社会科準備室は暑い。
相変わらず、窓を開けても生温い風しか入ってこない。
「こ、これはどういうことですかっ!」
バン! と机が容赦なく平手打ちされた。その勢いの強さにまるで自分が叩かれたような気持ちになる。
「ぼ、ぼくの、だ、大事なパン吉が! こんな誹謗中傷を受けるなんてッ」
ぶるぶると震える男は、机をぶたなかった方、つまり左手に持ったスマホをぎっと睨みつけた。そして、すごい勢いで画像をスワイプしていく。パン吉って誰だよと思いながら、俺は心の中で大きなため息をついた。
(こいつ、目元すっきり爽やか系なのにやたら激しいな。俺と同じぐらいの身長なのに、全然子どもっぽく見えないし)
そんな人間観察をしていたら、いきなり目の前の男の口からぐぅと呻き声が聞こえた。
さらに口を引き結んだかと思うとうわーーーーっと机に顔を伏せて泣く。夏休みまで秒読みだってのに、何で俺はこんな奴に付き合ってるんだ。
目の前で泣きわめいているのは着ぐるみ同好会の1年生、田野倉倫太郎。こいつの名を知ったのは、一昨日の月曜の夜だった。
俺には妹が一人いる。年子でうちの高校の1年だ。背の高さも変わらず丸顔なところもよく似ているので、時々「双子だったっけ?」なんて言われることもある。その妹、緋鶴が帰るなり俺の部屋にやってきた。
「おにい、商店街の夏祭り行ったよね? うちのクラスのりんりんがさ、めちゃ怒ってて」
「りんりん?」
「着ぐるみ同好会に入ってるパンダ推し。ほんとは倫太郎っていうんだけど」
「パンダって、あのパン……あっ!」
熱出した1年か、と思い出したところに妹が真剣な顔をする。
「おにい、りんりんに刺されないように気をつけな」
「いきなり不穏なこと言うな!」
「パンダ推しを舐めちゃだめだよ。それでなくてもりんりんはずっと傷心なんだから」
りんりんの傷心が何だって言うんだ。そう言ったら、妹はずいっと顔を近づけた。我が妹ながら俺とよく似て平らな顔である。色が白いぐらいで特筆すべきところもないが、垂れ目の俺と違って妹はつり目だ。その一重な目がさらに細まる。
「ほら、フューチャーランドのパンダがさ、少し前に故郷に帰っちゃったじゃん。それですっかり落ち込んでるの。ついでに過敏になってるっていうか」
フューチャーランドは隣の市にある動物園併設のデカいテーマパークだ。本物のパンダがいて、数年前に子どもも生まれた。老若男女の心を鷲掴みにしていたパンダファミリーが帰国したことは、かなり話題になった。
「……もしかして、そいつはパンダが好きだから着ぐるみ同好会に入ったのか?」
「うん。高校もそれで決めたって言ってた」
「へ?」
「去年の学校説明会に、きよくんたちのウサパンが出てて。あれを見たのが決め手なんだって」
ひえっと声が出てしまった。
着ぐるみ同好会は、頼まれれば高校の行事や部活の応援にも出る。俺たちの学校説明会にはいなかったけれど、緋鶴の時には参加していたらしい。
「パンダの着ぐるみで高校を決める奴もいるんだな」
「そ。だからさぁ、ちょっとまずいんだよね。なんか誤解してるみたいなんだ」
それから緋鶴はスマホを取り出して、俺に画面を見せた。
――『パンダ30分で退場w』『ウサギもかよ』『早すぎ』『仕事放棄?』『やる気なし』……
商店街の夏祭りでのパンダとウサギの写真が載っている。そこには、短いが辛辣なコメントが続いていた。俺が黙っていると緋鶴がため息をついた。
「りんりんさぁ、おにいがいいかげんな奴だって思ってるみたい。まあ、そうじゃないとは言えないけど、今回はおにいなりに頑張ってたっぽいのに」
(……お前は俺を庇ってるのか落としてるのか、一体どっちなんだよ)
そして翌日、緋鶴はろくでもない話を持ってきた。社会科準備室で俺と話をしたいとのりんりんからの呼び出しである。何で俺がと思ったが、緋鶴は譲らない。
「パンダに入ってたおにいから直接話を聞いたら、気持ちも変わるじゃん。勝手なこと言ってる奴らなんかほっとけ! 俺はちゃんとやることやったんだ! ってりんりんに言ってよ」

