「凜。横浜、一緒に回らない?」
そう匠から誘われたのは、既に校外学習の班決めの割り振りが確定している雰囲気の頃だった。勿論いつものメンバーで回ろうと、言葉なくとも決まっていたし、それは匠も同じだろうと思っていたから、誘われたのは、全くの予想外のできごとだった。
匠の言葉に、俺は勿論、クラスの皆がその言葉を疑い、俺の返答に耳を澄ませたのがすぐに分った。――そのくらい、俺と匠には「身分差」みたいなものがある。
「えっと、……ごめん。もうグループ組んでるし……。匠だってそうじゃなかったのか?」
そう告げると、匠は一瞬何を言っているのか理解できません、という顔で俺を訝し気に覗き込む。しかし、すぐに火を見るより明らかな仕草で肩を落として、双眸の色を沈ませた。まるでこちらが一方的に彼を非難したような、そんな誤解を生みそうな程の落胆を浮かべ「そっか」と頷く。しかし、そんな落胆を見せた匠だが、食い下がるような素振りはせずに、すんなりと引き下がり、普段はすらりとした背中を小さく丸めて、とぼとぼと自席へと戻って行く。それを見ていた瀬尾と千葉が、
「何で一軍様が?」
とこちらに目を向けてくるから、俺は言葉を濁して、言い訳を考えた。
「なんで? なんでそんな御子柴と仲いいの?」
「俺もずっと不思議だったんだよな。タイプ真逆じゃね?」
昔はタイプ一緒だったんだよ、なんて言えるはずもなく「あー、うん、そうな。うーん」なんて言葉を濁しながら、俺は頷いた。
「中学は別だけど、小学校まではすげー仲良かったからじゃねーかな。久し振りに再会して、懐かしくて、……みたいな?」
言い訳としては当たり障りのない範囲で、しどろもどろに伝える――というか、俺もそれしか言いようがないのが事実だ。実際のところ、どうして匠がこんなに俺を構ってくるのか、俺自身が理解できていない。自然消滅した元恋人に対して、普通は気まずく避けたいものじゃないだろうか。そっと過去には蓋をして、なかったものとして、記憶が思い出になるのを待つのが定石と言うものじゃないだろうか。
俺だって分からない、匠の考えていることが。
「まあ、そういうこともあるか」
まだ納得していない千葉の隣で、瀬尾はそんなふうに軽く話に終止符を打つ。俺はその助け舟に有り難いと、内心手を合わせながら、
「まあ、色々なんだよ」
と、言葉を濁して笑う程度に留めた。千葉はもうそれ以上は言及できないと察したのか、納得はしていないものの、蒸し返すような気もないという風に、
「まあ、そうか」
と話を流してくれた。
俺は二人に感謝しながら、前の席で騒がしくしているグループに目を向けた。匠は相変わらず涼しい顔で、誰かに凭れ掛かられながら、窓の外を眺めていた。先ほどまでの情けない眼差しなどどこへやら。そこには驚くほど無表情でありながらも、無垢な青い眼差しがあった。
ああいう目をするところは変わらないな、なんて思いながら、深い地層に押し込んだはずの、昔の匠を思い出す。
ぽってりとしたニキビに悩む肌、手入れ方法の分かっていない黒髪。世界の隅っこから、俯瞰して全体を眺めているみたいな、少し理知的で涼し気な目元。
確かに今は痩せて、髪の手入れの仕方も習得し、肌もきれいになって別人のようだけれど、きっと匠の本質は変わっていないんだろうな。俺はそんな事を思いながら、同じように教室の外を眺めた。
そう匠から誘われたのは、既に校外学習の班決めの割り振りが確定している雰囲気の頃だった。勿論いつものメンバーで回ろうと、言葉なくとも決まっていたし、それは匠も同じだろうと思っていたから、誘われたのは、全くの予想外のできごとだった。
匠の言葉に、俺は勿論、クラスの皆がその言葉を疑い、俺の返答に耳を澄ませたのがすぐに分った。――そのくらい、俺と匠には「身分差」みたいなものがある。
「えっと、……ごめん。もうグループ組んでるし……。匠だってそうじゃなかったのか?」
そう告げると、匠は一瞬何を言っているのか理解できません、という顔で俺を訝し気に覗き込む。しかし、すぐに火を見るより明らかな仕草で肩を落として、双眸の色を沈ませた。まるでこちらが一方的に彼を非難したような、そんな誤解を生みそうな程の落胆を浮かべ「そっか」と頷く。しかし、そんな落胆を見せた匠だが、食い下がるような素振りはせずに、すんなりと引き下がり、普段はすらりとした背中を小さく丸めて、とぼとぼと自席へと戻って行く。それを見ていた瀬尾と千葉が、
「何で一軍様が?」
とこちらに目を向けてくるから、俺は言葉を濁して、言い訳を考えた。
「なんで? なんでそんな御子柴と仲いいの?」
「俺もずっと不思議だったんだよな。タイプ真逆じゃね?」
昔はタイプ一緒だったんだよ、なんて言えるはずもなく「あー、うん、そうな。うーん」なんて言葉を濁しながら、俺は頷いた。
「中学は別だけど、小学校まではすげー仲良かったからじゃねーかな。久し振りに再会して、懐かしくて、……みたいな?」
言い訳としては当たり障りのない範囲で、しどろもどろに伝える――というか、俺もそれしか言いようがないのが事実だ。実際のところ、どうして匠がこんなに俺を構ってくるのか、俺自身が理解できていない。自然消滅した元恋人に対して、普通は気まずく避けたいものじゃないだろうか。そっと過去には蓋をして、なかったものとして、記憶が思い出になるのを待つのが定石と言うものじゃないだろうか。
俺だって分からない、匠の考えていることが。
「まあ、そういうこともあるか」
まだ納得していない千葉の隣で、瀬尾はそんなふうに軽く話に終止符を打つ。俺はその助け舟に有り難いと、内心手を合わせながら、
「まあ、色々なんだよ」
と、言葉を濁して笑う程度に留めた。千葉はもうそれ以上は言及できないと察したのか、納得はしていないものの、蒸し返すような気もないという風に、
「まあ、そうか」
と話を流してくれた。
俺は二人に感謝しながら、前の席で騒がしくしているグループに目を向けた。匠は相変わらず涼しい顔で、誰かに凭れ掛かられながら、窓の外を眺めていた。先ほどまでの情けない眼差しなどどこへやら。そこには驚くほど無表情でありながらも、無垢な青い眼差しがあった。
ああいう目をするところは変わらないな、なんて思いながら、深い地層に押し込んだはずの、昔の匠を思い出す。
ぽってりとしたニキビに悩む肌、手入れ方法の分かっていない黒髪。世界の隅っこから、俯瞰して全体を眺めているみたいな、少し理知的で涼し気な目元。
確かに今は痩せて、髪の手入れの仕方も習得し、肌もきれいになって別人のようだけれど、きっと匠の本質は変わっていないんだろうな。俺はそんな事を思いながら、同じように教室の外を眺めた。



