魔女の優越

いまは9月だが、今までの護衛への感謝も込めて、一年分の給金を頂いた。一月にもまた支給してくれるらしい。太い。

私からすれば、当主でもない孫娘だったのだから、超高給取りに早変わりである。
その代わり自分の兵士や従者については給金をその中から出すのが筋、ということで、兵士や従者たちには私から払うことになった。

アベやササキ、ムラキは土地持ちの小領主だったので、別途瑞葉様から支給してほしかったが、そこまではしてくれないようだった。

当面の給金、戦における報奨金、負傷者への見舞金、はすぐさま支払う必要があったから、私の給金の半分以上が飛んだ。

しかし兵装などの武装にかかる費用は、瑞葉様が負担してくれたので、それでも結構余った方だった。
残りは私の手取りだ。いい家に住もう。周りは閑散とした緑地で、綺麗で、広い家に。

護衛隊の活動はあまり使われていない市民の寄り合い所をキリヤマ氏から「自警団の本拠として」借り受けたので、そこを活動の場とした。
長山という地名を取って長山会館と呼ばれるその建物は、そのままの名前で使うことにした。
この会館に従者を常駐させながら、護衛隊の庶務をこなすという場所にすることにした。
本来の役割である瑞葉様の護衛には、瑞葉様の屋敷に常に兵士1名を常駐させ、従者も15名配置することにした。
根拠はいざとなったらその程度は必要だろうというただの目算だ。

何かあれば長山会館とすぐに連絡を取り合えるようにそれぞれに騎兵も配置してある。

そしてわたしは、全ての雑事を終えると、寝込んでいた。
熱が上がったり下がったりを繰り返して、正直死ぬほどしんどい。
家は郊外の一軒家を借りて、身の回りの世話をする従者を四名選抜して、私自身はひたすら布団の上にいた。
もうこのまま動けないんじゃないかというくらい、起きてもだるく、横になっていないと辛い。

一か月が過ぎ、二か月を過ぎても、私は快方に向かわなかった。

20

冬が来る。11月も半ば。外が涼しくなり、人の喧騒が夏より減り、虫たちや生物の息吹も減ったころ。
私はようやく熱が引き、起きていられるようになった。

そのころからちょくちょく長山会館にも顔を出し、瑞葉様の護衛の役目も担うようになっていった。

自警団の役割はほぼ無かった。有事の時は防衛に参加、と言っても、兵賊同士の争いもなかったし、領地を狙う領主や国主もこの辺りには存在しなかった。瑞葉様は町の良家として認識されはじめ、自警団の存在も平園で周知され始めた。

1月ごろ、クラベが尋ねてきた。仕事ではなく私人として。
なんか人を連れてきている。若い男性。クラベはキリヤマレンと紹介した。

レンはこちらに挨拶する。
「初めまして、キリヤマレンです。イヌイから話を聞いて、会いに来ました。あなたも陣営の方だって伺って」

陣営とは魔王の陣営というやつだろうか。そうはいっても私は魔王の陣営について何も知らないのだが。

「そういうことになってる」と私は返した。


クラベは間を持つように喋った。

「呪物の先在を持つ人には陣営の人が多いんですよ。僕たちは贈り物、と呼んでいますが。陣営について話してもいいですか?」

と尋ねてくる。その内聞きたいと思っていたから、私はどうぞ、と言った。

「陣営には贈り物は貰えなかったけど、陣営を動かす手足となる悪魔たち、と、贈り物を貰えた議員たち、で構成されます。陣営の目的は大陸の西からやがてくるだろう軍勢の撃退です。やがて世界は大陸からくる帝国に征服され、私たち魔王の陣営のものは皆殺しにされます。それに対する備えをしています」

話を聞くと、大陸からくる侵略に備える結社のようなもの、らしい。
誰がいつから始めたかは知らないが、口伝で継承され続けた思想らしい。

1,侵略者が大陸からくる。
2,侵略者は結社のものを皆殺しにする。
3,侵略者から結社のものを守るために、統率するものが来る。
4,侵略者と統率者は戦う。
5,そのために戦いの日に備える。

というような内容だった。

「侵略者が魔王の陣営を皆殺しにするっていうのは、向こうに何の動機があるの? 陣営の人かどうかどうやって見分けるの?」

と私は聞いてみた。

「それは私たちだけが、侵略者に最後まで抵抗するからです。国体にも同じような思想がありますが、私たちとは起源を異にします」

まぁ大陸から侵攻があるっていうのは否定しないけど、それはいつ来るかわからないわけで。

それより日本地域の情勢の方がよっぽど現実的問題である気がした。

「まぁ国を憂うのはいいことだけど。結社ってことは組織ってことだよね。どうやって繋がりを保っているの?」

「おもに自分の意志ですね。自分で陣営に留まって、自分で陣営に協力します。義務や規則があるわけではないです」

あー、あれか。古代にはやった本当に秘密結社みたいなものなのかも、と思った。


「わたしは協力するか定かではない…」とつぶやいた。

クラベは構わずに言う。
「これが魔王の写真です。ミヒメアサラシという名前で、大頭目が治める都に住んでいます。身分は…」

私は言葉を遮って、ちょっと動揺しながら聞き返した。
「名前、もう一度聞いていい?」

「名前ですか? ミヒメアサラシです」

アサラシ。アザラシ。アザラシ神。これは偶然だろうか、死後に聞いた単語が出てきている。

わたしは不意な偶然の一致に気味が悪くなって具合が悪くなってきた。

「この話はまた今度聞くね。概要は分かったから。せっかく来たんだから、ゆっくりしていくといいよ」

私は二人と適当に雑談を交わしながら、昼食時まで二人と過ごした。


三年の月日が流れた。
わたしはどうも冬以外は調子が悪くなるらしく、冬の間以外護衛隊の仕事は出来なくなっていた。元々病気がちで、戦の出陣にも出遅れていたほどだったが、年々体調が悪化している。それでも死ぬようなことはなく、静養さえ取っていれば、命を繋いでいられることが分かった。

医者の見立てでは心臓の機能がわるくなっているらしい。実際心音にも異常があるとのこと。

護衛の面々や瑞葉様には非常に悪かったが、そんな風に三年を過ごしていた。

アヤメとも最近は連絡が取れるようになって、文通している。健康と金銭面の心配ばかりしている様子だったが、むしろこちらのほうが金持ちになったくらいだ。

私が死んだら呪物は従者に届けさせるから、安心して、と毎回書き送っている。向こうは西部諸州がもろもろ奪われてしまったが、それ以上の侵攻はなく、細々と国の命脈を保っているらしかった。

祖父はやはり死んだ。先日敵国から通達があったらしい。砦陥落の折に戦死したらしい。死体は埋葬したとのこと。祖父の呪物については何の連絡もなかったから、恐らく奪われたのだろう。せめて苦しみの少ない死であってほしい、と心の中で祈った。

それからまた一年が過ぎた29歳の秋ごろ。
キリヤマの頭目から自警団に使者が来て、代理で代表を担っていたムラキと面会があった。

私は寝込んでいたのだが、その次の日にムラキが私の家に訪問してきた。

「兵団の大頭目が、関東統合のため、関東東部へ侵攻するという話をされました。キリヤマ氏もそれに参加するそうです。そのため、義務ではないが、自警団からも兵を出してほしいという要請がありました。
見返りに報奨金と、街の運営への関与をする権利を与えるそうです」


キリヤマにはここでの平穏な暮らしを手配してもらった恩がある。できれば協力してあげたい。

「瑞葉様はなんて?」

「その裁量はサダメ様にお任せするそうですが、付き人は兵士に参加させられないそうです。また出陣にかかる経費も負担できないとのこと」

まぁ瑞葉様からしたら自分と関係のない戦なんて関心ないよね。と思って、私は意を決めて言った。

「参加する。従者二十名と、私で。騎兵と馬車も連れていく。残りは護衛隊の業務を継続して」

「サダメ様が行くんですか? ご無理をなさらず、俺とアベで行きます」

私は首を振る。

「いえ、私が行く。冬も近くなってきたし、体調がいい。出稼ぎでお金稼いでくる」

ムラキは食い下がる。

「サダメ様に何かあれば我々が困ります。戦力が恐ろしいほど低下しますから。せめて護衛としてもう一人兵士が必要です。俺が参加します」

確かに兵士は多いほどいいけど、瑞葉様の護衛業務でお給金を貰っているのだから、その兵士を減らすのは気が引けた。

「兵士は私一人で十分だよ。貴重な従者を使っちゃうけど」

ムラキは繰り返した。
「俺も行きます」

結局押し切られ、侵略随行には私とムラキが行くことにして、従者24名連れていくことにした。


キリヤマ氏の兵団の後ろから随行しながら、私は馬車の中で扉にもたれかかっていた。実は超具合悪い、まだ。

馬車の中ではムラキが対面に座っていて、心配そうにしている。

「ほら、無理していましたね。とはいえ後戻りも出来ませんからね」

ムラキが当たり前なことを言う。

「大丈夫、戦になったらしゃんとする。どういう行呈か確認してくれる?」

と私が言う。熱で頭が回ってなくて、今後の行動をもう一度頭に入れたかった。

「関東東部の兵賊は茨城方面へ集結中。こちらも大頭目のもとへ集結しつつ、集まり次第会戦を仕掛ける、とのことです。あとは勝利後に各個に町々を占領し、撤収という流れです。私たちが参加するのは会戦参陣までで、そのあとは帰っていいことになっています」

私は頷いた。
「つまり戦は大きな会戦一回だけで、あとは帰っていいというわけね。腕が鳴るね」


実際に会戦予定地に到着すると、既に戦が始まっていた。
知恵も作戦もあったもんじゃない。到着して息をついたら、各個に突撃。蛮族か、とすら思うような戦いぶりだった。

私たちは知り合いということで、キリヤマ氏の息子の、キリヤマレンの部隊についた。

「部隊の後ろにいて、身を守っていてください」と年下のレンに言われる。
あまり期待されていないのか、扱いに困っているのか、そのように指示された。

戦法は単純。接敵し、銃を撃ちまくり、たまに兵士からの攻撃が加わる。兵士を見つけたら自爆兵と毒殺兵が突撃し、散っていく。その繰り返し。だが、時間と共に戦場には屍が溜まっていった。血が流れる。死体が集まるところには血だまり。カラスが発砲音と爆音に怯えながらも、遠くで様子を伺っているのがわかる。

はあぁぁぁぁぁぁぁ。はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

また呼吸が深く早くなっていく。戦場の感覚。黒い感情が腹にたまっていく。

「ムラキはここで待機しておいて。私は法術を放ってくる」

「お気をつけて」戦場では信頼されているのか、なんなのか、言葉を否定されたことがない。

私は突撃する銃を持ったキリヤマの兵団の従者たちにまじって、歩いていく。とても走れる状態じゃなかった。
追い抜いた従者が「邪魔だ!」と怒鳴る。しかし私は術に集中していたので、気にしなかった。

心臓に力の始動。光を集める、吸い寄せる、飲み込むように。

呪物を起動させると、もう音が聞こえなくなった。

痛い、寒い、どこ、怖い、むかつく、殺す、怖い

という声が、あちこちから囁かれる。人でない者たちが、人の言葉を真似て、そのように囁きあっていた。


暗闇が頭上に現れる。その暗闇はあまりに暗いので、太陽の光を吸い込み、あたり一帯が夜のように暗くなった。

敵味方の兵に動揺が走る。明らかに動きが鈍った。

私はその中で、聞こえないが発しているであろう自分の声を出して、存在との契約文を述べた。


「彼女は存在する。彼らの上に。始まりの始まり。常しえの常しえから、長らく、多くの悪魔らを抱擁した。彼女は移動するティアマト。悪魔たちの女王であり、その母。彼女は惹きつける女神であり、万物の女王。その名は主。エロヒム・サバオートである。まさに神の「左に」座す、万軍の女王。来たれ。あなたの意志のままに」

巨大な目が闇の中から私の頭上に現れた。