幼馴染が「お願い」って言うから


 翌日の11時、清良が俺を迎えに来た。二階から階段を下りていくと母の話し声が聞こえる。

「清良くん、今日は頑張ってね。後で見に行くわ」

 げっ! と叫びそうになったところに清良の涼やかな声。

「はい、お祭りの開始は1時からなのでぜひいらしてください。あおちゃんのおかげで無事に参加できます」
「やだ、あの子で役に立つのかしら~」
「あおちゃんはいつだって頼りになりますよ!」
「うふふ、清良くんは優しいわね」

 礼儀正しい清良と清良大好きな母が、玄関で和やかな会話を繰り広げている。俺は外に出る前にもうげっそりしていた。

「はよ。清良」
「あおちゃん、もうすぐお昼だよ」

 俺を見た清良は、にっこにこの笑顔だ。思わず眩し、と叫びそうになる。

「清良はウサギ着るの?」
「いや、今日は加瀬が着るよ。俺はあおちゃんをサポートする係」
「ふーん。そういえば着ぐるみは?」
「朝のうちに学校から自治会館に運んである。母さんに車出してもらった」
「そっか。ほんとに着るだけでいい? あれ着て踊れって言われても、絶対無理だからな」
「もちろん! 着てくれるだけで十分!」

 清良は見た目がいいだけでなく音感や運動神経も優れている。音楽に合わせて踊ることが、何の苦も無くできてしまうのだ。昨年俺が商店街の夏祭りを覗いた時には、清良パンダが雀山音頭に合わせて元気よく踊っていた。ちなみに雀山音頭はこの地域のローカル曲だ。

(まあ、何とかなるだろ。20分でいいって言ってたしな)

「二人とも、飲み物持って行きなさい」

 母が冷蔵庫で冷やしていた麦茶とスポドリを渡してくれる。俺たちはありがたく二本ずつリュックに入れて家を出た。

「うっわ、あっつ」

 空は雲一つない快晴。
 真夏のアスファルトがじりじりと太陽に焼かれている。
 走り出した清良のクロスバイクを追って、俺はママチャリのペダルに力を込めた。

 俺たちの家からちょうど1キロ先に私鉄の雀山駅がある。雀山商店街はその雀山駅の前にある商店街だ。通り沿いに店が立ち並び、私鉄チェーンのスーパーやファストフードもある。俺たちの通う里見高校は雀山駅の反対側だ。
 商店街から一本裏手にある自治会館は、祭り直前とあってごった返していた。揃いの法被(はっぴ)を着て、皆忙しそうに動き回っている。自治会館の前では加瀬が待っていて、チャリをとめて三人で会館の中に入った。

「お! 来たな」

 短髪でタオルを首に巻いた三十代前半ぐらいの男性が片手を上げた。その場にいた大人の目が集まり、清良が深々とお辞儀をする。

里見(さとみ)高校着ぐるみ同好会です。今日はよろしくお願いします!」

 清良を見て、俺と加瀬も慌てて頭を下げた。

「こっちこそよろしくな」
「暑い中、ご苦労さん」
「里見高校さん、これ、お昼のお弁当とお茶です。あと法被もどうぞ!」

 おにぎり弁当と冷えたお茶の入ったビニール袋、そして雀山商店街の名が襟に入った法被が渡される。ありがたく受け取ると、短髪の男性に清良が呼ばれた。俺と加瀬も清良の後をついていく。

「上橋君に言われた荷物、こっちに運んどいたよ。狭いけど、着替えもここを使ってくれる?」
「わかりました。ありがとうございます」

 そこは自治会館の奥にある小部屋だった。コピー機と色々な資料が入ったスチール棚が置かれている。そして、着ぐるみの入った段ボールが積まれていた。

「あおちゃん、こちらは伊藤(いとう)さん。商店街の花屋さんでうちの高校の卒業生。去年、夏祭りに出ないかって声をかけてくれたのは伊藤さんなんだよ」
「へえ! そうなんだ」
「里見高校には園芸部の配達でよく行くんだ。着ぐるみ同好会のことも園芸部の子から教えてもらってね。うちにもちびがいるから、商店街の祭りに出てもらえたらいいなって思ったんだよ」
「あおちゃん、『フラワー伊藤』の車見たことない? ピンクと白の目立つやつ」
「フラワーって……あっ! 俺、店でカーネーション買ったことある」

 母の日だけだけど、と言った途端、伊藤さんが大笑いした。

「まいど! たまにはカーネーション以外の花も買ってくれよ」
「はい……」

 自治会館でお昼をすませて、一通りスケジュール確認もした。いよいよ支度だ。
 Tシャツにジャージの半パン姿になって、清良からパーツごとになったパンダを受け取る。足になっている靴を履き、ずんぐりむっくりな胴体を着て、ふかふかの手袋をつける。最後に頭を被った。目はメッシュになっているので見えないわけじゃないが、思ったよりもずっと暗くて視界が狭い。何よりも閉塞感がある。

「あおちゃん? 大丈夫?」
「うん。いけると……思う」

 不安な気持ちが伝わったのか、清良が俺の手を握った。

「すぐ隣にいるからね。あおちゃんは初めてだし、不安だったら俺の腕にしっかりつかまって。もし、気分が悪くなったらすぐに言って」

 俺は重たい頭で、こくりと頷いた。