幼馴染が「お願い」って言うから


 帰宅後は昼間の疲れからあっという間に寝た。それでもサンバを踊った興奮が残っていたからだろうか、懐かしい夢を見た。それは清良と一緒に遊んだ『秘密基地』の夢だった。

 小学生の頃、人が住まなくなった古家の脇に放置されたログハウス風の小屋があった。歪んで閉まらない扉の奥には使わなくなったソファーやテーブル。そこに、清良とこっそり入って遊んでいた。

 ある日、学校が終わって隣家に遊びに行くと清良は出かけてまだ帰宅していなかった。飼育係の当番があった俺よりもずっと早く帰ったはずなのに。俺はすぐに清良を探しに出かけた。
 真っ先に秘密基地に行けば、扉がびっちり閉まっている。そんなことは初めてだった。ドンドン扉を叩くと、中から必死で叩き返す音がする。

『きよら?』
『あおちゃん! あおちゃん!』
『どうしたの、きよら! なんであかないの?』
『わかんない。きゅうにかぜがふいて、バンッてしまっちゃったんだ。それから、どうしてもあかない』

 何とかして扉を開けようとしたけれど、押しても引っ張っても動かない。清良がぐすぐす泣いているのが聞こえる。
 俺は小屋の外に立てかけられていたデカいシャベルを取って、扉と壁の隙間に思い切りねじこんだ。子どもの力なんてたかがしれている。でも、俺は清良を助けなくちゃ、と必死だった。

 ぐいぐいと力を入れ続けると、少しずつ扉の隙間が広がった。中にいる清良に「そっちからもおして!」と叫んだ。清良が必死に扉を押し、俺はシャベルをねじ込んだまま、扉の取っ手を思いきり引っ張った。

 バン! と大きな音を立てて扉が開くと、清良が転がり出てきた。埃と涙で真っ黒になった清良は、俺にしがみついてわんわん泣いた。俺は清良を抱きしめて、ずっと「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と言い続けた。
 シャベルを元の場所に戻して扉を閉めようとしたけれど、今度は全然閉まらない。あきらめた俺たちは手を繋いで家に帰り、母親たちにしこたま怒られた。

 夢の中で、俺は小さな清良の背をずっと撫でていた。それがいつのまにかするりと大きくなって、今の清良に変わる。向かい合ったまま俺の手をぎゅっと握り返し、微笑んだまま囁く。

『あおちゃんに告白する奴なんて……だよ』

(……告白する奴が何だって?)

「清良!」

 叫ぶのと同時に、手が目覚まし時計を止めていた。清良が何と言ったのか、よく聞こえなかった。ぼうっとしたまま、あの空き家と小屋はいつの間にか取り壊され更地になったことを思い出した。


 里山祭、二日目。

 今日の俺のメインはクラスでたこ焼きを売ることだ。2年E組のたこ焼き屋は大好評で、冷凍たこ焼きの追加をチャリで買いに行く男たちが連続出動するほどだった。

 調理室からたこ焼きが詰められたパックが運ばれてくると、並んでいたお客さんが次々に買っていく。俺は受付だったので金を受け取って数を叫び、隣の奴がひたすらパックに箸をセットして袋に入れて渡す。きゃーと声がするので顔を上げたら、阿隅くんが昨日のベースの子と一緒に教室に入ってきた。

 阿隅くんは俺を見てぱっと顔を輝かせた。

「あの、たこ焼き2パックお願いします」
「ありがとうございます! 2パック800円です」

 阿隅くんは空いている机でたこ焼きを食べながらこちらに向かって、にこっと笑う。思わず客の注文を間違えそうになるのでイケメンは危険だ。

「は~~! イケメンはたこ焼き食べる姿もかっこいいわね」
「持田、お前そろそろ行かなくていいのかよ。時間だぞ」
「……行ってくるわ。きよらんの晴れ姿をのぞいてくる」

 持田がちらっと壁の時計を見た。時刻はもうすぐ11時、浴衣姿の清良登場だ。実は2年A組の清良シフトは公にされていない。清良が登場する時間への一時集中を避けるためらしい。しかし、一日目に登場しなかったので二日目なのは明白、A組の廊下には既に行列ができているという。

(今日、清良は本当に俺と校内を回る気なんだろうか……)

 無事にクラスから抜けられるのか、不安しかない。たこ焼きを食べ終わった阿隅くんがさっと近づいてくる。

「先輩、少しお話しできますか?」
「うん。もうじき俺の担当時間終わるし、廊下で待っててくれる?」
「はい!」

 11時になり廊下に出ると、阿隅くんは巨大タコの横で待っていてくれた。たこ焼きが美味しかったと言われ、思わず笑顔になる。阿隅くんに今日はごめんと言えば、首を横に振った。

「残念だけど、俺が言うのが遅かったんです。先輩はこれからどこに?」」
「いや、特に決めてないけど。面白そうなとこあるかな」
「1年D組のお化け屋敷がすごいって評判です。メイドが半端ない怖さだって聞いてすごく行きたいんですけど、一時間待ちだそうです」
「ええー……」
 
 すぐに緋鶴の得意げな顔が浮かんだ。その時、反対方向から女子たちのきゃああ! と叫ぶ声が聞こえた。誰か走ってくると思ったら、清良だった。すっきりした紺地に細い縦縞が入った浴衣を着て涼やかな白の帯を締めている。前髪を上げて形のいい額を出し、後ろ髪は少し高い位置に結ってまとめていた。

「ひえっ」
 
 あいつの顏は見慣れたはずの俺でも驚く美形ぶり。目を丸くしていると「あおちゃん!」と叫ばれて、いきなり腕を掴まれた。何でと思う間もなく、清良と一緒に廊下を走る。「先輩!」の声に思わず振り返ると、目を見張った阿隅くんが俺たちを追おうとしていた。それでもすぐに、清良を追ってきた人の波に阻まれてしまう。

 清良に強く腕を引かれて俺は慌てて前を向く。清良はうまく人込みを避け、廊下の途中で隣の棟に続く渡り廊下へと向かった。