バイトの初日はお盆の入りだということもあって、お客さんたちが次々にやってきた。常連さんが大半で、俺の顔を見てすぐに「あら、新しい人が入ったのね」と言う。伊藤さんがお母さんのことを話して急遽バイトに来てくれたと教えると「頑張ってね」と励まされた。あったかいな……とじんとする。
売れるのは圧倒的に仏花で、伊藤さんが山ほど用意していた花がどんどん売れていく。俺は伊藤さんに言われるままに動き、バケツに花を足したりレジ打ちを習ったりした。
「初日がやっぱりよく出るからね。明日からは楽になるから」
伊藤さんがお昼に隣の和菓子屋から稲荷寿司と巻き寿司の入ったパックを買ってきてくれた。豆大福もある。大ぶりの五目稲荷も大福も美味しくて、二人でバクバク食べた。
ギックリ腰になった伊藤さんのお母さんは三、四日は動けず、動けるようになってからもすぐには店に出られない。腰を屈めたり、重いものを持ったりするのはよくないからだ。フラワー伊藤は自宅兼店舗なので、伊藤さんは接客の合間にお母さんの様子を見ながら店に出ている。
夏休みで実家にいるお子さんと奥さんは予定を変更し、飛行機のキャンセル待ちをしているそうだ。でも、お盆は混んでいるのでいつ帰れるのかわからない。
(俺が少しでも役に立つといいんだけど……)
伊藤さんの言葉通り、二日目の方がお客さんが少なかった。それでも、仏花の他に花を包んでほしいというお客さんもいて、伊藤さんは大忙しだ。お客さんと伊藤さんが話しているのを聞いて、俺が母用に作ってもらった花束はトルコキキョウとデルフィニウムという花だと知った。
母は誕生日に渡した花束を見て「ずいぶん奮発してくれたのね」と喜んでくれたが、そんなに出してないのにと不思議だった。後からわかったのは、伊藤さんがかなりおまけしてくれていたということだ。店で知った花の値段は予想よりずっと高かった。
ギイ、と正面扉の開く音がする。はっとして意識を戻した。
「いらっしゃいませ!」
椅子から立ち上がると、入ってきたのは俺とあまり年が変わらない男子だった。すらりと背が高くて目元が切れ長のイケメンだ。癖の無い黒髪はさらさら。すっと通った眉と鼻筋はどこか冷たい感じがするが、人を惹きつける魅力がある。清良で美形は見慣れているはずの俺も、思わず見惚れてしまった。
イケメンは店の中を見回した後、カウンターにいる俺に視線を向けた。そして、目が合った途端、大きく目を見開いた。
(どうしたんだろう?)
イケメンは身動きもせずに固まっている。
「あの? お客様?」
「……っ、すみません。は、花を取りに」
「ああ、ご予約のお客様ですか! お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「あ、あすみです。あすみひかる」
「……」
思わず笑ってしまった。相手は、きょとんとした顔をしている。
「いや、すみません。名字だけでよかったので」
あっと叫んだイケメンは真っ赤になった。さっきまでのクールな感じが消えて、眉が八の字になっている。あ、失礼なことを言っちゃったかなと思いながら、慌てて花を探した。冷蔵ショーケースを開くと、一組の仏花の他に花束があって『阿隅様』とメモが張り付けられていた。
「あすみ……阿隅様。こちらですね!」
「……はい」
ふてくされたように下を向いている。さっきのはまずかったと思うが、もう遅い。
「ちょうど三千円です」
「……」
代金を受け取って花の入った袋を渡す。
「中にお花が長持ちするお薬が入ってますので、よかったらお使いください」
「……」
イケメンは黙ったまま扉に向かった。
(あ~~。怒らせちゃったな。接客って難し……)
ギイと扉が開く音がしたので、もう一度「ありがとうございました!」と頭を下げた。その時、扉のドアノブに手をかけていたイケメンがこちらを睨みながら叫んだ。
「明日もいますか!」
「え? あ、はい」
イケメンは頷いて店を出ていった。「いますか」と聞こえたが「やってますか」の聞き間違いだろう。きっとそうだ。俺はもっと接客を勉強しないとだめだと思った。
売れるのは圧倒的に仏花で、伊藤さんが山ほど用意していた花がどんどん売れていく。俺は伊藤さんに言われるままに動き、バケツに花を足したりレジ打ちを習ったりした。
「初日がやっぱりよく出るからね。明日からは楽になるから」
伊藤さんがお昼に隣の和菓子屋から稲荷寿司と巻き寿司の入ったパックを買ってきてくれた。豆大福もある。大ぶりの五目稲荷も大福も美味しくて、二人でバクバク食べた。
ギックリ腰になった伊藤さんのお母さんは三、四日は動けず、動けるようになってからもすぐには店に出られない。腰を屈めたり、重いものを持ったりするのはよくないからだ。フラワー伊藤は自宅兼店舗なので、伊藤さんは接客の合間にお母さんの様子を見ながら店に出ている。
夏休みで実家にいるお子さんと奥さんは予定を変更し、飛行機のキャンセル待ちをしているそうだ。でも、お盆は混んでいるのでいつ帰れるのかわからない。
(俺が少しでも役に立つといいんだけど……)
伊藤さんの言葉通り、二日目の方がお客さんが少なかった。それでも、仏花の他に花を包んでほしいというお客さんもいて、伊藤さんは大忙しだ。お客さんと伊藤さんが話しているのを聞いて、俺が母用に作ってもらった花束はトルコキキョウとデルフィニウムという花だと知った。
母は誕生日に渡した花束を見て「ずいぶん奮発してくれたのね」と喜んでくれたが、そんなに出してないのにと不思議だった。後からわかったのは、伊藤さんがかなりおまけしてくれていたということだ。店で知った花の値段は予想よりずっと高かった。
ギイ、と正面扉の開く音がする。はっとして意識を戻した。
「いらっしゃいませ!」
椅子から立ち上がると、入ってきたのは俺とあまり年が変わらない男子だった。すらりと背が高くて目元が切れ長のイケメンだ。癖の無い黒髪はさらさら。すっと通った眉と鼻筋はどこか冷たい感じがするが、人を惹きつける魅力がある。清良で美形は見慣れているはずの俺も、思わず見惚れてしまった。
イケメンは店の中を見回した後、カウンターにいる俺に視線を向けた。そして、目が合った途端、大きく目を見開いた。
(どうしたんだろう?)
イケメンは身動きもせずに固まっている。
「あの? お客様?」
「……っ、すみません。は、花を取りに」
「ああ、ご予約のお客様ですか! お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「あ、あすみです。あすみひかる」
「……」
思わず笑ってしまった。相手は、きょとんとした顔をしている。
「いや、すみません。名字だけでよかったので」
あっと叫んだイケメンは真っ赤になった。さっきまでのクールな感じが消えて、眉が八の字になっている。あ、失礼なことを言っちゃったかなと思いながら、慌てて花を探した。冷蔵ショーケースを開くと、一組の仏花の他に花束があって『阿隅様』とメモが張り付けられていた。
「あすみ……阿隅様。こちらですね!」
「……はい」
ふてくされたように下を向いている。さっきのはまずかったと思うが、もう遅い。
「ちょうど三千円です」
「……」
代金を受け取って花の入った袋を渡す。
「中にお花が長持ちするお薬が入ってますので、よかったらお使いください」
「……」
イケメンは黙ったまま扉に向かった。
(あ~~。怒らせちゃったな。接客って難し……)
ギイと扉が開く音がしたので、もう一度「ありがとうございました!」と頭を下げた。その時、扉のドアノブに手をかけていたイケメンがこちらを睨みながら叫んだ。
「明日もいますか!」
「え? あ、はい」
イケメンは頷いて店を出ていった。「いますか」と聞こえたが「やってますか」の聞き間違いだろう。きっとそうだ。俺はもっと接客を勉強しないとだめだと思った。

