最初は、ほんの冗談みたいなものだった。
「平川ってさ、ほんと何考えてるか分かんないよな」
「優柔不断代表〜って感じ」
教室の後ろから聞こえる声。心臓がきゅうっと苦しくなる。笑っていれば、僕が我慢すれば。そうやってずっと生きてきた。
「はは……そうかも」
曖昧に返すと、相手は満足そうに笑った。それで終わるなら、問題ない。問題ない、はずだった。
黒瀬くんは、気づいてしまったらしい。
「……平川先輩」
放課後、廊下で呼び止められた。声が、いつもより低い。
「さっきの、あれ」
「え?」
「笑うところじゃないです」
どうやら黒瀬くんはさっきのやり取りを見ていたらしい。
はっきりとした口調。ドキッとした。
「いいんだよ。ああいうの、慣れてるから」
「慣れてるとか、そういう問題じゃない」
黒瀬くんは、珍しく眉をひそめていた。
「嫌なら、嫌って言えばいいですよね」
「…言えないよ」
思わず、弱音がこぼれる。
「言ったら、空気が悪くなるし…」
「それで、平川先輩が傷つくのはいいんですか」
真正面からの言葉。逃げ場がなくて、視線を逸らした。
「僕は……大丈夫だから」
「俺は大丈夫じゃない」
その瞬間、黒瀬くんの感情がはっきりと見えた。怒り。焦り。苛立ち。
「平川先輩は、いつもそうだ」
「え……?」
「自分のこと、後回しにして」
胸が、どくんと鳴る。
「それで、また笑って」
「……やめてよ」
声が、震えた。
「僕のこと、分かったみたいに言わないでよ…!黒瀬君は何も分からないでしょ…!」
言ってしまった後で、後悔した。でも、止められなかった。黒瀬くんは一瞬、目を見開いて、それから口を閉ざした。
「……すみません」
そう言って、踵を返す。
「黒瀬くん……」
呼び止めたけれど、黒瀬くんは振り返らなかった。
その日から一週間。僕たちはほとんど話さなかった。図書室でも、委員会でも。視線が合えば、逸らされる。それが、こんなに苦しいなんて。まただ。頭の中で、過去の記憶が蘇る。
『どっちか選んでよ』
『選ばないのが一番迷惑』
選べなくて。言えなくて。そして、いなくなる。昼休み、ひとりで弁当を食べながらそう思った。このまま黒瀬くんとも終わるんだろうか。
何も言わずに。何も選ばずに。
それが、僕の結末なのかもしれない。
放課後、誰もいない廊下を歩く。
「……このまま、ずっと?」
声に出した瞬間、涙が滲んだ。
黒瀬くんの怒った顔が、頭から離れない。あれは、僕を責める怒りじゃなかった。
守ろうとする、怒りだった。分かっているのに。分かっているから、怖い。また大切になったら。失うのが怖い。だから、何も言えない。
「平川ってさ、ほんと何考えてるか分かんないよな」
「優柔不断代表〜って感じ」
教室の後ろから聞こえる声。心臓がきゅうっと苦しくなる。笑っていれば、僕が我慢すれば。そうやってずっと生きてきた。
「はは……そうかも」
曖昧に返すと、相手は満足そうに笑った。それで終わるなら、問題ない。問題ない、はずだった。
黒瀬くんは、気づいてしまったらしい。
「……平川先輩」
放課後、廊下で呼び止められた。声が、いつもより低い。
「さっきの、あれ」
「え?」
「笑うところじゃないです」
どうやら黒瀬くんはさっきのやり取りを見ていたらしい。
はっきりとした口調。ドキッとした。
「いいんだよ。ああいうの、慣れてるから」
「慣れてるとか、そういう問題じゃない」
黒瀬くんは、珍しく眉をひそめていた。
「嫌なら、嫌って言えばいいですよね」
「…言えないよ」
思わず、弱音がこぼれる。
「言ったら、空気が悪くなるし…」
「それで、平川先輩が傷つくのはいいんですか」
真正面からの言葉。逃げ場がなくて、視線を逸らした。
「僕は……大丈夫だから」
「俺は大丈夫じゃない」
その瞬間、黒瀬くんの感情がはっきりと見えた。怒り。焦り。苛立ち。
「平川先輩は、いつもそうだ」
「え……?」
「自分のこと、後回しにして」
胸が、どくんと鳴る。
「それで、また笑って」
「……やめてよ」
声が、震えた。
「僕のこと、分かったみたいに言わないでよ…!黒瀬君は何も分からないでしょ…!」
言ってしまった後で、後悔した。でも、止められなかった。黒瀬くんは一瞬、目を見開いて、それから口を閉ざした。
「……すみません」
そう言って、踵を返す。
「黒瀬くん……」
呼び止めたけれど、黒瀬くんは振り返らなかった。
その日から一週間。僕たちはほとんど話さなかった。図書室でも、委員会でも。視線が合えば、逸らされる。それが、こんなに苦しいなんて。まただ。頭の中で、過去の記憶が蘇る。
『どっちか選んでよ』
『選ばないのが一番迷惑』
選べなくて。言えなくて。そして、いなくなる。昼休み、ひとりで弁当を食べながらそう思った。このまま黒瀬くんとも終わるんだろうか。
何も言わずに。何も選ばずに。
それが、僕の結末なのかもしれない。
放課後、誰もいない廊下を歩く。
「……このまま、ずっと?」
声に出した瞬間、涙が滲んだ。
黒瀬くんの怒った顔が、頭から離れない。あれは、僕を責める怒りじゃなかった。
守ろうとする、怒りだった。分かっているのに。分かっているから、怖い。また大切になったら。失うのが怖い。だから、何も言えない。
