略奪された巫女は残虐な王に溺愛される

 朝陽の胸の内を知り、雪音は自分の中にも芽生えている朝陽への愛情を大切に育てていた。こんな日々が自分に訪れるとは思ってもいなかった。月華にいたころは、幸せというものは、雪音とは無関係の場所にあった。
 幸福な日々が続いていた雪音が月華の様子を知ったのは、朝陽と近衛兵の弥彦が話しているのを聞いてしまったからだ。
「無視しろ」
「わかりました。それにしても今更ですよね。祈りを捧げる巫女がいないから雪音様を返せだなんて。何度言われても朝陽様は雪音様を返したりはしませんよね」
「当たり前だ」
「それにしても、まさか川を堰き止めるとは」
「水路を引く準備をしている。問題ない」
「そうですけれど。しばらく何も言ってこなかったくせに、突然どうしたのでしょうね」
「さあな」
「向こうも雪音様の価値に気が付いたのかもしれませんね、鉱山ひとつと引き換えるには惜しいと思ったのでしょう」
 どういうことだろう。自分が鉱山と引き換えになったとは……。朝陽と弥彦が何の話をしているのかわからない。わかるのは、月華が自分のことを返せといっていることだけ。
「仕方がありません、西方の村には支援を送ることにして、しばらく耐えてもらいましょう」
 恐らく、冬季に祈りを捧げる娘がいないのだ。冬季の神殿は凍てつくように寒い。仮に火を焚いてもろくに暖まらないだろう。今まで雪音しか祈りを捧げてこなかったのだ。貴族の娘たちがあの寒さに耐えうるとは思えない。
 そうなると、月華のひとびとは困るだろう。気候が安定しなければ、様々な災害が起こる。
 飢饉になって苦しむのは貧しい人びとだ。
「私が戻る必要があるんだわ」
 だが、朝陽はそれを許さないだろう。なにより、自分が戻りたくないと思っている。だけど、苦しむ人びとを放っておくことはできない。どうしたらいいのかと雪音は頭を抱えた。
「冬の間だけでも、帰ることができたら」
 雪音が悩んでいる頃、旭華の王城に月華からの使者がやってきた。雪音が驚いたことは、使者のなかに風芽もいたことだ。
 雪音を説得するために連れてこられたのかもしれない。そんなことをしなくとも、朝陽の許しさえ降りるなら戻るのに、と雪音は思った。
 風芽は朝陽がいない時間を狙って直接日輪殿を尋ねてきた。鈴城が追い返そうとしたが、大事な話があると風芽が言うので雪音は中へ通す許可を出した。なにより朝陽の許可を得ているという、そうなると雪音に断る権限はない。
「久しぶりね雪音」
「風芽様……お久しぶりです」
「朝陽様にお願いしてあなたと話をする時間をもらったのよ。あのね、祈りのことなのよ。あなたが勝手に旭華に来たから月華の国はとっても大変なの」
 風芽は値踏みするような目で雪音を見る。
「それにしても、ずいぶんとよい暮らしをしているのね。行商人から聞いた話通りだわ」
 雪音の頭のてっぺんから足元までをじっくり見終えた風芽は、面白くなさそうな顔をした。
「雪音、月華に戻りなさい。あなたにここはふさわしくないわ」
「それは私では決められません。朝陽様のお許しがないと勝手に戻ることはできないのです」
「硬いことを言わないでちょうだい。朝陽様には私の方から上手くいっておくから、今すぐ帰るのよ」
「それはできません」
 きっぱりと断ったが、突然首筋を鈍い痛みを感じた。途端に意識が遠くなる。何者かに殴られたのだと雪音が気が付くことはなかった。風芽は武士を伴っていた。鈴城が悲鳴をあげる。
「世話が焼けるわね、心配しなくても、朝陽様のもとには私が残るから大丈夫よ」
 風芽の声が遠くに聞こえる。
「あさ、ひ、さま……」
 愛する夫の名を口にするが、答える声はない。雪音はそのまま気を失った。
「転送の石を」
 風芽が指示を出すと、武士は懐から鈍く光る小さな石を取り出した。陰龍の妖力を宿した石である。「月華」とつぶやくと武士は石を雪音に当てた。武士とともに雪音も消えた。
「雪音様をお返しください!」
「うるさいわね、雪音には月華がお似合いなのよ」
「雪音様は旭華にこそ必要なお方です! なにより陛下が求めていらっしゃいます! 雪音様をお返しください!」
 必死に訴える鈴城に風芽は懐から取り出した透明な石を投げつける。鈴城に当たった瞬間、石は白く濁り、コロンと床に転がる。鈴城もその場に倒れた。

 月華の使者との面会を終えた朝陽は大きなため息をついた。
「朝陽様、不機嫌そうですね」
「当たり前のことを聞くな。月華のやつら、雪音のことをなんだと思っているのだ」
 使者は雪音のことをただの道具だと思っていると朝陽は感じた。陰の気を安定させるために祈ることは、雪音でなくとも当然できる。
 それなのに雪音に固執するのはなぜだろうか。朝陽は顔をしかめた。
「それにしても、俺は安心しましたよ」
 朝陽の様子をそばで見ていた弥彦は顔をしかめる朝陽に微笑んだ。
「何を笑っている。気色が悪い」
「ひどいですね。朝陽様のことを見直したと言っているんですよ、朝陽様は前帝の影響もあり女嫌いでしたからね、絶対に后は取らないだろうと思っていましたから。それが、雪音様に出会われてから変わられました。こんなにもお后を大切にする方だとは知りませんでしたよ。まあ、少々独占欲が強めですが」
「雪音は特別だ、女嫌いなのは変わらん」
 雪音と初めて会った時のことを思い出す。
神殿で懸命に祈りを捧げる雪音は、あまりに美しかった。強烈な独占欲に駆られ、気がつけば腕に抱いていた。
 女を欲しいと思う日が来るとは思わなかった。わざわざ奪ってまで婚姻を結ぶ同胞の気持ちがようやく分かった。
 強く惹かれて連れ帰ったが、共に過ごすようになって更に愛しい思いが強くなった。こんな女には、二度と出会えないと思う。手放す気はない。
 仮に今回風芽に会ったことで雪音が月華に帰りたいと言ったら……その願いは叶えてやれないかもしれない。恐らく杞憂に終わるだろうが。
「でしょうね、意外と一途だったことに感動しております。大切な雪音様を連れ帰されないためにも、上手く立ち回る必要がありますよ」
「そうだな、気になるのはあの女だ」
「雪音様の姉だと話していたかたですね、雪音様と仲睦まじかったと言っておられましたが、雪音様からそんな話を聞いたことはありませんよね。なにより俺が気になっているのは朝陽様が奪ってこられた日の雪音様の姿です」
「ああ」
 弥彦も朝陽と同じことを考えているようだった。この国に連れてきたときの雪音は、身につけているものこそ小綺麗だったが、手足はあかぎれだらけで、異常に痩せていた。身体には、虐待のあとのようなあざもあった。
 本人には聞いていないが、暮らしぶりはよくなかったのだろうと容易に予想できた。
 一方で、使者と一緒に来た風芽は艷やかな肌に傷一つない手、手入れの行き届いた髪も、雪音とは全く異なっていた。なにより雪音の心配をしているというよりは、朝陽に色目を使おうとしているようだった。
「不愉快な女だ、雪音には絶対に近づけるな」
「わかりました、しばらく滞在するとのことですので、後宮の客間を使わせましょう。後宮ならば、朝霞姫様たちが進んで監視してくださるでしょう」
「それは頼もしいことだ」
 病を終息させた雪音は後宮内でも人気があった。朝霞はもちろん、先王の妃たちからも支持を得ている。薬草園の成功も大きい。
「朝陽様、朝陽様! 大変です!」
 甲高い声がしたかと思えば、風芽が姿を見せた。
「雪音が私の警護にと伴ってきた武士と一緒に月華に帰ってしまったのです」
「なんだと! それは、どういうことだ」
「ふたりは恋仲だったようなのです。武士は転送の石という陰龍の妖力を宿した石を持っておりました。私が月華の状況を話したのもよくなかったのだと思います。私が止めるのも聞かず、ふたりはあっという間に消えてしまって……」
 風芽の話に、朝陽は怒りをあらわにする。
「連れ戻せ」
「朝陽様、それは少し乱暴です。雪音はあの武士と愛し合っているのです、雪音のことを思うなら、身を引くことも大切ですわ」
 雪音にそんな男がいたとは、本当だろうか。万が一そうであっても、雪音は少なからず自分のことを思ってくれているようだった。少しずつ心を開いてくれていたというのに、奪い返されてしまうとは。
 月華の武士はそれほどに雪音を想っているというのか。
「風芽殿、報告感謝する」
「朝陽様、雪音は鉱山の対価だと聞きました。我が国が取り返した鉱山の……」
 どうやら月華の国ではあの鉱山はわが国から奪い取ったのではなく取り返した(・・・・・)ということになっているらしい。もともと陽華のものであった鉱山を、どうやったら取り返すことになるのか、陰龍の考えることはわからないものだと思う。
 取られたところでさほど興味のない山だったが、ただでくれてやるのも癪に障る。それで月華に出向いたのだ。病の特効薬でも見つかれば一石二鳥だと思っていたが、思わぬ宝を見つけてしまった。
 雪音を見つけて思わず連れ帰り、あとから対価にいただくと月華と話をつけたというのに。
 雪音自身が帰りたがっていたとは……にわかに信じがたかった。いや、信じたくなかった。
「だからただ返せというのは無理があります。雪音の代わりに私が旭華の国に残りましょう。あの子よりも、私の方が朝陽様のお役に立ちますわ」
 笑わせるなと内心思うが、態度にださないよう努めた。いらぬ諍いを起こすのは本意ではない。
「雪音の代わりならいらない。雪音を返すよう交渉する」
「そ、それはいけません。せめて冬の間だけでも雪音をお返しください。この季節は雪音ではないと……。か、代わりに私が朝陽様のおそばに……」
 朝陽は風芽はじっと見据えた。この女が無理矢理雪音を月華に送り返したのではないかとも思う。そうであったなら今すぐにでも雪音を取り戻したい、だが、本当に雪音の願いでもどったのだとしたら……。
「風芽殿、俺の役に立つというのなら少し滞在してもらっても構わない。弥彦」
「はい」
「風芽殿を客殿にお連れしろ」
「わかりました」
 風芽は甲高い声で「ありがとうございます」と謝辞を述べると弥彦について出て行った。なにからなにまで癇に障る女だ。風芽を監視しつつ、月華に偵察を送るつもりだ。雪音の様子を調べるために。もしも雪音が意中の相手と幸せにしているようならば、身を引く必要もある。望みは薄いかもしれないが、風芽がこちらにいれば雪音の待遇が少しは良くなるかもしれない。
 風芽を送って戻ってきた弥彦はうんざりしたような顔をしていた。
「朝陽様、風芽殿の荷物を見ましたか?」
「そんなもの知るわけない」
「ですよね。それが、すごい量なんですよ、部屋の中が風芽殿の荷だけで埋まりました。端から長期滞在するつもりだったんじゃないかと疑ってしまいます」
「使者の滞在期間は三日ほどと聞いていたが……」
 風芽は、はじめから雪音と入れ替わるつもりだったのではないか。
 なぜ。
 朝陽が考えを巡らせていると、弥彦も同じことを思っていたようだ。
「あのお嬢様、端から雪音様と入れ替わるつもりだったのではないでしょうか。どうやらこちらでの雪音様の暮らしを探っていたようなのです」
「なぜそのようなことを」
「わかりませんよ、でも、雪音様のことが気がかりですね、早馬を出しましょうか」
「当たり前だ、一刻も早く雪音の状況を伝えるよう指示を出せ」
 苛立った朝陽の声に弥彦も焦ったような表情で月華へ秘密裏に視察を送った。

 雪音を月華に返し、旭華に残ることに成功した風芽は後宮であてがわれた宮で寛いでいた。鈴城の記憶を封じたため、雪音がどのようにして月華に戻ったのかを知るものはいない。
 あとは朝陽の后の座に収まるだけである。
「まさか旭華がこんなにまともな場所だったなんて思わなかったわ。野蛮で文明も発達していないと聞いたのよ、雪音にはお似合いだわって思っていたけれど、行商人の話を信じてみてよかったわ、これではあの子にはもったいないじゃない。朝陽様も残虐だと聞いていたけれど、噂と違ってとっても素敵だし」
 周りをはばかることなく風芽は大きな声で言った。女官たちが怪訝な顔をしているのも気にかける様子がない。
 雪音が略奪されたあと、しばらく祈るものが誰もいなかった。だが、月華に災いが起こる様子はない。どうやら、巫女の祈りは月華そのものを豊かにしているわけではないようだった。
 半月ほどして巫女が祈りるよう命令が出た。だが、どの巫女が祈りを捧げても王は「月龍が満足していない」と言った。どうやら、祈りは王自身が恩恵を受けるために必要なもののようだ。
 神官たちが雪音と同じ環境で祈りを捧げねばならないと、雪の日も火を焚かずに祈りを捧げさせたが、今度は貴族たちから不満が漏れた。
 仕方なく貧しいものから若い娘を選び、祈りを捧げさせたが雪音ほどの恩恵が受けられない。
 そしてこの度風芽たちが雪音を奪い返してくる算段になった。風芽は行商人から雪音の話を聞き、思いのほか裕福な暮らしをしているのではないかと思い見に来たのである。勘が当たって風芽は満足していた。
 雪音は今頃今までよりも酷い環境で祈りを捧げさせられているのだろう。巫女が辛い思いをすればするほど、王が受ける恩恵は強くなることがわかったらしい。
 月龍は巫女を案じて恩恵を与えるのだろうが、それが巫女自身ではなく王に搾取されるのであるから笑ってしまう。
 風芽は雪音のことを思い、ふふっと楽しそうな笑みを漏らした。
「ねえ、あなた、甘いものが食べたいわ」
 風芽は忙しそうにしている女官のひとりに声をかける。
「甘いもの、でございますか? もうじき夕餉の時間になりますが」
「私が食べたいって言っているの、用意してちょうだい」
 風芽が強い口調で言うと、女官は困惑した表情を見せたが、言われるままに干菓子を用意した。
「干菓子? もっとまともなものはないのかしら、まあ、旭華ならこんなものかしらね。今度月華からなにか取り寄せないといけないわね」
 女官が出した菓子に文句をつけ、旭華のことを未発展の地だと風芽は軽快な口調で罵った。月華からの客人と知らされているため、誰も口出しをすることが出来ない。おかげで風芽はどんどん横柄になっていった。
 ただひとつ、風芽にとって誤算だったのは、朝陽がまったく自分のことを相手にしないことである。
「どうして私は朝陽様の御殿に呼ばれないのかしら、もう雪音はいないのでしょう?」
 弥彦を見つけては大きな声で不満を言う。弥彦は大きなため息をついた。
「風芽様は月華からの大事なお客様ですから」
「あら、そんなこと気にしなくていいのよ。私は雪音よりも朝陽様を喜ばせることが出来るのに」
 そう言って首をかしげる風芽に、弥彦は何か言いたそうに口を開いたが、言葉を飲み込んだ。
 牛車に乗り、後宮内を我が物顔でうろついていた風芽は薬草園を見つけて車を止めさせた。
「これはなに? 後宮内なのに農地のようだわ」
「こちらは薬草園になります。雪音様が作られたものですよ」
「ふーん、相変わらずつまらないことを考える子ね。せっかくならもっと派手なものを作ればいいのに」
 女官の説明に風芽は呆れたように答える。
「ですが薬草園のおかげで私たちは病に怯えずに過ごせるようになりました」
「ふーん、旭華の医学は遅れているのね、雪音なんかが知っていることが役立つなんて。私だったらもっと役に立つことができるわ」
「それはいったいどういうものでしょうか」
「どうしてあなたなんかにそんなことを教えないといけないの、私は朝陽様に直接お伝えするわ」
 風芽の言葉に女官は困惑し、言葉を失った。
 あくる日は雪音の私物を整理したいと言い出した。朝陽から贈られた着物や髪飾りに宝石の数々を見て、風芽は目を輝かせる。
「あの子にはもったいないわ。私が貰うことにするわね。だって、私の方が似合うもの」
「風芽様、それは陛下が雪音様に贈ったものです。それを貰うなど……」
「あらあなた、なにか文句があるの? だって雪音には似合わないし、しまっておくのはもったいないわ。雪音が戻ってきたら返してあげるわよ、帰ってくることがあったらね」
 結局雪音のものをすべて自分のものにしてしまった。これには鈴城が黙っていなかった。
「風芽様、あんまりでございます」
「なによ、雪音はいないんだからいいでしょう?」
「それでも、陛下からの贈り物を勝手に自分のものにするのはいかがなものかと」
「貰うんじゃないわ、借りるのよ! なにがいけないの、あなただって見ていたでしょう? 雪音は自分から望んで月華に帰ったのよ」
「それは……」
 鈴城の記憶は風芽によって抜かれ、曖昧になっている。鈴城自身、雪音がどのように結果に帰ったのか、はっきりとしたことが言えなかった。


 風芽の宮中での振る舞いを聞いた朝陽は頭を抱えていた。
「あの娘を追い返せ」
「そうしたいのはやまやまなのですが、どうやら彼女は月華からこちらに残るよう言われているようで、無理に帰すと月華の王の機嫌を損ねる可能性があります」
「損ねても構わない」
「いやいや、月華は大国です。彼らがもつ武士団と陰龍の妖力は計り知れません。不要に触発するべきではないでしょう。鉱山を取られたときも、穏便に済ますべく雪音様の奪いに行ったのでしょう。まあ、もともとは巫女を奪うつもりはなかったのでしょうが……」
「雪音が奪えるのならば鉱山ひとつ安いものだ。宝石などくれてやる」
「そうですね、雪音様は朝陽様にとっても、この国にとっても大切なかただ。もとよりあの山はろくなのが採れなませんでしたしね」
「弥彦、雪音の所在はわかったか」
「難航しております。祈りをささげるとならば神殿にいるものと思いましたが、どうやら月華は神殿を新設したようで、なかなか見つけられず……。ただ、今朝入ったばかりの情報ですが、どうやら雪音様は民のために祈らされているわけではないようです」
「それはどういうことだ」
 弥彦の言葉に朝陽は難しい顔をする。
「風芽を呼べ」
「え」
「あの女に吐いてもらう。なにか知っているだろう。もっとはやく首を絞めておくべきだった」
 初めて朝陽に呼ばれ、風芽は嬉々として日輪殿にやってきた。
「ようやく朝陽様も私を后にする気になったのね」
 着飾るのによほど時間がかかったのだろう。風芽は約束の時間よりも遅れてやってくる。一刻も早く雪音の情報を得たい朝陽は苛ついていた。
「お呼びですか、朝陽様」
 猫なで声を出す風芽に、朝陽は冷たい視線を送る。
「雪音はどこにいる」
「え……知りませんわそんなこと」
「何か知っているだろう、吐け」
「ふん、朝陽様が私をお后にしてくれるというなら知っていることを教えてもいいですけれど……」
 風芽はもったいぶるような目で朝陽を見る。朝陽はついに怒りをあらわにした。
「おまえはなにか勘違いをしている。俺は頼んでいるのではない、命令しているのだ。知っていることを早く吐け、偽りを言えばおまえの首をはねる」
「ひぃ! わ、私は月華の月羽矢家の娘です、私に何かあったら、月華は黙っておりませんよ!」
「その時は徹底抗戦するまでだ。月華の武士とやらと手合わせするいい機会だ。そのままふたつの国を俺が統合してやろう」
 朝陽の目を見て、風芽にもそれが脅してはないことが分かったようだ。
 怯えた風芽の懐から、コロンと何か転がり落ちる。小さな硝子玉のようだ。硝子玉は落ちた衝撃で割れ、中から白い煙が出てくる。
「あ……!」
 風芽が割れた硝子玉を見つめていると、鈴城が駆け込んでくる。
「陛下! お伝えしたいことがあります。雪音様はその女に無理矢理月華へと連れて行かれました! 恋仲の武士などおりません。私はその女に記憶を封じられておりました、その女の言っていることは全部偽りです!」
「なんだと……」
 朝陽は今にも斬り殺しそうな勢いで風芽を睨んだ。鈴城に奪った記憶が戻ったことがわかった風芽は観念した。肩を落とし、力ない声で呟く。
「ゆ、雪音は恐らく……」
 風芽の言葉を聞き、朝陽は月華へと飛び出した。

 月華は北の果てに神殿を新設したそうだ。より多くの富を得るべく、過酷な環境を巫女に強いるための。
 牢獄のようなその場所に雪音は監禁されている。