拝啓
いつも教室の隅で寝ている,無関心な不良君へ。
君はこれを読んでくれているのかな?
それとも,いじめられっ子の手紙なんて読まずに捨ててしまったかな。
君がどちらの選択を取ったのか,知らないままこの世を去ってしまうことが,私の唯一の心残りともいえる。
さて,もしもこの手紙を読んでくれているのなら君は不思議に思っているだろうね。なぜ一度話したことのない私が君に手紙を書いたのか。
ま,その答えは書いてあげないんだけどね。
ただ。私はちょっとした復讐をしたいんだ。
ずっと傍観者だった君に。
そして―――私という存在を殺したすべての人間に。
「私の復讐の手伝いをしてもらうよ」
私はお気に入りの便箋に書いた手紙を彼の机に入れ,その足で家に帰るとそのまま
――――――用意していた縄で首を吊った。
君の大好きな,良く晴れた日の出来事だったよ。
世の中には善人と悪人がいる。
善人以外は悪人で生きているのも穢らわしい。
俺の家族は皆,口を揃えてそう言う。
だから,生きる権利を持っているはずの善人が死んだ時,俺は少なからずショックを受けたのかもしれない。
―――優等生が死んだらしい。
高校2年目の9月の出来事だった。
死因については聞かなかったが自殺で間違いないだろう。そう,クラスメイト全員が思っていた。
担任が話す言葉に,クラスメイト達は次々に泣き喚く。耳を塞ぐ者がいれば,担任に質問を投げかける者もいた。
俺は教室の一番前の隅の席で,その光景を観ていた。
今から劇でも始まるのかと思うようなこの光景は観ていて息が詰まる。観客から観れば,皆から愛されていた優等生がこの世を去ってしまいクラスメイト達が悲しみに暮れる場面なのであろう。
けれど,このクラスで彼女の死を悲しんでいる者は誰一人としていない事をクラスメイト全員が知っていた。
教室の真ん中に位置する彼女の席には明日,本物の花が咲くのだろう。
教室中から聞こえる泣き声や鼻をすする音に嫌気が差し,俺は机の中身を鞄に押し込み席を立った。
「ちょっと!栗原さん。どこに行くのよ!」
「あんたの知らない所」
叫ぶ担任の声に適当に返事をし,俺は校舎を出ていつもの場所へ向かった。
高校の近くにあるとても日当たりのよい,小さな公園のような場所だった。俺の一日の大半はそこで過ごされている。
薄っぺらい鞄を枕代わりにしいつものように寝転んだ。目を瞑れば,世界から自分が切離された用に感じる。寝て,起きて,また寝る。それを繰り返すと一日は終わる。生きているという実感は,いつも湧かなかった。
そんな,いつも通りの一日だった。
「君さー。クラスメイトが死んだっていうのにちょっと薄情すぎない?」
頭上からそんな声が聞こえた。
いつものあいつかと思って俺は目を瞑ったまま「うるさい」と言う。
そのままいつもの様に声の持ち主は,一歩離れた場所に座るのかと思った。しかし今日ここに来たのは違う人間だったらしい。
「……悪いけど,君が思っている人物とは違うと思うよ」
少し遠慮がちに放たれた言葉に俺は閉じていた目を開いた。
明るい太陽の光に思わず空を睨見つけるようになる。しかし突然その光は何かによって遮られた。
「………は?」
「随分と間抜けな声だね。もう少し叫ぶとか慌てて戸惑うとかないの?」
「………十分,戸惑ってる」
そう言った俺の声はかすれていた。
自分と太陽を遮るようにして俺の事を上から見てくるのは,紺色のワンピースを着た一人の少女だった。彼女のストレートに伸びる髪は風に揺れ,怪しげになびく。
整った顔立ちをしているが,その瞳に光はなく歪んでいるように見えた。
そいつは亡くなったはずの優等生。
山岡鈴音だった。
「びっくりした?」
悪戯が成功した子供のような,無邪気な笑顔で彼女は笑った。山岡が顔を笑わせると光のない瞳に光が宿った錯覚を覚える。
しかし,俺はこいつに笑いかけられるような事をした覚えはない。むしろ恨まれる方が納得がいく。
まるで仲の良い友達に笑いかけるような仕草に俺は顔をしかめた。
体を起こし山岡のほうを向く。
「お前……生きてたのか」
取り敢えず一番最初に浮かんだ疑問を聞くことにした。血色が悪いのは元からとして,目の前にいる彼女は死んでいるようには見えなかった。
俺の問いに山岡はクスクスと笑うとワンピースの裾を掴み,一周回ってみせた。
そこにはある両足は半透明に透けており,奥にある緑色の芝生が透けて見えた。
「……幽霊って事か?」
「ま,そんなもんかなー。幽霊って言っても生きてた時とあんまり変わらないよね」
にわかには信じられないが,彼女は本当に世間で言う『幽霊』となったらしい。
俺は目を擦った。もしかしたら変な幻覚を見ているのかもしれない。
これは夢の中の出来事なのか。それとも現実なのか。俺には判断できなかった。それくらい非現実的な事が今,目の前で起きている。
心臓の動きが速まる。
しかし一つだけ夢でも現実でも確かな事があった。
それは,俺が彼女を―――山岡鈴音を殺してしまった一人だということ。
何も行動しなかった。本当にただ観ているだけだった。
だから思った。担任が教室で山岡が死んだと話した時。
俺が少しでも良い人間ならば。俺が善人ならば――
「私の事を助けようとした?」
「…っ!?」
いつの間にか俺の目の前でしゃがんでいた山岡が,俺の心を読んだかの様にそう言った。
その目はどこか楽しそうでもあり,冷たいようでもあった。
体中の血液がどこかへ消え去るような感覚を覚えた。
「……そんな訳ねーだろ」
だから,俺は反射的にそう言うと虫を払うかのように手を振った。逃げるような行動に腹が立ったがこの話をしたくはなかった。
自分は最低な人間だとつくづく思う。思っている事と言う事が反対だ。天邪鬼の生まれ変わりなのかもしれない。
やっぱり俺は善人ではない。生きる権利を持ってはいないのだ。
彼女は「ふーん」とつまらなそうに言うと立ち上がり,俺から一歩離れた。
「君はやっぱり優しいね」
「はぁ?どこがだよ」
山岡は頬に指を当てて考える動作をする。
「んー。なんかね,悪くなってやろうと頑張ってるんだけど根が優しい性格すぎて,クラスメイト全員参加の最悪行事に参加できない所とかかな?」
「……」
山岡は俺の金髪を指差しまた笑う。
彼女が死んでから初めて話してわかったことだが,山岡鈴音は相当性格が悪いらしい。善人の中でも性格が悪い者がいるのだということを知った。
整った顔を愉快そうに笑わせる姿は悪魔のようにも見える。だから俺は思わず言った。
「俺,お前のこと嫌いだわ」
「私も嫌いだよ?傍観者君」
山岡は俺の言葉に同調するかのように間髪入れずに返してくる。
『傍観者君』という言葉を強めて言ってくるのは何もしなかった俺への嫌がらせだろうか。
明かりはついているはずなのに,どこか暗い教室で山岡が何人かのクラスメイトに囲まれている姿が思い出される。
再び,体中の血液が消え去るように感じた。もしかしたら後で貧血で倒れるのかもしれない。
「傍観者君」
山岡は再び俺のことをそう呼ぶと,教室でよく見るその笑顔で言った。
「君には罰として私の復讐に付き合ってもらうよ」
死んだはずの優等生のその言葉はしっかりと俺の耳に届いてしまった。
きっと俺は彼女の頼みを断れないだろう。
それは生きる権利がある者を殺してしまったことに対する後悔なのかはたまた,ただの好奇心なのか。
この疑問に答えが出た時俺は,俺という人間が悪か善かどちら属しているのか分かるような気がした。
目の前に死んでしまったクラスメイトがいる中で自分が善の人間なのか知りたいと思うあたり,やっぱり俺は悪人なのかもしれない。
太陽はただ,俺の事を見極めるかのように光を放っている。
「それじゃあ傍観者君。復讐劇の始まりだよ」
いつも教室の隅で寝ている,無関心な不良君へ。
君はこれを読んでくれているのかな?
それとも,いじめられっ子の手紙なんて読まずに捨ててしまったかな。
君がどちらの選択を取ったのか,知らないままこの世を去ってしまうことが,私の唯一の心残りともいえる。
さて,もしもこの手紙を読んでくれているのなら君は不思議に思っているだろうね。なぜ一度話したことのない私が君に手紙を書いたのか。
ま,その答えは書いてあげないんだけどね。
ただ。私はちょっとした復讐をしたいんだ。
ずっと傍観者だった君に。
そして―――私という存在を殺したすべての人間に。
「私の復讐の手伝いをしてもらうよ」
私はお気に入りの便箋に書いた手紙を彼の机に入れ,その足で家に帰るとそのまま
――――――用意していた縄で首を吊った。
君の大好きな,良く晴れた日の出来事だったよ。
世の中には善人と悪人がいる。
善人以外は悪人で生きているのも穢らわしい。
俺の家族は皆,口を揃えてそう言う。
だから,生きる権利を持っているはずの善人が死んだ時,俺は少なからずショックを受けたのかもしれない。
―――優等生が死んだらしい。
高校2年目の9月の出来事だった。
死因については聞かなかったが自殺で間違いないだろう。そう,クラスメイト全員が思っていた。
担任が話す言葉に,クラスメイト達は次々に泣き喚く。耳を塞ぐ者がいれば,担任に質問を投げかける者もいた。
俺は教室の一番前の隅の席で,その光景を観ていた。
今から劇でも始まるのかと思うようなこの光景は観ていて息が詰まる。観客から観れば,皆から愛されていた優等生がこの世を去ってしまいクラスメイト達が悲しみに暮れる場面なのであろう。
けれど,このクラスで彼女の死を悲しんでいる者は誰一人としていない事をクラスメイト全員が知っていた。
教室の真ん中に位置する彼女の席には明日,本物の花が咲くのだろう。
教室中から聞こえる泣き声や鼻をすする音に嫌気が差し,俺は机の中身を鞄に押し込み席を立った。
「ちょっと!栗原さん。どこに行くのよ!」
「あんたの知らない所」
叫ぶ担任の声に適当に返事をし,俺は校舎を出ていつもの場所へ向かった。
高校の近くにあるとても日当たりのよい,小さな公園のような場所だった。俺の一日の大半はそこで過ごされている。
薄っぺらい鞄を枕代わりにしいつものように寝転んだ。目を瞑れば,世界から自分が切離された用に感じる。寝て,起きて,また寝る。それを繰り返すと一日は終わる。生きているという実感は,いつも湧かなかった。
そんな,いつも通りの一日だった。
「君さー。クラスメイトが死んだっていうのにちょっと薄情すぎない?」
頭上からそんな声が聞こえた。
いつものあいつかと思って俺は目を瞑ったまま「うるさい」と言う。
そのままいつもの様に声の持ち主は,一歩離れた場所に座るのかと思った。しかし今日ここに来たのは違う人間だったらしい。
「……悪いけど,君が思っている人物とは違うと思うよ」
少し遠慮がちに放たれた言葉に俺は閉じていた目を開いた。
明るい太陽の光に思わず空を睨見つけるようになる。しかし突然その光は何かによって遮られた。
「………は?」
「随分と間抜けな声だね。もう少し叫ぶとか慌てて戸惑うとかないの?」
「………十分,戸惑ってる」
そう言った俺の声はかすれていた。
自分と太陽を遮るようにして俺の事を上から見てくるのは,紺色のワンピースを着た一人の少女だった。彼女のストレートに伸びる髪は風に揺れ,怪しげになびく。
整った顔立ちをしているが,その瞳に光はなく歪んでいるように見えた。
そいつは亡くなったはずの優等生。
山岡鈴音だった。
「びっくりした?」
悪戯が成功した子供のような,無邪気な笑顔で彼女は笑った。山岡が顔を笑わせると光のない瞳に光が宿った錯覚を覚える。
しかし,俺はこいつに笑いかけられるような事をした覚えはない。むしろ恨まれる方が納得がいく。
まるで仲の良い友達に笑いかけるような仕草に俺は顔をしかめた。
体を起こし山岡のほうを向く。
「お前……生きてたのか」
取り敢えず一番最初に浮かんだ疑問を聞くことにした。血色が悪いのは元からとして,目の前にいる彼女は死んでいるようには見えなかった。
俺の問いに山岡はクスクスと笑うとワンピースの裾を掴み,一周回ってみせた。
そこにはある両足は半透明に透けており,奥にある緑色の芝生が透けて見えた。
「……幽霊って事か?」
「ま,そんなもんかなー。幽霊って言っても生きてた時とあんまり変わらないよね」
にわかには信じられないが,彼女は本当に世間で言う『幽霊』となったらしい。
俺は目を擦った。もしかしたら変な幻覚を見ているのかもしれない。
これは夢の中の出来事なのか。それとも現実なのか。俺には判断できなかった。それくらい非現実的な事が今,目の前で起きている。
心臓の動きが速まる。
しかし一つだけ夢でも現実でも確かな事があった。
それは,俺が彼女を―――山岡鈴音を殺してしまった一人だということ。
何も行動しなかった。本当にただ観ているだけだった。
だから思った。担任が教室で山岡が死んだと話した時。
俺が少しでも良い人間ならば。俺が善人ならば――
「私の事を助けようとした?」
「…っ!?」
いつの間にか俺の目の前でしゃがんでいた山岡が,俺の心を読んだかの様にそう言った。
その目はどこか楽しそうでもあり,冷たいようでもあった。
体中の血液がどこかへ消え去るような感覚を覚えた。
「……そんな訳ねーだろ」
だから,俺は反射的にそう言うと虫を払うかのように手を振った。逃げるような行動に腹が立ったがこの話をしたくはなかった。
自分は最低な人間だとつくづく思う。思っている事と言う事が反対だ。天邪鬼の生まれ変わりなのかもしれない。
やっぱり俺は善人ではない。生きる権利を持ってはいないのだ。
彼女は「ふーん」とつまらなそうに言うと立ち上がり,俺から一歩離れた。
「君はやっぱり優しいね」
「はぁ?どこがだよ」
山岡は頬に指を当てて考える動作をする。
「んー。なんかね,悪くなってやろうと頑張ってるんだけど根が優しい性格すぎて,クラスメイト全員参加の最悪行事に参加できない所とかかな?」
「……」
山岡は俺の金髪を指差しまた笑う。
彼女が死んでから初めて話してわかったことだが,山岡鈴音は相当性格が悪いらしい。善人の中でも性格が悪い者がいるのだということを知った。
整った顔を愉快そうに笑わせる姿は悪魔のようにも見える。だから俺は思わず言った。
「俺,お前のこと嫌いだわ」
「私も嫌いだよ?傍観者君」
山岡は俺の言葉に同調するかのように間髪入れずに返してくる。
『傍観者君』という言葉を強めて言ってくるのは何もしなかった俺への嫌がらせだろうか。
明かりはついているはずなのに,どこか暗い教室で山岡が何人かのクラスメイトに囲まれている姿が思い出される。
再び,体中の血液が消え去るように感じた。もしかしたら後で貧血で倒れるのかもしれない。
「傍観者君」
山岡は再び俺のことをそう呼ぶと,教室でよく見るその笑顔で言った。
「君には罰として私の復讐に付き合ってもらうよ」
死んだはずの優等生のその言葉はしっかりと俺の耳に届いてしまった。
きっと俺は彼女の頼みを断れないだろう。
それは生きる権利がある者を殺してしまったことに対する後悔なのかはたまた,ただの好奇心なのか。
この疑問に答えが出た時俺は,俺という人間が悪か善かどちら属しているのか分かるような気がした。
目の前に死んでしまったクラスメイトがいる中で自分が善の人間なのか知りたいと思うあたり,やっぱり俺は悪人なのかもしれない。
太陽はただ,俺の事を見極めるかのように光を放っている。
「それじゃあ傍観者君。復讐劇の始まりだよ」



