会場のお客さんに向かって大きく手を振った。ありがとうの言葉は拍手と歓声の中に消えていく。
ステージから控室に戻るまでの間、耳の奥にずっと海鳴りみたいな歓声が響いていた。控室でポコ助を脱ぎ、清良たちと顔を見合わせる。頭部を脱いだ俺たちは皆、髪がくしゃくしゃになって、びっしょり汗をかいていた。
「すごいな……すごかった。それにあっという間だった」
俺が興奮のままに言えば、三人とも頷いた。
「お客さんもすごかった! あんなに来てくれるなんて!」
「皆、一緒に踊ってくれたな。持田たちが一番前で跳ねててさ」
「すっごく、気持ちよかった。……楽しかった」
清良が嬉しそうに笑う。その笑顔は本当に嬉しかった時にする、きらきらした光の塊みたいな笑顔だ。胸の奥の小さな動きがトクトクトク……と早くなっていく。
(ああ、これ。清良を見てる時に起きるんだ)
じゃあ、いつも起きるわけじゃないのは何でだろう。じっと清良を見ると、清良も俺を見る。
「あおちゃん……」
清良がなにか言いかけた時、外から大きな歓声が聞こえた。そうだ、阿隅くんたちのステージが始まる。
「ごめん。ちょっとステージ見てくる!」
急いで控室を出て、ステージに向かって走った。ステージに続く階段の横を走って、たくさんの人たちの後ろに回る。ステージの上から見た時よりもずっと人が多い気がする。阿隅くんたちの演奏が聴きたくて集まった人がたくさんいるんだろう。
ステージからちょうど真正面の位置で演奏を聴くことにした。阿隅くんは向かって左、金色に輝くアルトサックスを手にしている。ベースの子と顔を見交わし、マイクスタンドの前に立った。
「1年B組の阿隅です。今日は同じクラスの吉井と一緒に演奏します。三曲続けますので聴いてください」
誰かがピィイイーーと指笛を鳴らす。「黒王子ーっ」「吉井ー!」と声援が続く。それを一瞬でかき消すように、サックスの柔らかな音色が響く。渡り廊下で初めて聴いた空気を裂くような音とは違う。周りの人を包み込むような優しい音だ。すっと耳に馴染んで、ふわりと心を浮き上がらせる。
阿隅くんのサックスが楽しそうに旋律を奏でれば、ベースが軽やかに後を追う。二人の奏でる音に合わせて、観客たちが肩を揺らす。春の風のように心地良い音は二曲目になり、アップテンポな曲に変わる。一気に心を揺さぶられ上に下にと投げ出されて、まるで嵐の中にいるようだった。
そして、三曲目。それは静かな曲だった。この夏にサンバと同じぐらい流行ったドラマの主題歌だ。口下手な主人公が事件に巻き込まれて恋人を亡くす。その恋人への想いを歌った切なくて哀しい曲だ。
……ずっと言えなかった言葉を、今、君に伝える。遅くなってしまったけれど、どうか聞いてほしい。
ドラマの中でも流れた歌が阿隅くんたちの奏でる曲になって会場に響き渡る。それは確かに皆に届いた。大きな大きな歓声がステージを包みこむ。
(……阿隅くん、すごい。この間聴いたのより、もっとずっとすごい)
いつまでも拍手が鳴り止まない。困ったように顔を見合わせた阿隅くんとベースの子は、小さく拍子を取る。そして、ごく短い曲を演奏した。それから、二人は揃って客席に深く頭を下げた。大歓声の中、ステージ脇の階段に振り向くことなく消えていく。
「三曲目さ、あれはやばいよ」
「……もう泣いちゃった。すっごくよかった」
興奮して話す他の生徒と一緒に、俺も立ち上がった。阿隅くんに感動したことを伝えたい。そう思いながら控室に向かうと、棟の出入り口で阿隅くんが女子に囲まれているのが見えた。阿隅くんに話しかけるのも、あそこから中に入るのも難しそうだ。どうしようと思っていると、ステージ裏に立っている清良を見つけた。
「清良!」
俺は清良のすぐ側まで走った。
「清良、加瀬とりんりんは?」
「今、飲み物を買いに行ってる」
「そっか。清良も今の演奏聴いた?」
「聴いたよ」
「あのさ! 阿隅くんたちすごいよな! 優しい感じの曲から激しいのまで全部心を揺さぶられるっていうか、最後の曲なんか胸が苦しい感じがしてさ」
「……あおちゃん!」
話を遮るように、清良がいきなり俺の肩を掴んだ。
「ごめん。今はその話、聞きたくない」
「えっ」
びっくりして清良を見ると、ふっと目を逸らす。清良は俺がどんなにくだらない話をしても、いつものんびりと話を聞いてくれる。だから、こんな拒絶のされ方は初めてだった。清良の視線の先には阿隅くんがいた。
阿隅くんの元にはステージ担当の教師が来て、周りを囲んでいた生徒たちを追い払った。棟への出入り口を塞いだ事を注意したのだろう。女子たちはその場から名残惜しそうに離れ、阿隅くんたちは棟の中に入っていった。

