幼馴染が「お願い」って言うから


「どうしたんだろ?」
「わからん」 
 
 加瀬と二人で首を傾げた。
 少しして着替え終わった清良が小部屋から出てきたが、まだうっすらと頬が赤い。もしかして、水分が足りないんじゃないだろうか。俺はリュックに残っていた最後の麦茶を取り出した。

「清良、俺の麦茶やる。もう冷たくないけど」
「あ、あおちゃんの?」
「うん。今日は清良にたくさんもらったから。もっと水分取った方がいいだろ?」

 ペットボトルを差し出すと、清良は落ち着きなく何度も目を瞬いた。

「飲めよ。すげー汗かいてただろ」 
 
 ずいと胸に押し付けると、小さな声でありがとうと言う。それからキャップを回して眉を顰めた。

「ん?」
「どした?」
「……硬い」
「ああ、まだそれ開けてないからな」
「え?」
「え? って」
「あ……そっか。いや、うん」

 清良は俺を見て眉を寄せ、ぐっと口を引き結んだ。それから割れそうな勢いでキャップを開けて、麦茶を一気に飲み干した。

(そんなに喉乾いてたのか)
  
 ぐいっと手の甲で口元を拭う清良はなぜか怒っているように見える。
 呆気にとられていると「おーい」と声がした。花屋の伊藤さんだ。タオルで汗を拭きながら、せかせかと部屋の中に入ってくる。伊藤さんは俺を見た途端、ほっとしたように眉を下げた。
 パンダの子の具合が悪くなったと言う話はすぐに伝わって、俺が寝ている間も様子を見に来てくれたのだそうだ。
 伊藤さんは俺たちのことをすごく褒めてくれた。
 観客へのアピールもよかったし、しっかりお互いに連携がとれているところもすごい。それから、清良がストップをかけたことを、なかなかできることじゃないと言って微笑んだ。
 清良はちょっと困ったような顔をして、ぺこりと頭を下げた。

 着ぐるみ同好会の仕事は祭りの開始時の盛り上げ役だ。予想以上に気温が上がったこともあって、今日はこれで終了となった。着ぐるみは清良の母さんが車で引き取りに来てくれる。

「また来年も来てくれよ。お客さんたちすごく喜んでたぞ」
「はい、来られるように頑張ります」

 清良の微妙な答えに、あっと思った。
 来年の夏祭り、清良や加瀬はここにいない。着ぐるみ同好会を立ち上げた先輩たちは、大学受験に備えて春に引退したそうだ。たぶん清良たちだってそうするだろう。1年が一人しかいない同好会はまさに存続の危機。来年来られるかどうかわからないのだ。 

 冷房のきいた自治会館から一歩出ると、太陽に目が眩んだ。

「うわ、これ真昼じゃん」
「あおちゃん、チャリ乗れる? それとも、これから母さん来るからうちの車に乗っていく?」

 心配そうに聞く清良にびっくりする。俺はもう全然平気だと思っていたのに、清良はそう思ってなかったんだ。

「大丈夫、チャリで帰るよ。それに俺、まだ祭りが見たいんだけど」
「……は?」

 普段の清良からは聞いたこともないような重低音の「は」だった。見る間に眉が吊り上がって怖い。それでも、ここで帰るのは惜しいと思ってしまう。
 だって、俺は祭りが好きなのだ。
 特設舞台のある会場には、値段の高い屋台とは違う、地元の子ども会や自治会が出している店が並ぶ。夜店で光ってるキラキラしたやつや水ヨーヨーを売ってるんだ。あれを見ないで帰るなんて考えられない。
 しかし、そんな俺の気持ちを有り得ないというように、清良の視線は厳しかった。緊迫している俺たちを見て、加瀬がのんびりした声を出す。

「少しならいいんじゃね? 月宮、もう調子よさそうだし。ダメなら清良の母さんが来た時に乗せてもらえばいいし」
「加瀬ぇ!」

 俺は心の中で百回ぐらい加瀬に感謝を繰り返した。ぶんぶん頷いていると、清良がはあーーっと大きなため息をつく。

「……わかった。行こ」
「やった!」
「あおちゃん……ほんとに平気?」

 その声からは不安が拭えないのがわかる。俺は清良の心配を吹き飛ばしたくなった。奴の耳元に口を寄せて囁くと、さっと清良の顔色が変わった。