久木は部活の後だろうか、半袖シャツにズボンの制服姿でラケットバッグを肩に掛けている。
「フューチャーランドで会ったきりだな」
「……うん」
「月宮、SF好きだよな。前もよく読んでたし」
「今も好きだよ。でも、今日は本を探しに来たんじゃなくてリクエスト本を取りに来た」
「あ、そうなんだ。俺も同じ」
にこっと笑う顔は輝く太陽を連想させる。でも、太陽の眩しさは時に人を消耗させるんだ。これ以上話すこともないし、俺はさっさと退散することにした。
「そっか。じゃあ、俺もう帰るから」
「月宮!」
久木が声を張り上げた。周りから視線が飛んでくるが、本人は気にした様子もない。
「……時間ある?」
ないと言いたかったが、言ったが最後、いつならあるのかと詰め寄られそうな迫力だった。仕方なく「少しなら」と答えれば、久木はほっと息をついた。
市立図書館のすぐ近くにファストフードがある。俺たちはそこに寄ることにしてチャリを走らせた。一階のカウンターで久木は照り焼きチキンバーガーのセット、俺はバニラシェイクのMを注文した。
「それだけ?」
「うん。そんなに腹減ってないし」
一階は満席だったので、二階に上がって席を探した。窓際の席が空いていたので、そこに向かい合わせで座る。俺がシェイクを飲みながらカップを両手で揉んでへこませていると、久木がくくっと笑う。
「月宮って、シェイク飲む時はいつもそれやるよな」
「こうすると早く溶けるんだよ」
「あんまり変わらなくない?」
「いや、MやLだと全然違う。下の方が結構硬いじゃん。Sなら必要ないけど」
「あれは一瞬で飲み終わるだろ」
こうしているとまるで以前に戻ったようだ。久木がバド部に入部してから、俺たちは結構仲が良かった。部活の帰りに店に寄ったり、休みの日は一緒に出かけたりした。あれからたいして経たないのに、もうずっと昔のような気がする。
久木はあっという間にバーガーを平らげてポテトの箱を手に取った。「食う?」と差し出されて首を振る。ポテトを手元に引き寄せたまま、久木はテーブルに視線を落とす。
「……この間さ、部活の皆と来てるって言ってたよな」
フューチャーランドでのことだとわかって、ずずっとストローでシェイクをすする。
「あれって、もしかして上橋の入ってるとこ? パンダとかウサギの」
さらにシェイクを吸おうと思ったが、柔らかくなったところは吸い終わって、残りはまだ硬い。思うように吸い上げられない。
「着ぐるみ着て部活の応援したり、イベントに出てるとこだよな。他になにやってるかよく知らないんだけど、あそこに入ったってこと?」
久木の眉がぐっと寄っているのを見ながら、俺はストローから口を離した。
「うん、そこに入った」
「え?」
「お前の言う通りだよ。俺もなにやってるのかよく知らない」
「あ、あそこすごく人数少ないんだろ。部活じゃなくて同好会だって聞いたし、上橋たちに入れって言われたんじゃないのか?」
「全然」
久木が目を見開く。
「清良たちはそんなこと言わない。1年が熱出した時、代わりにパンダ着てくれとは言われたけど、それだけ。俺が自分から同好会に入ろうと思ったんだ」
「……月宮」
「あいつらといたら面白そうだと思ったから」
久木の手にしたポテトがぐしゃりと握りつぶされる。
「面白そうって……そんな、なにやってるかもわからないところが?」
「一緒にいたらわかることもあるだろ」
「お、俺たちだって」
「悪いけど、俺はもうそんな気持ちにはなれないよ。お前といても」
ぐっと唇を噛んだ久木は、それ以上何も言わなかった。俺は残っていたシェイクを吸えるだけ吸って席を立った。帰ると言っても久木は黙ったままだ。そのまま一階に降りて店を出た。気だるい暑さの残る夕暮れの道をママチャリのスピードを上げて走った。
昨年の秋。久木がうちの高校のバドミントン部に入部した。
ずっとバドミントンをやってきたと聞いて俺たちは喜んだ。そして、プレーする姿を見て衝撃を受けた。中学時代に怪我をしてリハビリ中だと言うがフォーム一つとっても俺たちとは全く違う。久木は部員の誰よりも上手かった。人付き合いもそつがなく、たちまち部の中心的な存在になった。
聞けば小学生の頃からバドミントンを始め、高校は強豪校への進学を考えていたと言う。ところが、中三の時に足に大きな怪我をして、バドでの進学はあきらめなければならなかった。それでも大きな手術を乗り越えて、もう一度やろうと決心した。
そんな久木が部員に与えた影響は大きかった。常に自分を鍛えて努力を怠らない。試合で成果を出して勝ち進む。そんな姿を見れば、後に続きたいと思う者が出るのは当然だ。日々のトレーニング量が増え、部活の時間が増えた。経験のある先輩や顧問と共に久木が指導に入り、全体のレベルは格段に上がった。
里見高校のバドミントン部は「試合はいいところ二回戦までしか進めない」「ゆるい」部活ではなくなった。そうなると、ついていけない者が出る。その筆頭が俺だった。
俺はゆるい部活でよかった。学校の勉強や塾と両立できて、部活は皆で楽しくやれればよかった。でも、そんな気持ちは久木には伝わらなかった。
「月宮、どうしてもう少し頑張れないんだ?」
「じゃあ久木、どうして楽しいだけじゃだめなんだ? 頑張らなくたって部活はできるだろ」
「頑張らなきゃ勝てない。やる以上は皆、勝ちたいだろう」
「その『皆』の中に俺はいないよ」
俺は三月に退部届を出した。
「フューチャーランドで会ったきりだな」
「……うん」
「月宮、SF好きだよな。前もよく読んでたし」
「今も好きだよ。でも、今日は本を探しに来たんじゃなくてリクエスト本を取りに来た」
「あ、そうなんだ。俺も同じ」
にこっと笑う顔は輝く太陽を連想させる。でも、太陽の眩しさは時に人を消耗させるんだ。これ以上話すこともないし、俺はさっさと退散することにした。
「そっか。じゃあ、俺もう帰るから」
「月宮!」
久木が声を張り上げた。周りから視線が飛んでくるが、本人は気にした様子もない。
「……時間ある?」
ないと言いたかったが、言ったが最後、いつならあるのかと詰め寄られそうな迫力だった。仕方なく「少しなら」と答えれば、久木はほっと息をついた。
市立図書館のすぐ近くにファストフードがある。俺たちはそこに寄ることにしてチャリを走らせた。一階のカウンターで久木は照り焼きチキンバーガーのセット、俺はバニラシェイクのMを注文した。
「それだけ?」
「うん。そんなに腹減ってないし」
一階は満席だったので、二階に上がって席を探した。窓際の席が空いていたので、そこに向かい合わせで座る。俺がシェイクを飲みながらカップを両手で揉んでへこませていると、久木がくくっと笑う。
「月宮って、シェイク飲む時はいつもそれやるよな」
「こうすると早く溶けるんだよ」
「あんまり変わらなくない?」
「いや、MやLだと全然違う。下の方が結構硬いじゃん。Sなら必要ないけど」
「あれは一瞬で飲み終わるだろ」
こうしているとまるで以前に戻ったようだ。久木がバド部に入部してから、俺たちは結構仲が良かった。部活の帰りに店に寄ったり、休みの日は一緒に出かけたりした。あれからたいして経たないのに、もうずっと昔のような気がする。
久木はあっという間にバーガーを平らげてポテトの箱を手に取った。「食う?」と差し出されて首を振る。ポテトを手元に引き寄せたまま、久木はテーブルに視線を落とす。
「……この間さ、部活の皆と来てるって言ってたよな」
フューチャーランドでのことだとわかって、ずずっとストローでシェイクをすする。
「あれって、もしかして上橋の入ってるとこ? パンダとかウサギの」
さらにシェイクを吸おうと思ったが、柔らかくなったところは吸い終わって、残りはまだ硬い。思うように吸い上げられない。
「着ぐるみ着て部活の応援したり、イベントに出てるとこだよな。他になにやってるかよく知らないんだけど、あそこに入ったってこと?」
久木の眉がぐっと寄っているのを見ながら、俺はストローから口を離した。
「うん、そこに入った」
「え?」
「お前の言う通りだよ。俺もなにやってるのかよく知らない」
「あ、あそこすごく人数少ないんだろ。部活じゃなくて同好会だって聞いたし、上橋たちに入れって言われたんじゃないのか?」
「全然」
久木が目を見開く。
「清良たちはそんなこと言わない。1年が熱出した時、代わりにパンダ着てくれとは言われたけど、それだけ。俺が自分から同好会に入ろうと思ったんだ」
「……月宮」
「あいつらといたら面白そうだと思ったから」
久木の手にしたポテトがぐしゃりと握りつぶされる。
「面白そうって……そんな、なにやってるかもわからないところが?」
「一緒にいたらわかることもあるだろ」
「お、俺たちだって」
「悪いけど、俺はもうそんな気持ちにはなれないよ。お前といても」
ぐっと唇を噛んだ久木は、それ以上何も言わなかった。俺は残っていたシェイクを吸えるだけ吸って席を立った。帰ると言っても久木は黙ったままだ。そのまま一階に降りて店を出た。気だるい暑さの残る夕暮れの道をママチャリのスピードを上げて走った。
昨年の秋。久木がうちの高校のバドミントン部に入部した。
ずっとバドミントンをやってきたと聞いて俺たちは喜んだ。そして、プレーする姿を見て衝撃を受けた。中学時代に怪我をしてリハビリ中だと言うがフォーム一つとっても俺たちとは全く違う。久木は部員の誰よりも上手かった。人付き合いもそつがなく、たちまち部の中心的な存在になった。
聞けば小学生の頃からバドミントンを始め、高校は強豪校への進学を考えていたと言う。ところが、中三の時に足に大きな怪我をして、バドでの進学はあきらめなければならなかった。それでも大きな手術を乗り越えて、もう一度やろうと決心した。
そんな久木が部員に与えた影響は大きかった。常に自分を鍛えて努力を怠らない。試合で成果を出して勝ち進む。そんな姿を見れば、後に続きたいと思う者が出るのは当然だ。日々のトレーニング量が増え、部活の時間が増えた。経験のある先輩や顧問と共に久木が指導に入り、全体のレベルは格段に上がった。
里見高校のバドミントン部は「試合はいいところ二回戦までしか進めない」「ゆるい」部活ではなくなった。そうなると、ついていけない者が出る。その筆頭が俺だった。
俺はゆるい部活でよかった。学校の勉強や塾と両立できて、部活は皆で楽しくやれればよかった。でも、そんな気持ちは久木には伝わらなかった。
「月宮、どうしてもう少し頑張れないんだ?」
「じゃあ久木、どうして楽しいだけじゃだめなんだ? 頑張らなくたって部活はできるだろ」
「頑張らなきゃ勝てない。やる以上は皆、勝ちたいだろう」
「その『皆』の中に俺はいないよ」
俺は三月に退部届を出した。

