黒瀬くんの秘密

 最近、黒瀬くんがよく僕の顔を覗き込む。
「……平川先輩」
「な、なに?」
「元気、ないですよね」

 心臓が跳ねた。

「そ、そんなこと……」
「あります」

 即答だった。図書室の帰り。夕方の校舎は、静かで、逃げ場がなかった。

「先輩、笑ってる時と、そうじゃない時、違います」
胸の奥を、指でなぞられたみたいだった。

「大丈夫って言う時ほど、目が揺れてる」
「……見すぎだよ」
 誤魔化すように笑うと、黒瀬くんは一歩近づいた。

「否定しなくていいです」
そして、そっと抱き寄せられる。
「……っ」

 驚く間もなく、温度に包まれた。

「俺になら、何を言ってもいいです」

 低く、でも優しい声。
「嫌なら、嫌って言ってください。怖いなら、怖いって」
 胸の奥に、溜まっていたものが、溢れそうになる。
「……怖いよ」
 気づいたら、そう言っていた。

「また……失うのが」
腕に、力が込められる。
「失わせません」

「俺が、います」

 その言葉が、胸にストンと落ちた。少し、間があって、
「ねぇ……黒瀬くん」
「はい」
「もしかして……僕のこと、」
 言葉が、喉で詰まる。黒瀬くんは、少しだけ困ったように目を伏せてから、静かに笑った。

「……秘密、バレちゃいましたね」

 心臓が、止まりそうになる。

「俺、平川先輩のこと、好きです」
 迷いのない声。
「最初に会った時から」

ああ。胸のドキドキの正体がはっきりと分かった。

「……僕も」 
声が、震える。

「僕も、黒瀬くんのこと、好きだよ」
 言えた。初めて、自分で選んだ。
「でも……怖かった」
「知ってます」
 黒瀬くんは、僕の額にそっと自分の額を触れさせた。
「だから、言わせました」

「ずるいよ……」

「褒め言葉として受け取ります」

 小さく微笑む。

「俺と、付き合ってください」

「……はい」
 答えた瞬間、胸がいっぱいになった。黒瀬くんはそっと僕にキスをした。触れるだけの、優しいキスを。僕は、この温度を失いたくないと思った。

 黒瀬くんの“ひみつ”は、最初から僕を好きだったこと。そして、僕が自分で気づくのを、待ってくれていたこと。

 それは、誰にも言わない、僕と黒瀬くんのひみつになった。