幼馴染が「お願い」って言うから

 
 結局、緋鶴に言われるままに俺は社会科準備室にやって来た。そして、部屋に入った途端りんりんに睨みつけられ、机が平手打ちされるのを見たというわけだ。
 傷心→怒り→涙と目まぐるしい感情の変化を見せたりんりんは、今や机の上でウェットな雑巾と化している。こっそり帰ろうかと思ったが、このままだと緋鶴に何しに行ったんだと言われそうだ。
 仕方なく、そっと声をかけてみた。

「あの、りんり……いや、田野倉くん?」

 伏せたままの背中がビクンと跳ねる。

「俺に話があるんだろ? 話せるような状態じゃないなら、もう帰るけど」

 ガタン! と椅子が派手に倒れた。勢いよく立ちあがったりんりんは、噛みつきそうな勢いで叫んだ。

「何で、途中でやめたんですか!」

(――――……は?)

「パン吉は皆に愛される存在なのに! やる気ないだの仕事放棄だの言われて! 調子よかったのは最初だけなんてどういうことですかッ」
「ちょっと待て」
「引き受けたなら、もうちょっと頑張ったらいいのに……あまりに無責任じゃないですか!」
「待てって言ってんだよ!」

 思わず叫んだら、りんりんが黙った。冷静にと思ったけどつい声を上げてしまった。

「あのさ、俺まだなにも話してない。勝手に決めつけるな」
「あ……」
「何も聞かないで文句言いたいだけなら帰る。お前のサンドバック代わりにされたくないし」

 りんりんはぐっと眉間に皺を寄せ、口を引き結んだ。ちょっと言いすぎたかもしれない。りんりんが黙っているので、俺は帰ることにした。緋鶴に言われたことはできていないが仕方ない。
 開け放された扉に向かって歩き始めた時だった。
 
「ま、待って!」

 振り向くと、りんりんは拳を握りしめたまま俺を見ていた。
 充血した目の下には隈がある。それに顔色もあんまりよくない。考えてみれば、先週末は熱を出していたんだ。今だってまだ体調は悪いのかもしれない。
 
「聞きます。え……と、先輩の話」

(そこは「すみません、話してください」ぐらい言えっての)
 
 心の中でため息をつく。俺はりんりんに向き直った。

「着ぐるみのこと甘く見てた。お前の大事なパンダが悪く言われてるのは俺のせいだ。でも、俺なりにやることはやったんだ」

 俺は夏祭りでの様子を話した。軽い熱中症になったこと、清良が止めてくれなかったらやばかったことを。

「祭りの後にちょっと調べてみたんだ。着ぐるみの中に送風機を仕込むだけでも全然違うんだな。短時間だからいいやにしないで、もうちょっと対策すりゃよかった」

 つり上がっていたりんりんの眉が下がり、何度も目を瞬いている。 

「逃げたんじゃなかったんだ」
「逃げてねーって! その言い方、やめてくれる?」 
「ぼ、僕が熱出した時に上橋先輩が言ったんです。パンダ着てくれそうな人に心当たりがあるから聞いてみる、たぶん嫌がられると思うけどって。だから、きっと渋々引き受けたんだろうと思いました」
「それはそう。清良の頼みじゃなかったら引き受けない」

 でも、と続けた。

「やってみたら感動した。ちびっこたちがパンダ見てめっちゃ喜んでくれたし」
「喜んでくれたんですか?」
「うん。すげー喜んでたよ。清良が頼んできた気持ちがよくわかった」

 りんりんは笑った。ぱっとその辺が明るくなるような笑顔だ。

「そっか……そうなんだ」

 それから、りんりんは自分のことを話した。
 初めて着ぐるみを着るのを楽しみにしていたこと。咽頭炎になってしまって熱が引かず、どうしても気になってスマホで夏祭りのことを検索したら、パン吉への非難が並んでいたこと。
 悲しいし、悔しい。
 自分が出られなかったのが悪いけど、どうしてこの人は頑張ってくれなかったんだろう。団扇配りさえ無事に終えれば、パン吉だってこんなに悪く言われなかったのに。そう思ったら、どんどん憎しみが湧いてしまった。

「気持ちはわかるけど、俺への非難が半端ないな」
「……許せなくて、学校でもつい毎日愚痴っちゃって」
「だから緋鶴が言ってきたのか。なあ、俺が言うのも変だけどあんまり気にするなよ。ネットは文句言いたい奴の方がするもんだし、本当にパンダは人気だったからな」
「はい。ひづの言ったとおり、今日来てよかったです」

 りんりんの言葉に、ふと違和感を覚えた。

(緋鶴? お前、俺にりんりんからお呼び出しって言ったよな?)

「あのさ、緋鶴は何て言ってた?」
「ひづですか? パンダ着た人を知ってるから直接会って話してみればって。その方がすっきりするよ、連絡しとくって言われて来ました」

(はぁ? な、何なんだよ、あいつ~~! それじゃあ俺がわざわざこいつを呼び出して殴られに来たようなもんだろうが!)

「帰ったら文句言ってやる!」
「あの……?」
「緋鶴は俺の妹!」
「……い、もうと?」
 
 顔を上げたりんりんは、大きく目を見開く。

「た……しかに、似てる……この丸顔。一見おとなしそうなのにはっきり言うとこ」
「お前、微妙に失礼な奴だな」
「すみません。お話できてすっきりしました」
  
 りんりんは深々と頭を下げた。その姿勢がやたら綺麗で、俺はもう色々どうでもよくなってしまった。

「もういいから。俺、帰るわ」

 鞄を持って先に廊下に出ると「うわ」っと小さく声がする。声のした方を見れば、そこには思いもよらぬ人物が立っていた。