家のすぐ近くまで来た時、「あおちゃん!」と声がした。
隣の家の玄関から出てきた清良が、大きなビニール袋をぶら下げながら片手を振っている。俺は清良の目の前でチャリを止めた。
「おかえり~。ちょうどよかった」
清良はビニール袋を持ち上げて、胸の前で抱え直した。
「親戚からスイカが送られてきたんだけどさ、すっごいデカいの。食べきれないから半分どうぞ。あおちゃん、スイカ好きじゃん?」
俺が頷くと清良が笑った。門灯の小さな明かりの側に、お月さまみたいに綺麗な笑顔が浮かぶ。
「自転車置いてきなよ。待ってるから」
清良の声はいつも通り穏やかで、急に目の奥が熱くなった。涙がじわじわ勝手に出てくる。
「……あおちゃん? え、ちょ、ちょっと待っ」
慌てている清良の前で、ぼたぼたみっともなく涙が落ちた。
「なあ、清良。楽しいってだけじゃだめなのかな……」
「え?」
楽しいことが一番大切だと言った先輩の言葉に共感してバド部に入った。その後、頑張って勝つことが一番になったと知ったからやめた。気まずさはどうしたってあるから、バド部には近づかないようにしている。それなのに、久木は俺を見ると声をかけてくる。
――月宮の気が変わったら、また一緒にやろう。
その言葉を聞いた時、こいつとは一生分かり合えないと思った。またなんてあるわけがない。お前が好きな場所は、俺が好きじゃなくなった場所だ。久木を慕う部員たちは、元々俺はやる気がなかったのだと言った。そんなことはないと皆、知っているはずなのに。いや、もしかしたら、変わっていなかったのは俺だけで、皆から見たら俺はただのやる気のない奴になっていたのかもしれない。
心の奥に燻っていた気持ちが一気に噴き出してくる。久木に会うたびに、じくじくと古傷が痛むような気持ちになる。
清良は手の甲で涙をこする俺を、自分の部屋に行こうと誘った。俺はチャリを家の横の自転車置き場に突っ込み、清良は重いスイカを抱えてまた自宅に戻る。玄関を開けてすぐの階段を上り、左にある清良の部屋に入った。二人並んでベッドの横にもたれかかりながら、俺は図書館で久木に会ったことをぽつぽつと話した。
「何で声をかけてくるんだろう? やめた奴って気になるのかな、やっぱり目障りなのか?」
「ちょっと違うと思う」
清良の声は、普段よりもずっと低い。
「ああいうタイプは、自分からやめた奴はさっさと切り捨てるよ。同じ考えの奴とやってく方が早いし、効率がいい」
「じゃあ、何でだろう。まさか、本当に俺にもう一度バド部に入ってほしいのか?」
「……あおちゃんは、人たらしなところがあるからな」
「え? なに?」
「ううん、それは本人に聞くしかないんじゃない? でも、気にしなくていいよ」
清良はきっぱり言った。
「あおちゃんはもう、うちのメンバーだから! うちは兼部禁止なんでバド部には戻れません!」
「え、そうだったんだ?」
「ううん、今決めた。俺が会長だから」
「ええーーー」
そんなのありなんだろうか。いくら同好会だって独断が過ぎるだろう。それに、着ぐるみ同好会はいくらでも兼部できそうなぐらいゆるゆるに見える。にこっと笑う清良に、何だか気が抜けた。
「なあ、文化祭後の着ぐるみ同好会の予定って決まってるのか?」
「雀山保育園から秋祭りに来てほしいって言われてるけど。後は勝ち進んだ部活の応援かな。今のところ依頼はない」
「全然、予定ないじゃん……」
「そんなことないよ! 立て続けに入ることもあるって!」
清良が口を尖らせる。
「兼部禁止なら、俺にはもうここだけってことか」
「あ、そうそう! あおちゃんはうちの専属!」
「ゆるゆる同好会の専属って言われても……」
「それ、失礼すぎ!」
思わず噴き出した。
「ウサパンも一部では人気なんだよ!」
次第に笑いが込み上げてくる。久木に会って落ち込んでいた気持ちが嘘みたいに消えていく。
「……ありがと、清良」
膝を抱えたまま清良に向かって礼を言うと、清良は大きな目を見開いた。長い睫毛が何度も瞬いて、すっと白い腕が伸びてくる。
大きな手が俺の頬を撫でたかと思うと、すぐ近くまで清良の顔が近づく。栗色の髪がふわりとおでこに触れて、鼻と鼻がわずかにかする。まるで、今すぐ唇が……。
(――――え?)
「い、今のなしッ!」
清良がぐいっと俺の肩を掴んで、大きく体を離した。
「え、えーーと。ないない、今の、何でもない」
「なんでも……ない?」
「そう! 何でもない! いや、さっき、あおちゃんが目をこすってたから、大丈夫かなって!」
「あ……ああ」
(そうか……そうだよな。いや、びっくりした。だって……)
清良がいきなり立ち上がった。テーブルの上に置いたままだったスイカを持ち上げる。
「す、スイカ持ってく!」
「いや、俺が持って帰ればいいから」
「え、そ、そう?」
俺も立ち上がって、明らかに挙動不審な清良からスイカを受け取ろうとした。その時、清良の指の上に俺の指が重なった。
「あ、ごめ……」
「……」
清良の顔がどんどん赤くなる。それを見ていると、俺も何だか変な気持ちになってくる。何だろう、動悸がする。
「じゃあこれ、もらってく。ありがと」
「うん」
スイカの入ったビニール袋を片手に持ち直して、ゆっくり階段を下りる。玄関を出て「じゃあな」と言うと、清良が頷いた。清良はそのまま俺から目を逸らして、ぶら下がったスイカを見ていた。
何だかそれ以上話す言葉が浮かばなくて、俺は「おやすみ」と言って自分の家に駆けこんだ。清良も「おやすみ」と返したような気がしたけれど、よくわからない。
変な動機はドクドクドク……と続いたまま、なかなかやまなかった。

