――慣れない場所で眠ったせいだろうか。その晩、俺は妙な夢を見た。
誰かが俺を抱きしめている。夏掛けにくるりとくるまれて、その上から抱きしめられているのだ。眠くて目が開けられないけど、この腕の中は気持ちがいい。かすかにミントの香りがしてすごく安心する。そう思っていたら、ごそごそと動いて相手が離れる気配がした。
離れたら、嫌だな。
思わず「やだ」と口にした途端、ぴたりと相手の動きが止まった。よかった、ここにいる。俺は嬉しくなって相手の胸にぐいと顔を擦りつけた。トクトクと伝わってくる鼓動が早い。でも、その音を感じるのも心地良くて、いつのまにかまたとろとろと眠ってしまった。
陽の光が明るくて目が覚めた。鳥の声も聞こえたが、いつも聞こえる鳴き声じゃない。あれ……と思ったところで、自分がどこにいるのかに気が付いた。
(そうだ、ログキャビン! 着ぐるみ同好会の合宿に来たんだ)
キャビンに一つだけある窓からは、もう燦燦と陽が差し込んでいた。むくりと起き上がって、ちゃんとベッドの上で寝ていることに安心する。どうやら転がり落ちはしなかったらしい。
俺はベッドから下りてキャビンの中を見た。加瀬とりんりんは布団にくるまったままぐっすり寝ている。清良は、と見たら上段は空っぽだった。
時計を見れば6時。
散歩にでも行ったのか。俺はさっと着替えて外に出た。山の上の空気はひんやりと涼しくて、散歩している人があちこちにいる。きょろきょろと辺りを見回すと、キャビンに向かってジョギングしてくる姿が見えた。
「清良ー!」
「あ、おはよ」
手の甲で汗を拭う姿に、思わず目を細めた。
染み一つない白い肌が上気して汗の玉が転がる。明るい栗色の瞳もふわりと揺れる髪も、同じ生き物とは思えない。
『上橋くんってさ、何か……イケメンって言うより美しいって感じだよね』
『わかるわかる!』
同級生の女子たちが前に言っていた言葉を思い出す。普通、男にそんな言葉は使わないけど、こいつの場合はそれがぴったりだと思う。
(ここに来る前に、緋鶴が言ってたな……)
『おにい、きよくんたちと出かけるなんて絶対漏らしたらダメだよ。ストーカーが出るよ』
『お前、いちいち恐ろしいこと言ってくるな』
『だって、きよくんの人気すごいんだよ。おにいだって知ってるでしょ』
『そりゃあ知ってるけど、今は下火になってるだろ』
『油断禁物!』
緋鶴が入学した時のことだ。清良が校内で緋鶴に声をかけたことがある。清良にすれば、たまたま幼馴染を見かけたから話しかけただけだが、その後が大変だった。
緋鶴には同級生だけでなく先輩からも呼び出しがかかり、さんざん付き合っているのかと聞かれた。家が隣で幼馴染なんだと言ったら、今度は手紙やプレゼントを渡してくれと頼まれる。断れば、本当は彼女なんじゃないかと疑われるのだ。入学したばかりの疲れもあって緋鶴はストレスでボロボロになった。その後、清良と相談して校内では互いに目も合わせないようにしている。
ちなみに俺にも手紙やプレゼントを頼んでくる奴はいた。だが、本人に自分で渡せと断った。それでも無理にねじ込んできたものは、全て上橋家のポスト行き。清良の母さんが困惑し清良が相手にキレて、俺に伝達役を頼む者はいなくなった。
「美形も大変だよな」
「なに、突然」
「いや、ちょっとな。それよりお前、いつ起きたの?」
「5時」
「えっ! それから走ってんの?」
えらすぎ、と言おうとした時だ。清良がふうとため息をつく。
「トイレに起きてさ、もう一度寝ようとしたんだよ。梯子を登ろうと思ったら、寝返りを打って転がり落ちようとしてた人がいて」
「……」
「咄嗟に手を出して支えたから落ちなかったんだけど、すっごく驚いたからもう眠れなくて」
「そ、そいつは全然起きなかった……と?」
「うん。そのまま壁に向かってぐいぐい押し込んだら寝てた」
それが誰なのかなんて、言われなくてもわかる。
「――……っとに、申し訳ありませんでしたッ!!」
俺は両手を合わせて深々と頭を下げた。
「全然気づかなかったの?」
「え? うん、全然」
「何も覚えてない?」
「? ごめん」
「……あおちゃんって」
「へ?」
戻ろう、と言われて清良と一緒に歩き出す。
清良は明らかにむっとしていたが、驚かせたのは俺だ。早朝から悪いことをしてしまったと心から反省した。ごめん、と何度も謝ったら、とうとう「うるさい!」と怒鳴られた。

