黒瀬くんの秘密

 一週間ぶりに、黒瀬くんとちゃんと目が合ったのは、放課後の図書室だった。
閉館間際で人はほとんどいない。本を返却しに行こうとして、出口の前で立ち止まった。 

「……平川先輩」
不意に呼ばれて肩が跳ねる。
「……黒瀬くん」
久しぶりに聞く声なのに、胸の奥がじんと痛んだ。
「少し、話せますか」
「……うん」

断る理由はなかった。窓際の席に並んで座る。沈黙が続く。先に口を開いたのは黒瀬くんだった。

「この前は……言い過ぎました」
真っ直ぐ前を見たまま、そう言った。
「先輩が嫌がってるのに、踏み込みすぎた」
「……違うよ」
 思わず、言葉がこぼれた。
「嫌だったんじゃない。ただ…怖かったんだ」
声が、少し震える。

「また、嫌われるのが」
「友達は…みんな僕が選べないせいで、勇気が出せないせいで、居なくなったんだ」

黒瀬くんが、ゆっくり僕を見つめる。
「俺は、嫌いになんてなりません」

 迷いのない声。

「先輩がどうして笑ってるのか、全部分かるわけじゃないです。でも」
 一瞬、言葉を選ぶように間が空く。
「無理してるのは、分かります」
 胸が、きゅっと締めつけられた。

「……そんなの」
「分かりますよ」
重ねるように、黒瀬くんはそう言った。
「先輩のこと、よく見てるので」
心臓が強く跳ねた。そのまま、黒瀬くんは立ち上がる。一歩、距離が縮まる。

次の瞬間、温かさに包まれた。
黒瀬くんの腕。制服越しでも分かるくらい暖かい体温。

「…ッ」
思わず、息を詰める。

「先輩は、悪くない」
耳元で、低く囁かれる。

「傷つくことに、慣れなくていい」
胸が、ぎゅっと苦しくなった。気づいたら、僕は黒瀬くんの制服を握りしめていた。
「……黒瀬、くん」
 名前を呼ぶだけで、心臓が跳ねる。離れたあとも、胸の奥がざわざわして落ち着かない。
「……ありがとう」
「いえ」
 いつもの淡々とした返事。でも、目だけは少し優しかった。

 それから、黒瀬くんとの距離は、微妙に変わった。並んで歩くと、肩が触れる。席が近いと、手が触れそうになる。何度も、ドキッとする。
「……最近、暑いですね」
「……そうだね」
 本当は、そうじゃない。ある日、帰り道。黒瀬くんが何気なく僕の手首を掴んだ。
「危ないです」
「え?」
 自転車が通り過ぎていく。それだけなのに、心臓が壊れそうだった。

 なんで、こんなに。

 夜、布団に入っても胸のドキドキが収まらない。思い出すのは、黒瀬くんの体温。声。距離。
「……これって」
黒瀬くんの僕に対する気持ちに気付いたのと同時に、僕の気持ちにも気付いた。

でも、もし違ったら。もし、伝えて嫌われたら。また同じことになる。選べなかった過去。失った友達。だから、僕は何も言えない。ただ、増えて行く感情をどうすることもできずにいるしか無かった。