったく行動できなくなるわけではないけれど、できれば行動は夜にしたかった。夜の間に行軍し距離を稼いで、日中眠り、という具合がいい。
そう思って早く出立できるように、部屋に戻って支度を始めた。

3

深夜。
館を出発した私と供の兵士は、従者たちが駆る馬車で街道を渡っていた。
ムラキとアベは私の知古の兵で、年も25歳付近で私たち三人とも近い。

二人とも法術を主体としたよく訓練された兵士だった。
この地方は概ね、法術が使える兵士と、法術が使えない従者に区別されていた。兵士は一般兵というよりは貴族のそれに近く、従者たちの組頭であることが多い。重臣も当然兵士で占められていた。従者が重用されるのは政務において重用されることが多いが、軍事的には扱いは重んじられていなかった。

馬車に揺られながら、夜の宵闇を行く。先頭の騎兵が、ランプをもって馬車を先導していた。

ムラキが言う。
「こんな国境の紛争に、サダメ様を連れていくほどでしょうか」

サダメとは私の名だ。ムラナカサダメ。それが私の名前。

アベが同調して言う。
「御館様はお嬢様を期待しておられるのです。重要な戦には必ず連れていかれます。この度の戦もそれに値するということでしょう」

ムラキがアベに問う。
「なぜ? 小競り合い程度のことだろうと聞いているが」

「情勢が変わったのです。背後から隣国の国主の軍が動いています。その従者の数は八千。その内90名が兵士です。こちらは従者が千二百。兵士の数は32名。私たちを入れれば、動員できる兵士をほぼすべてかき集めております。すぐに同盟国の軍が来る手はずですが、しばらく持ちこたえる必要があるのです」


そんな劣勢の状態とは知らなかった。わたしも小競り合い程度の戦だと聞いていたから。

私は二人に尋ねる。

「なぜ急に相手の国主が動いたのかな」

ムラキが先に答える。
「先日我が国に亡命した、大国主の一族、でしょうね、特品の呪物をもっておりますし」

呪物。法術を使う上で必須になる宝物。特品から七品等まであり、単純に強力な呪物を扱えればそれだけ強い法術が行える代物。

私は祖父から二品等の呪物を頂いており、それにしてもこの大陸全体で数えるほどしかないような代物だ。


この戦が絶えない世の中では、領土争い、政争の他に、呪物の奪い合いということもしばしば起こった。

私の呪物で起こす法術は、至極単純明快だった。
目で見える範囲の対象の生気を奪う。生気とは具体的になんなのか知らないが、祖父からはそう説明を受けた。
術をかけると第一段階では対象の体力が落ち、体が重くなる。
第二段階では集中力がなくなって、ひどい眠気と、意識朦朧。
第三段階ではそのまま眠るか、無理に起きてても悪寒がして、体に力が入らなくなる。最悪そのまま失神。ここまでにかかる時間はおよそ二分。
第四段階では昏睡に近いような状態になり、何をしても目覚めない。
第五段階では心臓の機能が維持できなくなる。心臓が止まるのが先か、呼吸不全で死ぬ。

1から5までにかかる時間は、こちらの状態にもよるが術にかかってからだいたい8、9分。

地形によってはこの法術をかけるのが結構難しい。なにせ複数の対象を視界に捉えていないと、術にかけられないからだ。

加えて切り札があった。子供のころに体に埋め込まれたらしい呪物がある。こちらは既に体内に入っていたため、品級は不明らしい。

呪物を二つ持つ術師はあまりいないが、私はなんとか呪物のリスクと付き合いながら、二つ持ちの術師として頑張っている状態だ。

「大王の一族はどこにいらっしゃるのかしら?」

私がまた二人に聞くと、今度はアベが答えた。

「法安の山城におられます。あそこには僧たちもおりますし、万が一にも堅牢な場所です。僧法も二名いらっしゃいますし。それよりもお嬢様、大丈夫ですか? お加減が優れないとのうわさを耳にしておりましたが」

アベは気が優しいのか、私の具合を気にかけてくれる。彼は昔からそういう子供だった。おっとりとして、穏やかな雰囲気があった。それは兵士として働いてからも変わらない。それが少し嬉しい思いがした。
わたしは今回の出陣の折に高熱を出して、生死の境をさ迷うほどだったという。気を失っていてあまり覚えていないのだけど。よくわからない夢を、長い間見ていた気がする。ものすごく古い古い記憶を夢に見た気がする。アザラシ、アザラシという単語が出てきたことだけ覚えている。

アザラシというのは古語西洋語の名残であった記憶がある。
海洋生物のことだが、詳しくは知らない。

正確な知識ではないけれど、大昔に滅んだ西洋、中東、アジア、アフリカの文明のうち、西洋文明が残した古い海の生き物の名だ。

基礎的な教育課程で、世界は艱難の時代を得てほぼ最初から文明をやり直していると聞いている。

黄金期、艱難の時代、黄昏の時代、夜の時代、を得て、現在は形成の時代だと言われている。

呪物は黄昏の時代に創られた、旧文明における、科学でできること、を再現するための道具として創られたと習っていた。

世界は概ね科学の技術についての知識を残してきたが、それを再現させることができない。なにより文明の基盤となる人も、資源も、なにもかも、その絶対量が激減してしまったためだ。特に産業後の機械類についての知識は難解で、現在ではほぼ再現できないと言われている。

作り方は知識として残っている。しかしそれを再現させる設備もなければ技術者もおらず、地域的、断片的に古の文明を再現することはあるが、それの永続に成功した国は今のところ存在しない。

現在の世界の平均的な技術水準は、銃、火砲、鉄器、馬。火薬と鉄の文明だ。
流れとして蒸気機関でも作れそうなものだが、肝心の石炭が世界に限られるほどしかなく、自然エネルギーを電力に変えると伝えられる技術も、それを生み出す設備も技術者もなく、再建に成功している国はない。

人類の中興を支えた石油も既に大昔に利用されつくされ、石油どころかエネルギーを生み出す資源全般が地上に残されていないため、鉄器時代で止まっているような状態が今の時代だ。
鉱石類はまだ地上に大量に残されているから。

文明が滅んだあと何度も再興させようとして失敗し、資源を大量に失ったらしい。それが黄昏の時代のこと。

世界から明かりが消え、機械類がストップし始めたのが夜の時代だと言われている。

それまでデータ化されていた凄まじい膨大な知識や情報を、また紙の媒体などに直す作業は凄まじい手間と時間がかかったという。

アザラシという古語は、その紙の媒体に直された本で読んだ。海洋生物百科、という子供向けの書籍だ。
書籍の多くは国主が管理しているから、一般にあまり出回らないのだが、私は子供のころ国の図書館で読んだことがある。国主の遠縁にあたる領主の家系だったから、基礎教育と図書の利用を許されていたのだ。

子供のころなんとなく手に取って読んで、この動物だけ非常に気にかかった気がしたのを覚えている。
アザラシ。特にゴマフアザラシ。

なにかいつかどこかで、聞いたことがあるような名称だったと読んだときに感じた。


そういうことを考えているうちに、朝が近づいてきて、世界が明るんでくる頃に、私は馬車の中で目を閉じた。まだ病み上がりで、気が付けば眠っていた。




前線の砦には昼頃にその付近まで到達した。しかし砦の陣地は多勢の敵軍を前にしていた。
いまも裂帛の気合の叫び声と共に、砦の門の付近で、味方と敵の従者と思しき剣士たちが剣を結びあっている。

斥候の騎兵からは砦に入れそうにない、という報告を受けていたので、私たちは馬車から降りて、馬車は既に所定の場所まで引き返させていた。

森の木々の合間に身を隠しながら、私たちは小一時間ほど砦とそれを攻め立てる敵軍と味方の軍を観察していた。
パッと見で二百人前後の敵味方の従者たちが砦門付近で交戦している。
兵士はたぶんいない。兵士が戦場に立つときは、その兵士の家紋を表した旗を掲げる従者がほぼ必ずいるので、どこかに旗がたつはずだが、それが見受けられなかったからだ。

こちらには従者8名。全員軽く武装している。革張りの鎧と、毛皮の帽子に鉄剣。銃は持っていない。アベとムラキと私の存在を表す旗はそれぞれ持たせている。兵士の存在はそれだけで相手に脅威を感じさせるから、一応持ってこさせた。

そして私付きの兵士のアベとムラキの二人。二人とも法術を使えるので、武装は剣だけだ。防具類はつけていない。

アベが使える法術は発火。念じた対象を発火させる。発火は同時にはできないが、発火させた後数秒で次の対象にまた発火できる。
七品等の呪物。

ムラキはもうちょっと使い勝手がよくて、切断。

かまいたちのようなものを、百メートルほど殺傷能力を持ったまま飛ばせる。百五十メートル離れていても、腕の神経を切る程度の殺傷力はある、なにか切断させるものを飛ばす能力。詳しい原理はわたしもよくわからない。
五品等の呪物。

加えて二人とも呪物があるので、剣や銃砲程度では死なない。呪物は所有者を自動的に守ってくれる性質がある。その方法は呪物によって異なるが、概ねほとんどの呪物が所有者を守ろうとする。
物理的攻撃だけではなく、中には病気や寿命からも守ってくれるものまであるとか。法術を扱える兵士を戦場で殺すのはなかなか難しい。上位の呪物を持つ兵士を下位の呪物を持つ兵士に当てるのが、兵士を殺す一番現実的な方法だった。呪物には攻撃の優先順位があるらしく、上位の呪物の攻撃は、下位の呪物の防御より優先される。つまり攻撃が通る。それが呪物の等級の根拠になっている。なぜそのように優先順位があるのかは、専門家の間でも答えが出ていないが、とにかくそのような法則がある。

まずは砦に入って祖父に会わなければ始まらない。祖父に合流するまでが私に指示されたことなのだから、それをこなさないと。