その後、ぎゅぎゅっと詰められた炭酸とつるっと喉越しのいい冷やしうどんは俺の気力を回復してくれた。どんどん人が増える週末の遊園地、俺たちに使える時間は短い。落ち込んでいる暇なんかないんだ。
俺たちはそれぞれに好きなアトラクションを一つずつ挙げて、順番に回ることにした。俺は空中回転ブランコ、加瀬がスタンディングコースター、そして清良のフリーホールときて、りんりんが言った。地に足が着いたものでもいいか、と。
目の前でパステルカラーのティーカップがくるくる回っている。乗っているのは圧倒的にカップルが多い。いいな……と眺めてみても俺の前にいるのは、ほっと一息ついている後輩だけだ。
「すみません。一人だけ地上派で」
「全然いいけど。別の楽しさを追及しているやつらもいるし」
少し離れたところで、加瀬と清良のカップが高速で回っている。あいつらと組まなくてよかった。俺はティーカップは大人しく楽しむ主義なんだ。くるくる回りながら行き交うカップにまったりしていると、りんりんが「月宮先輩」ときっぱりした声で言った。びっくりするぐらい真剣な目をしている。
「先輩、ず、ずっと言おうと思ってたんですけど」
「ん?」
「さっき、先輩が言ってたのが聞こえて……嬉しくて」
(――さっき?)
何か言ったっけ? 首を傾げていると、りんりんの声が急に熱を帯びた。
「2年の先輩とぶつかった時です。先輩、言いましたよね。俺も『部活の皆』と来てるって!」
「あ……あああ」
(言った! たしかに言った……! 久木が部活のことを出してきたから、つい)
「今回図々しく誘っちゃって悪かったなって思ってたんですけど先輩が同好会に入ってくれたらいいなって思っててそしたら先輩はもう僕たちのことを同じ仲間だって思ってくれたんだって知ってすっごく感動してこんなところで言うのもどうかなって思うんですけどもう言っちゃった方がいいかなって」
りんりんの言葉が高速すぎて、何を言ってるのか全然わからない。
「せんぱいっ!」
辺りに響き渡るような大声に、ティーカップに乗った人々の目がこちらを向く。
「今後ともお付き合いよろしくお願いしますッ!!」
(――――え?)
深々とりんりんが頭を下げると同時に、ティーカップが止まった。
「……告白?」
「やば」
俺とりんりんの方をちらちら眺める人たちが何人もいた。先に降りていた二人のところに行くと、加瀬は満面の笑顔で俺たちを迎え、清良は無表情だった。
「聞こえたぞ!」
「先輩に今後もよろしくって言いました!」
「や、よかったよな。月宮の言葉が聞こえた時さ、なーんだ、そうかって思ってさ」
「パン吉に入る人が二人いた方が心強いし、本当に嬉しいです!」
盛り上がる二人に呆然とした。いつのまにか俺はもう、着ぐるみ同好会に入ったことになってる? 思わず清良を見ると、静かに俺を見返す。
「あおちゃん……」
「な、なに?」
「俺、いつもあおちゃんに無理なお願いばっかりしてるから、自分から言うことじゃないと思ってたけど」
明るい栗色の瞳がわずかに揺れている。それがやけに綺麗で、ちょっとドキッとした。
「あおちゃんが入ってくれたら……すごく嬉しい」
(こ、これ……『お願い』って言われるより、破壊力が高くないか……?)
子どもの頃から散々こいつのお願いを聞いてきた俺だが、これは経験したことがなかった。
着ぐるみは暑いし狭いし結構重い。バド部やめてうだうだしてたから体力もなくて、夏祭りではすぐにばててしまった。それでも、ちびっこが喜んでくれたのは嬉しかったし、着ぐるみショーには感動した。
(それに……こいつらといるの、結構面白いんだよな)
驚くことも多いけど、何だか居心地がいいんだ。そう思いながらも、自分が部活をもう一度続けられるのかと思う。
色とりどりのティーカップのように頭の中で気持ちが渦巻く。清良は俺からじっと目を離さない。
「……知ってるか、清良。目は口ほどにものを言うんだ」
「え?」
(お願い、って直接言わなくたって伝わるんだよ)
俺は大きく息を吸った。
「入部する」と言った途端、加瀬とりんりんは飛び上がり、清良はまるでぱっと向日葵が咲いたように笑った。
その晩、ログキャビンでは俺の入部、いや入会祝いが行われた。ビレッジの売店で買い込んだジュースや菓子を買いこんでの宴会である。
「先輩! 僕のパンダコレクション見ます?」
「いや、百物語しようぜ! 俺のとっておきの話してやるよ!」
「どっちもいらない。俺、怖い話苦手だし」
「ひどい! フューチャーランドから帰国したパンダたちの最新画像もあるのに」
歓迎の心を示すのはもっと他のものにしてほしい。
加瀬が勝手に『僕が見た優しいおばあちゃんの霊』だの『午前二時にバイトを呼ぶ亡くなった店長』だのを語り始めたので、俺はそっと夏掛けをかぶった。
加瀬の語りは驚くほどうまくて、聞きたくないのについ耳に入ってしまう。ポテチをバリバリ食べている清良の側に、震えながら移動する。体を寄せると風呂上がりの清良からふわっとミントの香りがした。
(あれ、この香り……?)
どこかで嗅いだ気がしたけど、思い出せない。
調子づいた加瀬が次々に怪談を披露した結果、俺はベッドに入った後も全然眠れなかった。しんと静まったログキャビンには、すーすーと気持ちよさそうな寝息だけが響く。それなのに、俺の耳には店長がバイトを呼ぶ恨めしそうな声が甦る。
「……あおちゃん、寝た?」
「ひっ!」
「ごめん。眠れないんじゃないかと思って」
「うん。む、むり……」
ぎしっと音がして、清良が梯子を下りてくる。
「しょうがないなぁ。あおちゃんが寝るまで隣にいるよ」
「た、助かる」
「そこ、詰めて」
壁際に移動すると、清良は俺に背を向けて横向きになった。俺は清良の背に張り付く。店長の声より清良の体温だ。急速に眠くなって、うとうとしてきた頃。
「ここ、昔あおちゃんと秘密基地にしてたとこに似てる。あの頃からずっと……」
ずっと、の後、清良は何も言わなかった。
何だろうと思いながら、俺は眠気に耐え切れずそのまま眠ってしまった。

