魔女の優越

言いようのない圧力が感じられた。それは頭上に今にも落下しそうな天体が現れたのに等しい存在感。

わたしはケタケタ笑いながら言った。

「この女は紫と赤の衣をまとい、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものと自分の姦淫の汚れとで満ちている金の杯を手に持ち、その額には、一つの名がしるされていた。それは奥義であって、「大いなるバビロン、淫婦どもと地の憎むべきものらとの母」というのであった。…天にましますわれらが母よ、貴方の御国が、来ますように」

そういうと甲高い女の笑い声が凄まじい音量で大気中を震わせた。
それは闇の中から聞こえてくる。

その耳をつんざく笑い声ののち、死んでいた者たちが一人ひとり立ち上がり始めた。

敵も味方もなく、銃や石を拾って、人間に向けて投げつけたり、叩いたりしている。その様相に戦場は悲鳴で満ちた。

使者の甦り、というエロヒムの術。
生き返った使者はあたりかまわず人を襲い始める。
使者同士で同士討ちはしない。
使者に殺された人は同じように蘇って、使者になる。
その繰り返し。
やがて生前の知性や記憶を朧げに思い出していく。
術者が死ぬと、自分たちの甦りの効力がなくなって、使者からただの死体に戻る契約であることを認識する。
術者に概ね従うようになる。
死者の軍団ができる。

わたしは生命の供給を絶って闇と闇の中のエロヒムをこの世から遠ざけた。

この場合術師はエロヒムなので、エロヒムは永遠に死なない存在であるため、使者たちも損壊を受けても蘇生を繰り返す。

だから彼らはエロヒムの意を受けて動く集団となる。

そしてこの場合、エロヒムは単純な命令しか出さないことを知っていた。
私の契約者に従え、だ。

死者の集団はやがて手当たり次第に兵賊を襲っていくと、徐々に私のもとに集まってきた。

みな無言で、無表情。目は死んだように生気がない、黒目の勝った目。

はあぁぁぁぁぁぁぁぁ。はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。私は人に対する自分の残酷な仕打ちに呼吸が苦しくなる。

わたしは彼らに命令を伝えた。
「向こう側に布陣する敵に進み、殺して」

はあぁぁぁぁぁぁぁぁ。はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

残酷。死んだ人まで使う。ああ、黒いものが溜まっていって、自分も闇色に染まりそう。

使者たちは知性を取り戻しつつあるのか、こちらの意図を理解したようで、敵兵だけに向かって攻撃を始める。もうすでに銃を扱えるようになるまでに理性を取り戻した使者もいる。

突然現れた軍勢は、銃も効かず、兵士の攻撃にも蘇生してまた立ち上がる。為すすべもなくなった敵は、統制を取り戻した大頭目の総攻撃と共に瓦解。
会戦は勝利した。


終わったころには使者の軍勢は5000人を超えていた。

このグールの集団を置いていくことは当然できないので、キリヤマ氏に「安全です。兵力になります」と口説いて、平園近くまで連れて帰ることを許可されたが、街には入れられない、と言われた。

心臓の呪物で召喚する存在は、神話じみた技が多くて、携挙、復活、みたいに、内容まで神話に似た技だった。

帰りはわたしはキリヤマ氏の兵団から離れて帰らされた。
従者たちが引っ張る馬車の中、私はもう半目で疲れ切って扉に身を預けた。
「ゾンビ兵作ったの久しぶりですね。あの時は50人程度でしたが。今回は、数がすごい」

私はだるさと眠気に耐えながら言う。

「たぶん召喚の呪物を使うと具合悪くなるんだと思う。すごい命を吸われるの。もうあと数年は使わない」

ムラキが言う。

「ゾンビたちどうするんですか? 連れて帰っても、街の中には入れられませんよ」

「町から離れた森の手前に、野営地を作る。そこに駐留させながら、彼らが住まう建物も作る。あれらも飲食を必要とするから、食料や物資も手配する。死んでるだけで普通の人間と必要なものは変わらないと思って」


「以前のゾンビ兵も人と同じ暮らしをしてましたもんね。目は死んでましたが。あいつらどうなったんですか?」

「いまもそのままだよ。故国で暮らしてるはず」

ぞろぞろと後ろからついてくる負傷した死体の大群に、通る町々では驚くもの、逃げるもの、中には拝むものまでいた。

負傷しても時間がたてば損傷が少しづつ回復していくはずなので、治療は必要ない。


使者が人を殺せば、死者が蘇って使者になる。
この術の潜在的やばさを理解していれば、そうそう使おうという気にはならない。

「サダメ様もなんか目が死んでますよ」とムラキが笑って言う。

「いや、ほんと疲れた。寝る」

そして目を閉じると、体が寒くなって来て、静かに消え入るように眠りに入った。


21

使者たちには平園の街から離れた、森の近くに身を潜めているように指示を出した。
しかしそれでも連れてきた使者たちはあまりに数が多く、またぱっと見負傷兵ばかりなので、木陰に隠れた彼らの姿は不気味そのものらしく、平園の街ではちょっとした騒ぎになった。

その内再生するけど、中には頭の半分がない使者もいるのだ。誰がどう見ても異様だ。

公にはキリヤマ氏が、他の街へ移送予定の重軽傷者、という説明をしたが、様々な噂が飛び交った。

キリヤマの兵団からも従者が来て、早く対処するように、と散々念を押された。


近くの山奥の開けた土地にある古民家群を買い上げ、そこに建物を増築して、彼らを養い、暮らすことのできる集落を作ろうと思い立った。

本当は近場の森の周辺に集落を作ろうと思っていたけど、人目に付きすぎて駄目だと悟った。

キリヤマ氏からは戦の報酬として金で中貨40枚頂いた。中貨は金貨半のおよそ九倍の額面である。
わたしはその時に、使者たちを養う集落を作るために、山を一つ買い上げたいので、そのためにはどうすればいいか、と聞いてみた。
すると、「あの死人たちは武器を扱えるのか? そもそも命令に従うのか」
と逆に聞き返された。
「有事には自警団の一味として使う予定です。銃程度なら扱う知性と判断力がありますが、命令は術者である私のしか聞きません。しかし私がたとえば、キリヤマ様の命令に従え、と指示を出せば、貴方に従います」

私が死ねば彼らも死ぬことは黙っておいた。暗殺されても困るし。使者が死人を使者にするには使者の体液を死者に飲ませなければならない、という細かい仕組みも秘匿した。使者の軍は私が使う想定だったし、細かく教える気はなかった。

「なるほど、それは使えるかもしれない。朝山を自由に使っていい。集落を切り開く大工も斡旋しよう。もっとも、費用は出せないが」

わたしは感謝して、帰途の道すがらお金の計算をしていた。どれほどかかるのだろう、大工動員に。
四年間寝込んでいたので、自分のための生活費は必要最低限で生活していたので、蔵に貯蓄はある。
この度の褒美でまた増えたし。まぁ部下に配る分でまた減るけれど。

「ごえいたいのごえいりょくぞうきょう」
と適当な説明をして、瑞葉様から支援金を多少融通していただいて、
「じけいだんのへいりょくぞうきょう」
と適当な説明をして、従者たちに斡旋された大工の指示、集落建設のための資材と人件費の総額の計算、場所の算定のための朝山の立地調査、その全てを自警団の従者たちに任せて、私はお布団に入った。

熱でだるい。吐く。吐きそう。疲れた。眠い。

私は金策に走っている、ということにして、体調が回復するまでひたすら眠りたかった。

「明日のことは、あしたやるー」と独り言を言いながら、深い眠りに落ちていった。



そしてまた三年が経った。七月が過ぎて、私は32歳になっている。すっかり世に言うおばさんだ。
冬以外寝込んでいるから、月日が経つのが急流のように早い。

その間も人々は働いて、使者たちのための集落も少しづつ建設が進んでいる。
山の木々を切り開き、資材を運んで、家々を建設。というか私は現場に立って関与していないから、ぜんぜん詳しいことは分からない。昨年冬の間に視察に行ったら、使者たちが集落で集団生活を始めている様子で、微笑ましかった。と言っても彼らは感情が減退し、人より喜怒哀楽が少ない。目が死んだように点になっている。物事に対する興味関心も薄い。玉に徘徊したり大声を出したりする、以外は、普通の人間と同じようにものを食べ、会話をしていた。



彼らは生産活動ができないので、農業をやらせることもできない。命じればできるけど、効率が悪く、工夫もしないから、私は手間に感じて、有事の時の軍役だけを目的に、生活資材、食料全般などを養った。自分で蘇らせた死者を酷使するのも抵抗があったし。

しかも自分自身はひたすら寝込んでいるので、死者に鞭打って労働させる気もさすがに起きなかった。

ある時、クラベがお見舞いに来た。今日は一人だ。

「体調、大丈夫ですか?」
クラベはお土産の西瓜を手渡しながら言う。

「こんな引きこもりおばさんのところに来てくれてありがとう」

私は最近根暗気味になっていた。

クラベは苦笑する。

「そんな、おばさんだなんて。十代後半と言っても全然わからないくらい、可愛らしいですよ」

私は頭を振る。
「ないない。立派なおばさんだよ」


「鏡見てますか? どこからどう見ても美少女だと思いますけれど」

いや、鏡と言われても毎日見てるけれど、顔じゃなく年齢についての世間一般の評価を述べたつもりだった。自分では徐々に老けたような気がする。美少女はさすがにないわ。

「それはないけど、西瓜はありがとう」

クラベは言う。
「僕が以前言ったこと覚えてますか? デーモンの召喚の宿主は、何らかの理由で死ぬまでは、歳を取らないんです。32歳でその幼さは、ちょっと異常ですよ」

呪物には様々な利点や不都合があるらしいが、この呪物は正体不明なので、どんな不都合や利点があるかは自己体験による経験でしかわからない。

クラベが言うことが本当なら、それは嬉しいのだけれど。不死ではない不老。

「じゃあずっと寝込んでても老けないんだ。やったー」と私はこのところすっかり仕事から離れて気が抜けて、内面も幼児化していた。

「死なない限り死にません。そして死ぬまで美しいままです。うらやましいです」

クラベはここのところ容姿を褒めてくることが多い。見た目も大人らしくなってきたし、とうとう目覚めてはいけない資質が目覚めてきたのかもしれない。

「いまなら僕の方が年上に見えますね」

「それだけあなたが大人になったんだよ」

二人で従者が切ってきた西瓜を齧る。

私は話題に困ってぽつりと言う。
「結婚相手探したら? 闇の陣営も、魔王も、結婚する相手ができればどうでもよくなるかもよ? 怖い夢は忘れて、ここで生きてここで死ねばいいじゃない」

クラベは恥ずかしそうに笑う。
「そうですね、それもいいかもしれない。何事もなく、ただ暮らせば」

近頃クラベは魔王とその陣営の話をしない。わたしは彼自身が疑念を持ち始めたのだと考えていた。

酷い眠気がする。西瓜を食べながらウトウトしてしまう。眠い。

クラベはその様子を察したのか、西瓜を早口で食べて、帰ってしまった。

私は西瓜を下げてもらって、布団に入ると、また眠りに入った。

22


私が平園に住んだ七年の間に、関東は兵賊の大頭目、ヤマガミにほぼ支配された。

日本においては近年まれにみる勢力図の大変動で、それまで政治的に空白地帯だとされていた関東に、突然短期間に地方を統一した大国並みの勢力が生まれたことは、近隣諸国から驚きをもって迎えられた。

もはやヤマガミは単なる賊の頭目ではなく、大国の国主として扱われるようになった。

町々を治める兵賊の頭目も、領主として扱われた。

ここ平園のキリヤマも、他国から領主級の扱いを受けた。


そんな折、北部でも勢力の大変動があった。
北海道失陥だ。

北の帝国が南下し、とうとう国体の統治範囲である北海道に、外国の勢力が侵入してきたのだ。