幼馴染が「お願い」って言うから


 里見高校第49回文化祭。別名『里山祭』。
 一日目の朝が来た。

 夢の中でもサンバを踊っていたため、目の前で朝食を食べている妹の顔に現実感がない。緋鶴のすっきりした(まぶた)が二重にぶれている。

「おにい、起きな! いよいよ今日だよ。何のためにここまで頑張ってきたの!」

 はっとして、そうだ、今日のためだったと思い返す。

「……お前にも散々世話になったな。この礼はシェイクで」
「それももらうけど、うちのクラスのお化け屋敷に来てよ。りんりんのメイド、めっちゃ怖いって評判だから! 衣装にものすごく手をかけたんだからね!」

 俺は黙って焼鮭を乗せた白飯をかきこんだ。メイクもばっちりだと言われても、ホラーは全て回避だ。頭の中で緋鶴たちのクラスの迂回ルートを素早く組み立てた。

「おにいたちのステージ、12時10分からだよね」
「そ。昼食時間の真っただ中だけど……大丈夫かな」
「黒王子たちは次の次で12時半か。王子たちのとこは問題ないとして、おにいたちの評判も悪くないよ」
「え、そうなの?」
「あちこちチェックしたけど、黒王子の発言がきいてるのは間違いないね。それに……普段は控えてるきよくんのファンがいるから」
「清良の?」

 緋鶴が大きく頷く。
 清良のファンたちは『推しは静かに大切に推す』派が多いらしい。付き合ってほしいと押し寄せる勢とは一線を画し、ここぞという時に応援に立ち上がるという。

「じゃあ、それなりに観客が……」
「たぶんね。だから、おにいもがんばろ!」

 俺は緋鶴の声援を胸に立ち上がった。母がのんびり「見に行くからね~」なんて言っている。高校生の息子の着ぐるみサンバなんて見たいものなんだろうか……?

 外は青空が広がり、まだ秋とは言えない暑さだ。でも、明らかに真夏とは違う。考えてみれば今日はポコ助のデビュー日。気合を入れないといけない。
 チャリを道路に出すと、ちょうど清良が隣家の門から出てきた。

「あおちゃん、おはよ!」
「はよ!」

 最近は少しも登校時間が同じにならなかったが、朝から清良と一緒だといい日になる気がする。俺がそう言えば、清良は「そういうとこさぁ……」とぼそりと呟いた。

 文化祭初日なだけあって、生徒たちの登校は早い。正門には今日の為に描かれた大きな看板が取り付けられ『里山祭』の文字が目に飛び込んでくる。俺たちは「また後で」と言いながらそれぞれの教室に向かった。
 
 教室に入ると皆、揃いのクラスTシャツ姿になっていた。しかし、ショッキングピンクの生地に黒字のタコ絵が鮮やかすぎて目に痛い。ショートホームルームの後、文化祭実行委員の持田が前に立った。

「とうとう里山祭の一日目です! たこ焼きはうちのクラスが一番だと思い知らせてやりましょう!」

 一体なにと戦っているのか。持田の掛け声の元に、皆がおーー! と拳を振り上げ持ち場につく。自分の販売時間以外は自由に行動していいのだが、俺と清良には正門でのパンフ配りがある。ステージ出演も控えているので、着ぐるみはすぐに被れるキツネとポコ助だけだ。

 社会科準備室に行けば、清良が先に来ていた。清良はキツネを、俺はポコ助を手に取った。

「あおちゃん、あのさ……明日なんだけど。文化祭、一緒に回らない?」
「あ、そうか。今日のことばっかり考えてた。清良は明日のシフト11時からだよな。何時まで?」
「お昼まで。その後は空いてる」
「じゃあ、ちょうどいいな。一緒に回ろう」
「うん……よかった」

 ほっとしたように言うから、何だか気になった。

「去年も一緒に回ったじゃん」
「そうなんだけど……今年は、誰か他に回る人がいるのかなって思ったんだよ」
「清良や阿隅くんみたいなイケメンじゃないし、俺を誘ってくれる子はいません」

 清良の肩がビクンと跳ねて、ぐっと眉が寄る。あ、阿隅くんの名前はまずかったか。

「……あおちゃん」

 やけに真剣な目で清良が俺を見る。こんな思いつめた目は見たことがないと思ったら、とくんと胸の奥が動いた。久々の動機に思わず目を瞬いた。

「明日、あおちゃんに話があるんだ」
「えっと、話があるなら今言えば? ちょうど誰もいないし」

 胸の動悸が気になって、つい早口になる。すると、清良はすぐに目を閉じて一、二と数を数え始める。十数え終わったかと思うと深く息を吐いた。あれはなにか新しい呼吸法なんだろうか。

「……今日は止めとく。また明日、ちゃんと言うから」
「わかった」

 清良の言葉にうなずき、俺たちは着ぐるみを被って正門へと向かった。歩きながら俺はひそかに反省していた。

(なにか言いにくいことだったんだろうな。これから文化祭本番だっていうのに無神経だった。やっぱり今は目の前のことに集中したいよな……)

 ぶんと首を振って、俺も気持ちを切り替えることにした。