互いに睨み合ったまま二人は目を離さない。その時間はやけに長く感じられた。
「……帰ろう、あおちゃん」
先に目を逸らしたのは清良だった。これ以上、阿隅くんと話したくないという意志がひしひしと伝わってくる。俺が戸惑っていると、自転車置き場に向かって先に歩き出した。
(ああ……これはかなり怒ってるなあ)
俺は阿隅くんに顔を向けた。怒る清良が炎ならこっちは氷だ。幻の冷気が体から噴き出してる。
「阿隅くん」
「はい」
「何か事情があるのかもしれないけど、俺は清良がひどい言い方をされるのは嫌なんだ」
「……はい」
阿隅くんの冷気は俺が話しかけた途端に止まったけれど、表情は硬いままだ。
「俺は清良と帰るよ」
「……先輩。あの、後でまたラブの写真送ります!」
「うん! 楽しみにしてる」
阿隅くんの纏った氷は瞬時に消えた。ラブは阿隅くんの愛犬だ。送られてきた写真に可愛いと返したら、阿隅くんは次々にラブの写真を送ってくれた。
俺は阿隅くんに片手を挙げて走り出し、自転車を引き出していた清良の側に行った。清良は眉をぐっと寄せたまま口を引き結んでいる。普段の穏やかな清良にはない表情だ。
「待たせてごめん」
「……あおちゃんは」
「ん?」
「あいつと知り合いなの?」
「うん。夏休みにバイトしてた時に会った」
「バイト?」
清良が驚いたように目を見開く。
「……全然知らなかった」
「俺もバイトするなんて思ってなかった」
清良に伊藤さんの話をして、阿隅くんが花を買いに来たことを話した。でも、アレンジメントをもらったことを言うのはやめておいた。あれが好意だとわかった今、告白の返事もしていないのに話すのは気が引ける。
俺の話を聞くうちに清良から怒っている感じは消えたけれど、眉間には皺が寄ったままだ。俺は指でぐいぐいと清良の眉間を押した。
「……ッ」
「せっかくの美形がだいなしだって。もう怒るなよ」
「――あいつが言ったんだ」
「え?」
「俺に向かって、同好会なんてなにやってるかわかんないのに、って」
「阿隅くんが?」
俺は思わず、清良の眉間をほぐしていた指を止めた。
「何でそんなこと言ったんだ?」
「同好会を馬鹿にしてるからだろ? それに自分たちの持ち時間を増やしたかったんじゃない?」
「増えたのか?」
「え?」
「それで、阿隅くんたちの持ち時間は増えた?」
清良は少し考えて首を振った。他の同好会からも抗議の声が上がり会議は揉めた。でも、出演時間を割り振った時に阿隅くんは自分たちの持ち時間を無理やり多く取ろうとはしなかった。
「時間を多く取りたかったわけじゃないのか。だったら、そんなことわざわざ言う必要ないのに」
「もしかしたら、あいつ……阿隅は俺が気に入らないのかもしれない。前からよく突っかかってきてたから」
昔から清良が妬まれたり嫌がらせをされたりすることはよくあった。顔も頭も良くて運動能力も高い奴なんて、妬まれない方がおかしいだろう。でも、俺から見たら阿隅くんだって顔はいいし人気もある。妬む理由なんかなさそうだ。
「……とりあえず、帰ろう」
俺は清良と並んでチャリをこいだ。途中でコンビニに行くと言えば、清良もうなずいた。
「清良、今日は俺がおごる。昔のお前に感謝を込めて」
「いきなり何の話?」
コンビニで俺は当たり付きのアイスバーを二本買って、一本を清良に渡した。清良の好物のソーダバーだ。店の前に二人並んでかじり付くと、冷たいソーダの味が口いっぱいに広がる。
「うま!」
「……うん」
清良の口元がわずかに上がる。好物をバクバク食べている様子に、俺の心も上がった。しかし、食べ終わった後の棒は二人ともハズレだった……。
「当たんねぇな」
「このアイスの当たる確率は2パーセントなんだよ」
「……でも、清良は昔当たったじゃん。あーあ、神様はイケメンには優しくて一般人には厳しいのか」
俺はさっさとゴミ箱にハズレ棒を捨てた。清良が小声で「……ありがと」と言う。お前がおごってくれる方が圧倒的に多いのに律儀だな。清良はなぜか、外れたアイスの棒を持って帰ると言う。
「それ、ハズレだろ?」
「俺には当たり」
清良の言うことがさっぱり理解できなかったが、アイスのおかげで阿隅くんへの怒りは少し収まったらしい。好きなものは人を元気にする。やっぱり食べ物って偉大だ。

