魔女の優越

西から大群が来る、という古い言い伝えが現実味を帯びはじめ、国主間では国体への参加と国体での議論が活発になってきた。そんな折、国体が国主たちによる意思決定の舞台、「議会」を発足し、国主たちは互いに協調し合う傾向が生まれ始め、地域の紛争の数が減り始めている。
ということを、大衆紙で知った。

「みぞうのこくなんに、はせさんじるものはじゅうをとれ」わたしは新聞の見出しに書かれたことを棒読みする。

こういった新聞が流通するようになったのも、国々の諍いが減り、より開放的になったことで情報が入るようになったおかげだろう。

印刷関係の産業が発展する兆しがあるようで、戦ばかりで娯楽を求める大衆がその発展を後押ししているらしい。

最近では雑誌類も手に入るようになりはじめ、私も手に取って読むことがある。

その内容の多くは政治雑誌、たわいもない陰謀論を書いたもの、歴史誌、それから大国の軍事関係を書いたものなどがあった。

わたしは寝込むことが多いので、よく新聞や雑誌を読む。

そういう中で「日本」という単語をしきりに目にするようになり、列島全体を指す言葉であった「日本」という名称が、統一された国、日本、という意味合いで使われ始めていた。

その中で、アベが届けてきた軍事雑誌の特集の一つに、「日本の主要なツワモノたち」という項目があった。

多くは特品、一品の兵士の紹介だが、その中で例外、の項目に私が載っているらしい。
最近自警団で話題になっているので、読んでみて、とアベが持ってきたのだ。

私はページをめくる。

「フクワラの魔女。元はフクワラ氏の重臣、金剛の領主の娘。二品等の呪物と、等級不明の例外持ち。初陣から千の首を上げるという衝撃的な戦果を残し、周辺諸国からの侵略を止めた立役者。地域安定の抑止力とも当時から噂されていた。地域が平和になってからは目立った戦果はないが、関東の平園では、防衛軍の指揮官として士官している。関東の亦で、平園の領主、キリヤマ氏の軍勢に参加。詳細は定かではないが、戦の趨勢を決する決定的な役割をした。噂では千人を生かして二千人を殺した、とある。現時点で殺害した兵士の総数も50名を超える。等級不明ということで、あまり取りざたされることのない人物だが、戦果だけを見ても特品持ちの兵士並みかそれ以上。諍いの多い関東で、多くの有名な兵士を輩出してきたが、その中でも突出した存在であることは間違いがない」

という内容だった。

その紙面の中では私の悪行の数々が書き連ねられている。
三品等の兵士の中隊を壊滅させる、四品等の兵士の大隊を敗退させる、二品等の兵士を殺害、一品の兵士を半殺し、竜騎兵中隊を全滅。などなど。

全部で五十名特集がある例外、の中でも三人目に私のページが載っていた。

キリヤマレンも載っていた。30番目くらいだけど、優秀な兵士、という風に紹介されていた。

ふふん、優越感。

そういえば集落の建設以降、貯蓄が急速に減った。

それまでため込んだ金貨が金貨半換算で715枚あり、さらに瑞葉様から集落建設の資金援助で金貨半300枚分頂いていたので、およそ1000枚準備金があったのだが、集落建設のための資材と人件費の初期費用、を前払いで支払う必要があったので、800枚以上最初に飛んだ。

集落の家々は簡単な低層集合住宅でいい、と言ったのだが、それでも初期の分だけでお金がしゅごい減った。

土地はキリヤマ氏から朝山全体の所有権を一応頂いているので、土地代はない。土地代もかかってたらマジやばかった。

資材と長屋建設までの大工の日当。これが建築費の大半を占め、金がない、を連呼しながら見積もりを出してもらったのだが、集合住宅一棟の建築費が金貨半換算で80枚必要になった。


なんせ山奥だから、大工の手間賃も跳ね上がって、資材を運ぶのに従者を手伝わせても、市場の相場より住宅の値段がどうしても高くなる、と説明された。

一つの集合住宅に十世帯入れる作りになっており、一世帯分の空間に四人住まわせるようにしている。これでも結構すし詰めだ。

というわけでその集合住宅を始めに十棟造った。
5000人近くいる使者のうち、400人を抽選で住宅に住まわせ、残りはテント生活である。

ムラキからは「全員テント生活でいいんじゃないですか?」と言われたが、彼らも元人間なので、私は彼らの指揮官として面倒を見る義務があった。

兵装に関しては、関東の亦の略奪品をキリヤマ様から安く融通してもらったのと、使者たちが持って帰った鉄砲が全部で950丁ほどあり、全部で武器だけで1100丁ほどあった。もっとも性能も型式もばらばらだが、とにかく弾薬を発砲できる鉄砲は1100人分単純計算である。

問題は弾薬の手配で、ここまでで私の貯蓄はほとんど使い果たした。
銃はあっても弾薬まではない。
関東の亦の折、一時的に略奪品が市場に出回ったおかげで、鉄砲の価格は下落したが、弾薬の値段は逆に上がり、手を出せなかった。

なので集落の建設と兵装の配備は最近は停滞していた。

また寝込むことにして、タイムイズマネーを地で行くことにした。

「家がなければテントに住めばいいじゃない」

わたしはそう開き直って、しばらくは彼らに我慢してもらうことにした。


23

使者たちは食費が高い。なんでも生前より物凄いお腹がすくらしく、食べる量が半端じゃなかった。代謝や体の効率が変化しているのかもしれない。

なので、大量の食糧を必要とした。

単純に五千人分の大食が発生したわけだから、わたしの給金からそれを賄うしかなかった。

一年にかかる食材が、米換算だと1000トン近くなる。
1000トンである。

まともに食わせると一年目で破産する。

またこの近隣にそれだけの米を年間に余剰する力もなかった。
なので、小麦、大麦、米、芋、など安い食材をまとめ買いし、食材を集落まで半月ごとに運び、料理は使者たちに覚えこませて、自分たちでさせるようにした。

それでも今に至る三年目までの最初の年は大幅な赤字で、給金から足りない分は貯蓄から切り崩した。

そもそも五千人の食い扶持を養うのが私の給金からというのがそもそも無理な話で、私はキリヤマ氏に有事の際街の防衛に500人出すから、自警団に年間の予算を工面してほしいと訴えた。

そもそも金を出さずに私たちに防衛の責を負わせるのがおかしな話なのだ、と切羽詰まったわたしはキレていた。

いざとなれば街を出て近隣の集落を襲う覚悟で訴えていたのだが、向こうは存外あっさり予算をつけてくれた。それくらい追い詰められていた。

自警団に対しては関東の亦の功績もあるので、年間金貨半換算で600枚出す、という話になった。

これは自警団に対する予算なので、私の金ではない。

その代わり名称も責務も、街に対する防衛団に変わった。

そんなの全然実質は変わらないのだから、予算つく分どうでもいい。

なので二年目からは防衛団の予算で食費を賄えるようになったので、私の冷や汗は止まった。

そして瑞葉様にも陳情に行った。単純に護衛隊の規模が膨らんだのだから、瑞葉様の安全と地位を確保することになり、今までの給金の額では、少し筋が通らない、ということをやんわりと言ってみた。

瑞葉様はそれもそうですね、と考えてくれて、その次の年からの私の給金を金貨半換算でそれまでの倍に当たる166枚にしてくれるようになった。

言ってみるものである。

そこで使者を除く従者と兵士たちへの給金も倍にした。私が寝込んでいる間も必死に働いてくれているし、自分だけ給金が上がったことを知られると、さすがに不満が出るから。

それで、三年目にはまた黒字になって、貯蓄できる状態になった。


使者の集団の生活全般の管理監督は、アベに任せていた。気の優しい人柄だし、私は冬以外はあまり動けないので、代理で監督するものが必要だった。

アベからは生活全般について毎月報告が上がっているが、特に問題はないようだった。

金策と戦と報告の確認と指示、が、主な私の仕事になっていた。



それからさらに四年が経過して、私は36歳になっていた。
使者が護衛隊に加わってから、やることが増えて、冬以外寝込む、ということもなかなかしづらくなっていた。

アベからの報告で、使者の中に法術を扱えるものがいる、という報告があった。生前兵士だったものだろう、という話だ。

呪物の等級と詳細は不明だが、対象を爆破させるような法術らしい。

こういうのは長く観察させてないとわからない。使者は意思疎通できるものもいるが、し難いものもいて、その可否は使者によってまちまちである。

使者として生きた年数が長いほど理性と知性を取り戻していくが、その法術が扱える使者はまだ意思疎通がし難いらしい。

戦力としてはまだ計算できそうになかった。

24

最近では北部帝国による東北侵攻が始まっている。
さすがに本州と陸続きの東北が侵略されたことは、列島各地の国主に衝撃を与えたらしく、議会によって東北への遠征軍が募られることになった。

それは猛暑が続く今年八月の話で、私は絶好に体調が悪かった。関東でもヤマガミ氏が兵を出すそうだったが、規模は少なく、幸いなことに私にお声はかからなかった。

それで、開戦から二か月もたたず、東北北部が陥落した。東北の諸邦連合軍と遠征軍が合同で帝国軍と戦ったが、日本側の軍勢は撃破された。

いまは12月。
新聞の紙面も東北の南側の領土が削られていく様を週ごとに報じていた。

「もうこれ無理じゃね」私は久々に顔を出した防衛団の駐屯所である長山会館の団長の席に座りながら、新聞をとじて言う。

このところ老け込んできたササキが言う。
「関東への侵攻も近そうですね」

このところキリヤマ氏からの金回りがよくなった。このような情勢になってキリヤマ氏は防衛団、特に使者たちの数の力に注目しているようで、軍備のために予算が600から800、前年には金貨半1000枚まで増額してくれた。


関東全体では動員できる総兵力は14万人と言われている。
その内兵士の数は4000人。
遠征軍からの増援があるとしても、帝国軍の前線部隊は30万人を超える。

占領軍や北海道の守備隊、また帝国本土からの増援を計算に入れずにその数だ。もう無理だ。

新聞の記事の一つでは、北からの残忍な獣、と題して、西から大群が来るという古い民話と対比して、帝国の襲来について解説している。

宗教的にもこれは脅威である、という印象を植え付けたいのだろう。

結局眉唾だった魔王とその陣営という秘密結社の話も、その通りになったわけだ。私も同じ夢を見ていたし。

弾薬も備蓄を始め、600人が二週間戦闘できるだけの数は揃えた。
使者たちもほぼほぼ傷が癒えて、人間らしい様相にもなってきた。

最初差別と侮辱の対象で、平園の人々に脅威であり厄介者扱いされていた使者たちだが、このところ平園を守る生き神とすら見なされるようになっている。

わざわざ食料を届ける人すらいる。

鉄砲の数は増やしていない。弾薬ないし。錆びつかないように手入れだけは怠っていないが、新式の銃も欲しいところだった。

「サダメ様、後継者を作られないのであれば、養子を迎えられてはいかがですか」

と突然ササキが言った。私が結婚をしないのを知っているササキは、跡継ぎの心配をしているようだった。

「え、それは本家のアヤメの仕事だから。私の呪物は本家のものだって忘れたの?」

「もうそんな義理を通すこともないのではないですか。あなたはこの土地での身分がありますし」

「それはない」と私は返す。

私の中ではアヤメは昔のままだ。手紙の文面からも、姉の気づかいや優しさが伝わる。私は姉が大好きだったから、裏切るような真似はしない。

「結婚はいいものですよ。サダメ様ならその容姿だけで引く手あまたでしょう。格好いい男性も見つかるかもしれません」

としつこくササキは続ける。

「ぜんぜん興味ない」