幼馴染が「お願い」って言うから

 俺は先に立って会場に入ると、きょろきょろと辺りを見回した。焼きそばやかき氷が並ぶ中に、目当てのものがあった。

『一回100円』 
『釣れなくても一個さしあげます』

 マジックで大きく書かれた紙がテントから垂れ下がって揺れている。

「ひっさびさ~!」

 加瀬が不思議そうな顔をする。俺はにやりと笑って、そこに向かってずんずんと歩いた。
 テントの中に入ると、目の前には大きな子ども用プールがあった。たっぷり水が張られ、赤や青、水玉に金や銀の線の入った球体がゆらゆら揺れる。たくさんの水ヨーヨーがプールいっぱいに浮かんでいた。

(ああ、陽の光の下ならもっと綺麗なのにな)

 しゃがみこんで眺める俺に向かって、店番の女性がにっこり笑った。

「お兄さんもやる? 釣れなくても1個はあげるからね」
「ありがとうございます。2個でいいです」
「あはは。お友達の分もたくさん取ってあげて~」

 100円渡すと、先にW型の金属が付いたこより(・・・)が渡される。頑張ってね、と言われて頷いた。


 ――集中してから数分後。

「え、すっごい!」
「今、何個?」

 俺の周りにはちょっとした人だかりができていた。隣に座る清良が山になった水ヨーヨーを腕いっぱいに抱えている。小学生らしい男子二人がちゃっかりその横で、1、2と数を数えていた。
 俺がひょいと透明なヨーヨーを釣り上げると、男子二人が声を揃えて「じゅうご!」と叫んだ。丁度こよりが切れて、ヨーヨーが水の中にぱしゃんと落ちた。

 あ~! と残念そうな声が聞こえる。14個か。まあいいかなと思う。

「び……っくりしたぁ。こんなに釣れる人はじめて見た」

 店番の女性に続いて、立って眺めていた加瀬が「俺も」と呟く。清良は動くと水ヨーヨーが腕から落ちるので、じっとしている。俺は加瀬に向かってどれがいいか聞いた。加瀬が赤と答えたので、赤いヨーヨーと透明な地に水玉の付いたヨーヨーをもらうことにした。
 残りは全部返すと言うと、小学生の男子たちが目を丸くした。

「返すの?」
「何で! せっかく、あんなに釣れたのに!」

 そう言いたい気持ちはよくわかる。でも、俺の家は水ヨーヨー持ち込み禁止なのだ。

 小学生の頃、俺は水ヨーヨーにはまった。祭りがあればヨーヨー釣りばかりしていた。ところが、何度やってもうまく釣れない。しょんぼりする我が子を見かねたのだろう。ある日、父親がヨーヨー釣りのコツを調べて教えてくれた。さらに何本も手製のこよりを作ってくれた。それから、俺はそれを使って練習に練習を重ねた。
 バケツに水を張り、ヨーヨーを浮かべて釣る。
 たったそれだけのことを毎日続けた。何しろヨーヨーは時間が経つにつれ(しぼ)んでしまう。ゴム風船だから当たり前だが、短命なのだ。やたら萎まないのがあるなと思ったら、父がこっそり膨らませていたと知ったのは後のことだ。
 どうやったら、こよりが切れる前に素早く釣り上げられるのか。うまく釣れた時と失敗した時はどう違うのか。比べた結果を日記にもつけた。他のことをしている暇なんかないので、宿題もやらずに毎日ヨーヨー釣りばかり。そんな地道な努力が実を結び、祭りで何個も釣り上げられるようになった頃。
 家にあふれる水ヨーヨーとヨーヨー馬鹿になった息子に母親の怒りが爆発した……。
 
「いや、びっくりしたわ。水ヨーヨー見たのも久しぶりだけど、こんなに釣れる奴いるんだ」
 
 はっとした。つい思い出にひたるうちに、加瀬が赤い水ヨーヨーをバンバン鳴らしていた。あんまり強く突くと割れるってわかってんのかな。

「ま、俺は水ヨーヨーの王様と呼ばれた男だからな」
「……誰がそんなこと言うんだって」

 ちらっと視線を投げると、素早く清良が顔を背けた。
 
「え?」

 目を丸くする加瀬に俺は黙って頷く。
 そう、山のように水ヨーヨーを釣った俺に、小学生の清良はきらきらした瞳で言ったのだ。

『すごいね。あおちゃんは水ヨーヨーの王様だねえ』と。

 俺はあの時から、自分が釣った水ヨーヨーで一番いいやつを清良に渡すことにしている。水玉の付いた水ヨーヨーを受け取った清良は、ふっと笑顔を浮かべた。俺の気持ちもぐぐっと上がる。

「な、ヨーヨー釣りもできるし、もう元気だろ?」
「……ん」

 それから俺たちは、あちこちのテントを覗いた。
 加瀬がキラキラ光るおもちゃを真剣に眺めるのに引き、シロップ全種がけのかき氷を試してみる。予想よりすごいことになって、清良のブルーハワイの方がいいなと勝手にスプーンを入れた時だった。

「ぱん!」
「うん、パンダちゃんもういないのよ。また今度ね」
 
 思わず振り返ると、特設舞台を見る親子連れがいた。舞台はちょうど休憩時間に入って誰もいない。母親の腕に抱かれたちびっこは、商店街のロゴ入り団扇を握っている。
 
(あれ、俺が渡したやつかな)

 あんな少しの時間だったのに覚えててくれるんだと思うと、じわじわくる。

「俺、清良が言ったことわかった気がする」
「え?」
「ほら、また来てね、って去年言われたって話。たしかに何とかしたいって思うよな」
「あおちゃん……」

 清良がじっと俺を見る。手にしたブルーハワイに突き刺したスプーンが傾いている。

「なあ、それ、食べていい?」
「う、うん」

 鮮やかな青のかき氷をすくい、ぱくりと口に入れる。シャリッと氷の粒が広がり、たちまちさっぱりした甘さに変わる。
 清良からもらったかき氷は、するすると喉を通っていった。