(何で清良、そんな顔してんの?)
まるで模試でとんでもない点を取った時みたいだ。まあ、成績のいい清良にそんな機会は訪れなさそうだが。
「ほい、これも」
加勢の声が聞こえたかと思うと、目の上に冷たいタオルが乗せられる。さらに首の脇に冷え冷えのタオルがペタリと張り付けられた。
「ふぇー気持ちいーー」
清良も加瀬も色々用意してるんだなと感心する。飲み物だけ持って体一つで来た俺とは全然違う。
「やっぱ、もっと短い時間で切り上げればよかったな」
「え?」
「清良があそこで叫ばなかったら、月宮ほんとに倒れてたかもって」
「あー、たしかに」
「去年はさ、こんなに暑くなかったんだよ。客ももっと少なくてさ。おっさんたちには休み休みでいいって言われてたけど、あんなに人が来るとなぁ……」
俺は加瀬の気持ちがよくわかった。目の前に並んでる人がいるのに、中断して休むことは難しい。ちびっこたちの嬉しそうな顔を見たら、ついもう少し団扇を配ろうと思ってしまった。
短い時間でも、真夏の着ぐるみが体力を奪うってことがよくわかってなかったんだ。
「清良、ありがと」
「……ぅぅん」
消えそうなぐらい小さな声。俺が右手を動かすと、座っていた清良の膝に当たった。俺はパシパシ清良の膝を叩いた。
「手伝いに来たのに、調子悪くなってごめん」
「あおちゃん」
「夢中になってやりすぎた。あそこで止めてくれてよかった」
「……」
清良の返事がない。冷やしタオルで表情が見えないから不安になる。そこに加瀬がのんびりした口調で言った。
「月宮さぁ、舞台の上でずっと手ぇ振ってたじゃん。あれ、お返しに、ちびたちもめちゃ手振るの笑った」
「え? 加瀬も振ってただろ?」
「いや、俺は最初だけ。おっさんたちの挨拶の時はやめてた」
(どういうこと?)
俺は舞台でのことを思い出した。手を振る加瀬ウサギを見習ってちびっこに手を振ったら、あちこちで手を振り返してくれた。だから、嬉しくなってその後も手を振り続けた。
「え。もしかして、あれって……あれって、俺だけが……」
「そ」
(真面目に挨拶をするおじさんと、その横で夢中で手を振るパンダ⁉)
めちゃくちゃ恥ずかしい図が浮かんで、ぎゃーーっと叫びたくなる。
「おま! 言えよ! わかってたなら、教えろっての!」
思わず目の上のタオルを取って起き上がると、加瀬が笑っている。隣の清良はちょっと泣きそうな顔をしていた。
「清良?」
「何でもない」
何でもないって顔じゃなかったけど、こんな時の清良は頑固だ。いくら聞いても絶対自分の気持ちを話そうとはしない。
「あおちゃん、起き上がらないでもうちょっと寝て!」
俺は言われた通り、もう一度横になった。再び目の上に冷やしタオルを乗せて黙っているうちに、本当に眠ってしまった。ふっと目が覚めて体を起こすと、加瀬が側でスマホをいじっていた。
「お、もうへーき?」
「うん。俺、寝てた?」
「寝てた。30分ぐらい」
「そっか。清良は?」
「ウサギ着て出てったぞ。月宮が起きたってメッセ入れとく」
加瀬はすぐにスマホを操作する。
床で寝たから体のあちこちが痛かったが、すっかり調子はよくなった。しばらくして、ウサギ姿の清良が戻ってきた。
「あおちゃん、大丈夫?」
「うん」
すぽん、とウサギの頭を脱いだ清良は汗だくだった。
ふわふわの髪がぐちゃぐちゃになって額に張り付き、玉となった汗が頬を伝っていく。どう考えても汗臭いはずなのに、清良の周りだけフレッシュミントの香りが漂っていそうだ。体育の後に女子たちが「上橋くんは他の男子とは違うんで!」ときっぱり言っていたことを思い出す。
清良は自分のリュックの脇にあった水筒を手に取った。ウサギの着ぐるみを着たままごくごく飲んでいる姿に、まだ中身が残っていて良かったと思う。全部飲み干したらしくて、ふぅと大きく息をつく。
「それ、すっごくうまかった」
「え?」
「さっき飲ませてもらっただろ。ちょっとしょっぱかったけど、普通のスポドリよりずっとうまい」
清良は自分が飲み干したばかりの水筒の口を見た。それから、俺の顔をじっと見る。
「あ、そうか。これ……うん。そうだった……」
「清良? 顔、赤いけど」
「う、うん。うん」
(何をうんうん言ってるんだろう。顔は真っ赤だし、大丈夫だろうか)
俺が顔を近づけると、清良は「着替えてくる!」と叫んでリュックを掴んだ。それから、着ぐるみ姿とは思えないほど素早くコピー機のある小部屋に走っていった。

