魔女の優越

終わりが迫っている。使者たちによる攻撃も万能ではなく、傷を負えば完全回復に一年はかかるし、使者を増やす、というのも、敵の死体を噛んで血液を交換する必要がある。そして蘇った死人はすぐには理性がなく、戦力としては使えない。

アドラメレクのこけおどしももう通じないだろう。敵が統制された状態なら、対処法はいくらでもある。

私は疲れた。今度こそ生き目がない。

防衛団に暇を出して、私は面会を謝絶して、自宅に引きこもった。無責任な奴だと呆れられているかもしれない。

眠る。眠っている。心が苦しい。これから確実な死だ。
こんな苦しい気持ちで死ぬなら、今まで死んだときにそのまま死んでおけばよかった。

私は最後の力を振り絞って、心臓に力を集中し、呪物を起動した。
部屋の中が暗闇に染まる。

「コカビエル…」

もう一度呟いた。

「コカビエル、来て」

天井に現れた闇が、深遠をその場にあらわした。

「連れてって。私を天国に連れてって!」

生きたまま宇宙に放り出されたらどれほど苦しいのだろうか。宇宙は凍えるほど寒く、また息ができないと聞く。

闇の中から巨大な目がのぞく。

枕元に誰か立っている。長い黒髪の、黒装束の女性。
頭を撫でられた。体は力が抜けて、動くことができない。
「可愛い」

黒髪から目が覗く。透き通った動物のような瞳。人間とは違う、ガラスのような瞳。
「生きて」

私は反論しようとするが、声が出ない。苦しくてもがいた。
「生きて。笑って。可愛い。サダメ、生きて、笑って。大好き」

そう囁きながら頬に接吻された。

「あと少しだから、頑張って」

そう言うと長い黒髪の女性は消えた。闇の中の目も自ら退くと、呼びかけにも出てこなくなった。

「もうやだぁ。お母さん、連れてって」
そう呟いても、もう部屋には誰もいなかった。

しばらくうつむいて、慟哭しそうな自分の心を静めると、立ち上がって着替えた。

「死んだらアザラシ神ぶっ殺す。頑張るのはあとちょっとだけだからね」そう心に決めつつ、家を出た。
家の玄関にはアベがいた。

「体調はどうですか?」

私は即座に答える。

「これでお別れだよ。敵の包囲に穴をあけてくる。うまくいったら逃げて」

アベは止めるでもなく呟いた。
「お供はしません。俺は貴方が好きでした。でも貴方は勇敢すぎて、俺では追いつけない。さようなら」

そう言って、アベは去っていった。

はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。深くため息を吐く。黒い感情が心にふつふつと湧いてくる。

街の通りを過ぎて、街の門を開けてもらうことにした。
「通せません」と言われたので、皆殺しにした。

はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

邪魔なんだよ。

門の内側で待機していた使者の集団が、その様子を見て立ち上がり、私についてくる。

「サダメはー、メシヤー」

勝手にそう思い込んでろ、と私は呟いて、使者たちに門を開けさせた。

敵から嘲りの言葉と歓声が一斉に上がった。敵も暇だったのだろう。死ぬ気であるのをわかって、何事かを叫んでいる。

左手に意識を集中。目を閉じた。瞼の裏には人の群れ。その命の輝きを欲した。

近づいてくる敵の従者に向かって、後ろから使者たちが発砲しまくる。
それによって生じた時間を、私は光を奪うことに集中した。
次第に使者が倒れていくのがわかる。使者とはいえ血液の八割と主要な臓器を損傷してはしばらくは動けない。

はぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

また荒く息を吐いた。
目の前を巨漢の男が突進してくる。手には銃剣。私に向かって振りかぶる刹那、急にもがいて絶命する。

銃の玉はすでに百発以上私に命中しているが、見えない障壁がそれを防いだ。

既に数えるほどの使者と共に、包囲されていたが、敵に決定打はない。

すると突然敵兵の一団が開けた。後ろから何か歌のような念仏のようなものを唱えながら突進してくる者たちがいる。自爆兵。私は疲労によって集中力が途切れた間際だったので、爆弾を抱いた従者の自爆をもろに直撃した。衝撃は障壁が防いだが、爆風の衝撃までは止めきれず、空中に飛んで、後ろから地面に叩きつけられた。敵から歓声が上がる。

心臓に力を集中する。銃口を向けて構わず発砲しまくる敵兵たち。

闇が空中に広がった。私は言う。

「わが霊よ、来たれ」

闇の中にポツンと、まだ悪魔にしては小さな目が浮かんだ。

「あとは本物の闇のメシアに任せましょう。帰る」

闇の中から手が伸びて、わたしは「彼女」に掴まれる。

わたしは「じゃーねー」と地上の敵に手を振って、強気に振舞った。

最後に、闇の中から彼らを覗いて、光を奪うだけ奪った。私は集めた光で、闇の中を照らし、そして死んだ。


気が付けば、また宇宙の中。暗闇に浮かんでいる。傷ついた心が癒されるような、安らぎの瞬間。

「こんにちは」

アザラシ神の声が響く。

「コンテニューする?」「するわけないでしょ!」私は本気で怒った。

「お疲れ様、ありがとう、ご褒美に地獄じゃなくて、気に入っているようだから天国に引き上げたよー」

なんか最初と立場変わらない気がする。最初から生まれても生まれなくても同じだったんじゃ。

「そんなことないよ」とアザラシ神は心を見透かして言う。

「素敵だったよ。ぼくのアザラシたちも楽しかったって言ってた」

そして私たちはまた暗闇の中に閉ざされ、次の終末を待つと。
私ははるか先の退屈になった未来だったら、もう一度生き返ってもいいかなと思って、眠りについた。