市役所に着くと、すでにヒナタが待っていた。煙草を吸いながら朝空を見上げていた。職業癖なのか車をタクシー待機所に駐車していた。Vネックの黒シャツにチノパンという田舎中年のスタンダードな出で立ちだった。髪形もツーブロックで自然だ。その違和感のなさが逆に猜疑心を強くさせた。
「開庁の二時間前から待機とは仕事熱心だな」
「有名なゴミ清掃車のケンサクさんじゃないですか」
挨拶代わりに軽口を叩くと互いに車に乗り込んだ。ヒナタの自宅に行くのは初めてだ。コンビを組んで三年目になるから宴会をしたいらしい。が、それは口実で、私が個人輸入した抗不安薬やバイアグラの入手が真の目的だろう。市役所をほぼ道なりに北進し、約八分で到着した。一軒家だったのは驚いた。どうせ無茶なローンでも組んでいるのだろう。「車は適当に止めろ」と言うので、その通りにして家に入った。
ヒナタがどこかに行ってしまっていたので、勝手に家じゅうをうろついた。床に丸めたティッシュやビールの空き缶が無数に散らかっていた。キッチンは油まみれだった。シンクには数枚の皿がプカプカと汚水に浮いていた。ゴミ屋敷だ。リビングに向かうと、ドンドンと階段を降りてくる音がした。私の目の前を通ってヒナタはリビングの冷蔵庫からビールを二本取り出すと、ソファーに腰かけ「乾杯」と言って飲みだした。もてなしのできないゴミだと軽蔑しながら、私もソファーに座ってビールのタブを開けた。
「ヒナタは嫁さんいるよな。どこ行った? 夫がゴミすぎて出て行ったか?」
「パチンコ屋に並んでる。依存症だわ」
「おまえ県外出身者だろ? やたら上手に亜細亜弁を喋るな」
「まあ、十五年くらい住んでるからな。俺の地元の方言とあまり変わらないし」
私は、そうかいと返してビールを一気に飲むと、冷蔵庫からもう一本取ってきて口をつけた。飲みながら、ヒナタが目当てにしているであろう抗不安薬とバイアグラをカバンから出してテーブルに置いた。ヒナタは一瞬、目を丸くしたが、すぐに哄笑した。
「おまえ、超能力者かよ。また欲しいと思ってたところだ。この前やった女なんか、『すごい! すごい!』ってヒイヒイ言ってたぜ」
ヒナタが相手をしている女性が同意のうえでのセフレなのか知的障害者なのかわからなかった。いずれにしても自分がヒナタのやることに間接的に加担していることは事実だ。不愉快になったので、ビールを再び一気飲みした。
「おいおい。ここは飲み屋じゃねえよ。無限にビールはないぞ」
個人輸入は保険適用外だから薬代が高い。とくにバイアグラは高い。冷蔵庫には三五〇ミリリットル缶が二パックあったが、それでも釣り合わないほどだ。少なくともビールはすべて飲ませてもらう。その旨をヒナタに伝えると、「しょうがねえなあ」と頭を掻いた。
「抗不安薬はサービスだ。規制されてるのか知らんけど、個人輸入できる代物は効き目がないぞ」
「そうか? 俺には効いてるけどな」
もうビールには関心がない様子で、ヒナタは抗不安薬を五錠飲んだ。すぐに足りないと思ったのか、残りの五錠も飲んだ。いちどに1シートも服用するような者は立派な薬物依存症だ。ヒナタは勤務中にも酒を飲むことがあるからアルコール依存も考えられる。そのうえ性依存症だ。夕方からの勤務のときや休日は夫婦そろってパチンコに行くと言っていたので、ギャンブル依存も確定的だ。だが、そんなことはどうでもいい。
「ヒナタのセフレというか、愛人は知的障害者が多いのか?」
「多いかもしれないなあ。簡単にやれるからな」
逐一、冷蔵庫まで行ってビールを取るのが面倒だったので、二パックを手にしてソファーに深々と腰を下ろした。ミオリが言っていたボスについて踏み込んで訊こうと思ったがやめた。私もゴミだが、粗大ゴミに天誅を下すのは警察の仕事だ。それに怖い。私ができるのは、せいぜいヒナタを苦しませることぐらいだ。
「そういえば、ミオリと連絡が取れないけど、ケンサクは?」
「知らないな。僕は、はなから勃たないからな。ヒナタが羨ましいわ」
三本目のビールを空けて、四本目を手に取った。バイアグラとは別に、そもそも勃起しなくて悩む人のために勃起薬は存在している。個人輸入となると、値が張る。加齢のためか抗不安薬の副作用のためかわからないが、三十五歳ごろから著しく性欲が減退した。セクシーな女性を見ると欲情はする。が、もう性欲自体が邪魔で仕方がなくなっていた。
「俺、もしかしたらミオリのこと好きだったのかもしれん。可愛く思えてきてたんだよな。家に何度も行ってるけど、いねえな」
「引っ越したかもしれないな」
ミオリに欲情できることは素直にすごいと思った。本当に好きなのかもしれない。それが本当なのだとしたら、私はどうすればよいのだろうか。わからない。ヒナタが真の愛に目覚めるとは到底思えなかった。ビールに口元を当てて彼を見たら、少し肩を落としている気がした。だが、こいつにミオリを渡すわけにはいかない。私は早くミオリに仕事に復帰してもらって自由を謳歌したいのだから。
「バイアグラは大量に仕入れておくよ。酒と一緒に飲むと海綿体の血流量も上がるから、もっと女をヒイヒイ言わせられるぜ」
私は嘘をついた。酒で服用するのは危険だ。
「おう、ありがとう。これからも頼むわ」
「おまえ、エセ亜細亜県民だろ。『ありがとう』なんて年寄りしか使わねえぞ」
「わざとに決まってるだろ。ゴミどもの汚い言葉なんて喋りたくもねえよ」
その後、私たちは亜細亜県の悪いところや人間がつまらないなど、雑言で盛り上がった。ゴミはゴミでも職歴ではヒナタは先輩だから、面倒な客の懲らしめ方など仕事上のテクニックも教わった。文句を言ってくる客を乗せた場合、ガードレールすれすれに駐車して左ドアを封じ、右のドアは自身の体と手で押さえて閉じ込める。それを聞いて感激した。ミオリの件はともかく、仕事上の相棒としては最高の人間だと思った。
夕方に代行を使って帰宅した。へべれけだったので、明日は二日酔いだ。こういうこともあろうかと事前に用意してあった一・五リットルのポカリスエットをがぶがぶと飲んだ。年齢を重ねるごとにアルコールの分解速度が落ちていた。酒が完全に抜けるのは明日の今ごろだろう。冷凍庫にアイスがないかと探したがなかった。冷蔵庫は開けなかった。ミオリは食べ物と飲み物を残してラップしておく習慣がある。以前は「食べきれないなら弁当買うな!」「飲みきれないなら買うな!」と怒鳴っていたが、彼女のメンタルケアを優先するため我慢している。このままだと私も鬱病になりそうだが、ヒモになるために耐えるしかない。ミオリに背を向けて布団に転がった。
「明日は二日酔いだ。ポカリスエットかアクエリアス買っといて」
「私も二日酔いになったことある。頭痛が痛くなった」
日本語が間違っていると指摘しようとしたが、こらえた。ミオリはザルだ。職場の飲み会でハイボールを二〇杯飲んだが、翌日も平気だったと聞いたことがある。
「大量に酒を飲んで頭痛がするのは当たり前だよ。翌日も痛かったら二日酔いだよ」
壁を見ていたら渦を巻いたり、スライドのように動くので寝返りを打った。ミオリは適当に重ねた毛布の小山に体を預けながらスマホで動画を観ていた。私に気を遣っているのかミュート設定にしているようだった。
「ヒナタはそのうち死ぬぞ」
「やだ。ケンサクに死んでほしくない!」
ミオリは鋭い光を宿した目で私を見た。
「ヒナタだよ。ヒ、ナ、タ。いつかわからないけど、この世から消える」
「何のこと言ってるの?」
「ミオリは何も心配しなくていいってことだよ。とにかく一日を気楽に生きな」
バイアグラは試用したことがあるからわかる。血流量を増やすためだろうが、動悸が顕著だ。そのほか、頭痛、腹痛、鼻水など個人差はあれど副作用が尋常じゃない。酒での服用も試したが、毎日のように飲んでいたら確実に死が近づく。
「で、買い物は行ってくれないの?」
「ごめん。動画に集中してた。何が欲しいの?」
「ポカリスエットかアクエリアスだよ。メモしたほうがいいよ」
吐瀉物が出ると布団が汚れるので、ビニール袋を布団の横に置いて仰向けになった。蛍光灯が直射日光のように眩しかった。ゴミには暗闇がお似合いだという神のお導きなのか。人知を超えたものや超常現象を私は信じるが、神は信じない。郷土を呪う神がいれば嬉々として信仰するだろう。考えていたら頭痛がひどくなった。気が向いた時に暖色のフロアライトを購入しよう。
「開庁の二時間前から待機とは仕事熱心だな」
「有名なゴミ清掃車のケンサクさんじゃないですか」
挨拶代わりに軽口を叩くと互いに車に乗り込んだ。ヒナタの自宅に行くのは初めてだ。コンビを組んで三年目になるから宴会をしたいらしい。が、それは口実で、私が個人輸入した抗不安薬やバイアグラの入手が真の目的だろう。市役所をほぼ道なりに北進し、約八分で到着した。一軒家だったのは驚いた。どうせ無茶なローンでも組んでいるのだろう。「車は適当に止めろ」と言うので、その通りにして家に入った。
ヒナタがどこかに行ってしまっていたので、勝手に家じゅうをうろついた。床に丸めたティッシュやビールの空き缶が無数に散らかっていた。キッチンは油まみれだった。シンクには数枚の皿がプカプカと汚水に浮いていた。ゴミ屋敷だ。リビングに向かうと、ドンドンと階段を降りてくる音がした。私の目の前を通ってヒナタはリビングの冷蔵庫からビールを二本取り出すと、ソファーに腰かけ「乾杯」と言って飲みだした。もてなしのできないゴミだと軽蔑しながら、私もソファーに座ってビールのタブを開けた。
「ヒナタは嫁さんいるよな。どこ行った? 夫がゴミすぎて出て行ったか?」
「パチンコ屋に並んでる。依存症だわ」
「おまえ県外出身者だろ? やたら上手に亜細亜弁を喋るな」
「まあ、十五年くらい住んでるからな。俺の地元の方言とあまり変わらないし」
私は、そうかいと返してビールを一気に飲むと、冷蔵庫からもう一本取ってきて口をつけた。飲みながら、ヒナタが目当てにしているであろう抗不安薬とバイアグラをカバンから出してテーブルに置いた。ヒナタは一瞬、目を丸くしたが、すぐに哄笑した。
「おまえ、超能力者かよ。また欲しいと思ってたところだ。この前やった女なんか、『すごい! すごい!』ってヒイヒイ言ってたぜ」
ヒナタが相手をしている女性が同意のうえでのセフレなのか知的障害者なのかわからなかった。いずれにしても自分がヒナタのやることに間接的に加担していることは事実だ。不愉快になったので、ビールを再び一気飲みした。
「おいおい。ここは飲み屋じゃねえよ。無限にビールはないぞ」
個人輸入は保険適用外だから薬代が高い。とくにバイアグラは高い。冷蔵庫には三五〇ミリリットル缶が二パックあったが、それでも釣り合わないほどだ。少なくともビールはすべて飲ませてもらう。その旨をヒナタに伝えると、「しょうがねえなあ」と頭を掻いた。
「抗不安薬はサービスだ。規制されてるのか知らんけど、個人輸入できる代物は効き目がないぞ」
「そうか? 俺には効いてるけどな」
もうビールには関心がない様子で、ヒナタは抗不安薬を五錠飲んだ。すぐに足りないと思ったのか、残りの五錠も飲んだ。いちどに1シートも服用するような者は立派な薬物依存症だ。ヒナタは勤務中にも酒を飲むことがあるからアルコール依存も考えられる。そのうえ性依存症だ。夕方からの勤務のときや休日は夫婦そろってパチンコに行くと言っていたので、ギャンブル依存も確定的だ。だが、そんなことはどうでもいい。
「ヒナタのセフレというか、愛人は知的障害者が多いのか?」
「多いかもしれないなあ。簡単にやれるからな」
逐一、冷蔵庫まで行ってビールを取るのが面倒だったので、二パックを手にしてソファーに深々と腰を下ろした。ミオリが言っていたボスについて踏み込んで訊こうと思ったがやめた。私もゴミだが、粗大ゴミに天誅を下すのは警察の仕事だ。それに怖い。私ができるのは、せいぜいヒナタを苦しませることぐらいだ。
「そういえば、ミオリと連絡が取れないけど、ケンサクは?」
「知らないな。僕は、はなから勃たないからな。ヒナタが羨ましいわ」
三本目のビールを空けて、四本目を手に取った。バイアグラとは別に、そもそも勃起しなくて悩む人のために勃起薬は存在している。個人輸入となると、値が張る。加齢のためか抗不安薬の副作用のためかわからないが、三十五歳ごろから著しく性欲が減退した。セクシーな女性を見ると欲情はする。が、もう性欲自体が邪魔で仕方がなくなっていた。
「俺、もしかしたらミオリのこと好きだったのかもしれん。可愛く思えてきてたんだよな。家に何度も行ってるけど、いねえな」
「引っ越したかもしれないな」
ミオリに欲情できることは素直にすごいと思った。本当に好きなのかもしれない。それが本当なのだとしたら、私はどうすればよいのだろうか。わからない。ヒナタが真の愛に目覚めるとは到底思えなかった。ビールに口元を当てて彼を見たら、少し肩を落としている気がした。だが、こいつにミオリを渡すわけにはいかない。私は早くミオリに仕事に復帰してもらって自由を謳歌したいのだから。
「バイアグラは大量に仕入れておくよ。酒と一緒に飲むと海綿体の血流量も上がるから、もっと女をヒイヒイ言わせられるぜ」
私は嘘をついた。酒で服用するのは危険だ。
「おう、ありがとう。これからも頼むわ」
「おまえ、エセ亜細亜県民だろ。『ありがとう』なんて年寄りしか使わねえぞ」
「わざとに決まってるだろ。ゴミどもの汚い言葉なんて喋りたくもねえよ」
その後、私たちは亜細亜県の悪いところや人間がつまらないなど、雑言で盛り上がった。ゴミはゴミでも職歴ではヒナタは先輩だから、面倒な客の懲らしめ方など仕事上のテクニックも教わった。文句を言ってくる客を乗せた場合、ガードレールすれすれに駐車して左ドアを封じ、右のドアは自身の体と手で押さえて閉じ込める。それを聞いて感激した。ミオリの件はともかく、仕事上の相棒としては最高の人間だと思った。
夕方に代行を使って帰宅した。へべれけだったので、明日は二日酔いだ。こういうこともあろうかと事前に用意してあった一・五リットルのポカリスエットをがぶがぶと飲んだ。年齢を重ねるごとにアルコールの分解速度が落ちていた。酒が完全に抜けるのは明日の今ごろだろう。冷凍庫にアイスがないかと探したがなかった。冷蔵庫は開けなかった。ミオリは食べ物と飲み物を残してラップしておく習慣がある。以前は「食べきれないなら弁当買うな!」「飲みきれないなら買うな!」と怒鳴っていたが、彼女のメンタルケアを優先するため我慢している。このままだと私も鬱病になりそうだが、ヒモになるために耐えるしかない。ミオリに背を向けて布団に転がった。
「明日は二日酔いだ。ポカリスエットかアクエリアス買っといて」
「私も二日酔いになったことある。頭痛が痛くなった」
日本語が間違っていると指摘しようとしたが、こらえた。ミオリはザルだ。職場の飲み会でハイボールを二〇杯飲んだが、翌日も平気だったと聞いたことがある。
「大量に酒を飲んで頭痛がするのは当たり前だよ。翌日も痛かったら二日酔いだよ」
壁を見ていたら渦を巻いたり、スライドのように動くので寝返りを打った。ミオリは適当に重ねた毛布の小山に体を預けながらスマホで動画を観ていた。私に気を遣っているのかミュート設定にしているようだった。
「ヒナタはそのうち死ぬぞ」
「やだ。ケンサクに死んでほしくない!」
ミオリは鋭い光を宿した目で私を見た。
「ヒナタだよ。ヒ、ナ、タ。いつかわからないけど、この世から消える」
「何のこと言ってるの?」
「ミオリは何も心配しなくていいってことだよ。とにかく一日を気楽に生きな」
バイアグラは試用したことがあるからわかる。血流量を増やすためだろうが、動悸が顕著だ。そのほか、頭痛、腹痛、鼻水など個人差はあれど副作用が尋常じゃない。酒での服用も試したが、毎日のように飲んでいたら確実に死が近づく。
「で、買い物は行ってくれないの?」
「ごめん。動画に集中してた。何が欲しいの?」
「ポカリスエットかアクエリアスだよ。メモしたほうがいいよ」
吐瀉物が出ると布団が汚れるので、ビニール袋を布団の横に置いて仰向けになった。蛍光灯が直射日光のように眩しかった。ゴミには暗闇がお似合いだという神のお導きなのか。人知を超えたものや超常現象を私は信じるが、神は信じない。郷土を呪う神がいれば嬉々として信仰するだろう。考えていたら頭痛がひどくなった。気が向いた時に暖色のフロアライトを購入しよう。



