「……ちは」
「あ……こんにちは」
イケメンは俺と目が合うと、ふいっと顔を逸らして店内を見た。昨日のこともあって緊張する。そっと様子をうかがうと、彼は外の暑さを少しも感じさせなかった。白のTシャツと細身の黒のパンツ。ごく普通の格好なのにやはり目を惹く。
伊藤さんがイケメンに笑いかけた。
「こんにちは、阿隅さん。今日は何かお作りしますか?」
「いえ、ちょっと……花を見ててもいいですか?」
どうぞどうぞと伊藤さんが言い、次に入ってきたお客さんに呼ばれてカウンターから出ていく。常連さんだったらしく、お母さんの具合を話しているのが聞こえた。
冷蔵ショーケースの中を見ていたイケメンがカウンターにいる俺のすぐ前まで来る。1年なのに170センチはありそうで羨ましい。
「……あの」
「はい?」
「そのアレンジメント、売り物ですか?」
イケメンがカウンターに置かれていたピンクと白のアレンジメントを指差した。
「あ、はい、そうです」
(これ、可愛いもんな。彼女にあげるのかな)
昨日に続いての来店は、プレゼントを探しているのかもしれない。こんなイケメンの彼女なら、きっとこの花が似合う可愛い子なんだろう。
「今、作ったばかりなんですよ。可愛いし、贈ったらきっと喜ばれると思います」
「作ったって……?」
「いえ、俺じゃなくて店長が作りました!」
イケメンはアレンジメントから目を離して、俺の目をじっと見た。切れ長な黒い瞳は吸い込まれそうに綺麗だ。
「……このアレンジメントもらったら、嬉しいですか?」
「嬉しいと思います! 俺だったら、飾ってずっと眺めるなあ」
イケメンは眉をぐっと寄せた。あ、これアウトだ。
(俺みたいなのに飾って眺めるなんて言われても嬉しくないだろ……)
俺は自分の迂闊さを呪った。そのまま固まっていると低い声で値段を聞かれた。値札はまだついていない。
「店長! こちらのアレンジメント、いくらですか?」
振り返った伊藤さんは、イケメンが買うと思ったのか「千五百円でいいよ」と言う。たぶん安めの値段なんだろう。そのまま伝えるとイケメンが「買います」と言って、カウンターに代金を置いた。
俺がアレンジメント用の袋に入れて差し出すと、きっぱりと言う。
「それ、あげます」
(……聞き間違いだろうか?)
「あの、誰に?」
「先輩に」
「先輩って……?」
イケメンがじっと俺を見るので、一つ頭に浮かんだことがある。だが、それはさすがに有り得ないと思う。それでも目の前の彼は俺を見ている。
(……まさか、とは思うけど)
「変なこと言うと思うかもしれないけど、それって」
綺麗な黒い瞳が微かに揺れる。
「……俺?」
こくんと頷くと、そのままイケメンは扉に向かった。
呆然としたまま扉を開けて出ていくのを見送る。伊藤さんが「ありがとうございました~!」と言うのが聞こえた。
伊藤さんがカウンターに戻ってきて常連さんから代金を受け取った時も、俺は扉を眺めたままだった。仏花を抱えた常連さんが扉を出て行き、伊藤さんが怪訝な顔をする。
「月宮くん、どうしたの? あれ、そのアレンジメント売れなかった?」
「……いえ、売れました」
「え? じゃあ何でここに?」
「……もらった……みたいです」
伊藤さんが不思議そうにこちらを見る。俺にもさっぱりわけが分からない。
謎を抱えたまま、その日の夕方5時に俺の短いバイトが終わった。伊藤さんはバイト代と、ペチュニアという花の鉢植えをくれた。白に紫の縞が入った綺麗な花がたくさん付いている。母に渡したら喜ぶだろう。
ようやく腰の状態がよくなってきたという伊藤さんのお母さんにも御礼を言われた。そんなにたいしたことはしていないのに。
「本当に月宮くんには助けられたなあ。うちでできることがあれば手伝うから、いつでも言ってくれよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて助けてほしい時はお願いに来ます!」
挨拶を終えて、鉢植えの入ったビニール袋とアレンジメントの入った紙袋を持って店を出た。
(何でこれをくれたんだろう……)
紙袋を見ながらいくら考えても、答えは見つからなかった。

