魔女の優越

結婚する気はないことは、子供のころから思っていたことだ。
すぐ死ぬと思っていたし、男も自分の子も、面倒が増えるだけだと考えていた。


「あなたこそ、後継者はどうなってるの? 子供たちに霊能の才能がある子はいる?」

そう言うとササキは困ったように笑った。
「今はまだ、幼いですから。これからゆっくり見極めるつもりです」

霊能は子供の間はあまり発現しないと言われている。
思春期ごろの十代後半あたりから霊能に目覚めるものが増えていく傾向にある。

私も子供の頃は霊視も霊聴も稀に起こる程度で、安定して見えるようになったのは15歳以降だ。

そしてそんなたわいもない話をしていた冬から、春になり始めた2月。

年明けの喧騒も過ぎて、落ち着きを取り戻した街に、関東への帝国軍の侵略の話が降ってわいた。


関東の国主であるヤマガミ氏は、各地の領主とその配下の兵士たち、従者たちを総動員した。
さらに物資を運ぶ輜重隊の編成、物資提供のためにも市民にまで根こそぎに動員した。

関東軍の数は当初想定されていた14万人から18万人に膨れ上がり、傭兵も雇い入れ、法術を使える兵士の数は4500人にまでなっていた。

その上、昨年10月の時点で議会で提案された関東遠征軍の話も急速にまとまり、二月初旬にはその先遣部隊が到着し始めていた。

関東遠征軍の総数は11万人の従者と、3000人の兵士と見積もられたが、実際には各地の有志による参加も加わったから、若干その数は増えた。

関東軍、遠征軍合わせて総勢29万の従者と、7500人の兵士。
数の上では帝国の前線部隊と同等か、それ以上であるはずである。
向こうは占領地域に兵力を割くはずだから、東北北部を占領した時より前線部隊の数は減っているはずだからだ。


そして三月、東北から南下してくる帝国軍を押し留めるために、関東軍と遠征軍は関東北部に集結した。


25

ヤマガミ氏からの動員の勅令のお触れがあった。

全領主は、その子々孫々ともども集結して、シン帝国の軍勢の撃退をせよ。帝国の軍勢を撃退し、東北の民を支配から解き放て。


という簡単な内容。


関東軍の軍勢の左翼の一節にいる私たちの六百の防衛団は、四万を超える関東軍三軍の陰に隠れていた。


私たちに相対するのは五万を超える帝国の侯爵、未然君の軍勢だった。

馬車の中でムラキが言う。

「帝国軍は背後の東北の国々の残党軍にも手を焼いており、こちらに全力を投入できていません。何膳君、陽転君、未然君、の三軍団のうち、一個軍でも消しておけば、今後の全ての戦闘で有利になります。私たちのいる第三軍がぶつかるのは、未然君の軍団です」


「未然君。火災の未然君ね」

噂はかねがね聞いている、大陸の兵士の中でも特品を含む呪物を持つ名家だ。

単純に火の術を使う兵士だが、その術の規模があまりに大きいので、戦場を火の海に変えるとかなんとか。

文献によれば、わかっているだけで一万人以上の兵士を焼死させたらしい。

それにしても使者たちはやる気があるのかないのか、ぞろぞろと歩みが遅い。
加えてお腹がすいているのか、「サダメー、飯くれー」とか、「サダメー、飯はー」とか、「ママー、飯ー」とか叫んでいる。

そのため私たちの軍勢は徐々に後れを取って、後尾のほうまで下がってしまった。こういうのは想定外。

鈍足なうえに食料を取るための休止が頻繁に必要となる。キリヤマ様もあきれた感じで、「あとから来い」と言い捨てるように言った。

だってしょうがないんだもん、私にもこればっかりはどうしようもできない。

噂では先駆けの部隊はもう敵陣に突進を始めたらしい。関東の従者たちは突撃を華とするから、1にも2にも銃弾の中、命がけの突撃を行う。

最初に死んだ者は百人の首を取るのに等しい功績とされていた。

先頭との距離の差は、一日ちょっとか。私は地図を確認しながら言う。これはよっぽど活躍しないと、予算縮小や打ち切りもあり得ると思った。

が、日が落ちた夜までに情勢が一気に変わった。
第四軍扱いされていた関東遠征軍が、何膳君の軍団と交戦し、二時間も経ずに総崩れ。敗走した。

右翼に陣取っていた関東軍2軍も陽転君の軍団の猛攻を受け、夜明けごろに撤退。中央の一軍はまだ左翼の三軍が頑張っていたけど、包囲の危険があるため総転進を命じた。

らしい。
実はまだ戦場についてない。昼までには着くと思っていたけど、朝方にはもう戦は終わっていた。

わたしは情報を集めていた騎兵からの報告を聞き終わると、こういった。
「ニゲナクチャ。敵が関東になだれ込むだろうし。ニゲナクチャ」

アベが天を仰ぐように言う。
「ああー、これで関東も終わりか。今まで積み上げてきたものがー。…どこに逃げます? いっそのこと西側に渡って九州まで逃げますか」

私は言う「その前に平園に立ち寄って、瑞葉様を連れていく。それに使者たちは足が遅い。敵兵に追いつかれることも想定しなければならない。気を抜くな」

「サダメー。指示はー?」使者が馬車の外で叫んでいる。

「もっと早く歩け!!」私はついに頭にきて怒鳴ると、彼らは早く歩くようになった。

「え、うそ、そういうものだったの?」私は動揺する。

アベは笑ってくれなかった。
「いや、しかし、戦場に遅れたのは幸運でしたよ。私たちがいても負け戦でしたから。速足で平園まで戻り、必要な物資と瑞葉様を回収しましょう」

私の脳裏には、西側に逃げてもそれで問題が解決するだろうか、という考えがあった。西へ逃げても帝国は当然列島の西の残りにも手を広げるだろうし、平園の人々に対する防衛の責務と、キリヤマ氏への義理もあった。

しかし私たちの第一の使命は瑞葉様の護衛である。どこに行ってどうするかは瑞葉様が決める。

私はそう思って、平園へ道を返すことにした。


26

平園に到着すると、街の人々に防衛団は取り囲まれた。
これからどうなるんだ、とか、誰が街を守るのか、とか、キリヤマ氏はどうなったのか、と、延々と詰問をされた。

従者たちがそれらの町民を散らして、私たちは長山会館に入った。私は皆に言う。

「指示があるまで蔵のものや物資に手を触れるな。瑞葉様の意向を聞く。すべてはそれからだ」

既に街には詳報が入っており、キリヤマ様は行方知れず、国主のヤマガミ様は関東州の州都に戻り、敗走した軍勢を再集結させる算段らしい。

こちらからの交渉の大使はすべて殺され、帝国側からの降伏の勧告も、音沙汰すらもなかった。

正確には向こうは帝国の正規軍ですらないらしい。帝国の属国に入った中華圏の国々による連合軍、とのことだった。

帝国はいま欧州征伐に忙しいらしい。日本は属国の軍隊で落とせる、という算段のようだった。

瑞葉様の屋敷に急いで行くと、瑞葉様はこれからの指示を仰ぐ、という私の問いに返した。
「西へ逃げても、状況は変わらないでしょう。もはや日本全土が支配される手前にあります。この町と運命を共にしましょう。占領され、生き永らえるならよし。滅ぶなら、共に」

私は瑞葉様の考えを尊重した。
確かに、西に逃げても状況が好転するとは限らない。むしろ家財金品を持ち出して、西側への渡航もそれなりに危険があった。


長山会館に戻ると、私は皆に瑞葉様の意志を伝えた。その顔にはありありと落胆の色や、怒りがにじんでいて、あまりよく捉えてない様子だった。

「私たちは平園の防備に当たる。キリヤマ氏が帰ってこようと来るまいと、平園の守護を担当する。帝国軍が迫って、降伏を求めるようならば、その内容次第で降伏する。もし、交渉の余地がないのであれば、戦う。質問は?」

ムラキが言葉を出す。
「現在ヤマガミが軍勢を集結させているようですが、それには加わらないのですか?」

私は答える。
「それは私たちとは関係ないから。私たちは瑞葉様の護衛隊であり、瑞葉様の意向に沿ってこの町を防衛する、という流れだから。ヤマガミ氏に従う謂れはない」

他に質問は、というと、みんな何も言わなかった。中には何か言いだそうと考えているようなものや、何を考えているか悟らせないように無表情でいるものも多かった。

私は言いたかったことを言った。
「西へ逃げるなら今のうちに。餞別は出せないけれど、逃亡を咎めるようなことはしない。残るものには、町の防衛のために都度都度指示を出す。業務を始めて」

ムラキが言う。
「瑞葉様の護衛担当は行け。会館の見回りの当番のものは始めろ。残りは会館で指示があるまで待機。非番のものは家へ帰れ」

本当は2,3日休暇にしてあげたかったのだけど、防衛団である私たちが働いてないところを見たら、平園の人々が不安になる恐れがあった。

まず何より状況の情報が欲しかったので、情報を敗走する兵士たちから聞いて回る騎兵を出し、都の行政府関連施設に張り込ませる従者たちの編成をし、アベに指示して使者たちの中で理性が人間並みに戻っているものを選別させて、防衛団の人員の補強に充てることにした。

使者を除いた防衛団自体は私を含めて61名しかおらず、街の治安を維持することすら困難な状態だった。

街の通りは西側の諸邦へ逃げようと家の家財を荷車に運ぶ人々の様子が見て取れた。

平園の人口は5万人ほど。どれほど減るかわからないが、逃げる人々はそのまま放っておいたし、私たちがするのは強盗や暴動などの明らかな治安の障害への対処だけだった。

その状況は、敗戦当日から六日経ったあと好転した。キリヤマ氏の息子、キリヤマレンの部隊が帰ってきたのだ。

町庁舎に張り込ませていた従者によれば、キリヤマ氏は戦死し、レンの部隊も壊滅に近い打撃をこうむったが、敗走する兵をまとめて立て直しながら、敵の追撃を振り切って命からがら逃げ伸びてきたらしい。

戦に遅刻したわたしはまさに合わせる顔がないのだが、レンにクラベを向かわせて、事情とこれまでの経緯を説明してもらった。

向こうは最初私に対してかなり怒っていたらしいが、街を防衛する意思を伝えると、機嫌が直ったらしい。

クラベを向かわせてから、数時間ほどで、レン自身が長山会館に従者を引き連れて私に面会に来た。

私はかなり気まずく、恥ずかしい。
「まずは、お父様のご冥福をお祈りさせてください。戦への参陣の遅れについて、申し開きもなく、本当に申し訳ありません」と私は頭を下げた。

レンは言う。
「そんなことは言わないでください。参陣の遅れも含めて戦の運です。父の命はここまでだったのです。私たちの部隊も二百人にも満たないほど減りました。兵士も8名、行方知れずです。私たちは平園の守護に戻ります。あなたも協力してくれますね?」

それは一言で表現するなら、半ば途方に暮れている様子だった。
不安そうな子供みたいな表情をしている。父親の死と、手痛い敗戦が、よほど響いているのだろう。

「そのつもりです。ご存じの通り、私たちの主人は瑞葉様ですが、瑞葉様がこの町と運命を共にされると仰られたので、我々もそのつもりです」

と私は返した。

レンは安心したように言う。
「助かります。今やあなたとあなたの防衛団、そして使者たちの数の力がかなめです。町の外の守りを任せます。私は町の中の治安維持や行政業務を引き継ぎます」

私は頷く。
「わかりました、外からの脅威に当たります。参陣できなかった分、いま働きましょう」

レンはやっと笑みを見せると、今後定期的に訪問したい、といって、情報共有のために向こうの従者と兵士を長山会館に常駐させると言った。

情報の共有もあるだろうが、こちらの動きが気になるのかもしれない。

私はそれを受け入れ、外の防備を固めるために、使者たちとそれを統率する兵士と従者による混成部隊を編成することにした。

27

混成部隊の指揮はアベに任せた。アベは使者たちの受けがいいし、経験豊富な兵士なので、使者たちには「アベの指示に従うように」と「指示」をだしていた。