準備室側の壁にくっつくようにして立っていたのは清良だった。焦ったように目を何度も瞬いている。
「……な、んでお前、そこにいるの?」
「え、いや。あおちゃんが田野倉と話すって、ひづちゃんが教えてくれて。この間の夏祭りの話だって言うから」
ちょっと気になって……と語尾がだんだん小さくなる。
(ひづるぅぅ~~!!! お前はなにがしたいんだ。やっぱり俺をサンドバックにする気だったのか。そのくせ、やばい時に備えて清良をレスキューにでも寄こしたのか?)
動揺を抑えるのが大変だったが、なんとか心を立て直す。
「……さっさと中に入ってくればよかったのに」
「二人とも深刻な雰囲気だったから入りづらかったんだよ」
「ふーん……」
半目になって睨んでみても、清良は曖昧に笑うだけだ。いつからここにいたんだろう。こいつのことだからタイミングを計っていたような気もする。俺とりんりんが喧嘩になりそうだったら、割って入ろうとしていたんじゃないだろうか。
「あ、上橋先輩!」
「田野倉。もう体の調子は大丈夫?」
「はい。夏祭りの日はすみませんでした」
廊下に出てきたりんりんは、清良にきちんと挨拶をした。元々礼儀正しい子なんだろう。二人を見ていると、頼りになる先輩と可愛い後輩って感じがする。
りんりんは、清良の隣に立っている俺を見た。
「つ……きみや先輩」
「ん?」
「今日はありがとうございました」
「ああ。ちょっと驚いたけど、話ができてよかった。次はしっかりパンダ着て出られるといいな」
強く頷いたりんりんが、にこっと笑う。
「あの……先輩たちはすごく仲がいいんですね」
俺と清良は顔を見合わせた。特にそんなことを聞かれたこともなかったし、考えたこともなかった。なにしろ、この状態が普通だから。
「まあ、家が隣だし幼稚園からずっと一緒だからな」
「え、高校までずっとですか?」
うん、と答えたタイミングが二人同時だったので、りんりんはぷっと噴き出した。
「すっごい。そんな人たち、なかなかいないですよ。だからなんですね」
「え?」
「さっき、月宮先輩言ってたでしょう? パン吉着るの、上橋先輩の頼みじゃなかったら引き受けなかったって」
(――ま)
「幼馴染って、いいなあ」
(――――まてまてまてまてッ!)
クッソ恥ずかしいセリフを清良の前で暴露されて、顔から火が出そうだった。俺と清良が黙り込んでいると、アラームの音がする。りんりんのスマホからだ。
「あ、もう帰らないと。すみません、お先に失礼します!」
「……気をつけて」
清良が力なく手を振っている。
きっと天然なんだろう。俺たちの様子を気にも留めず、りんりんは慌ただしく帰っていった。
取り残された俺たちは、黙ったまま歩き出した。隣の棟に行き、それぞれの教室から鞄を取ってくる。昇降口まで来ると、上履きから靴に履き替えた清良が目の前の自販機に向かった。
ガコン、ガコンと缶が続けて落ちる。
「はい、あおちゃん」
俺に渡されたのは、おなじみのレモンスカッシュ。そして、清良の手にもあったのも同じものだった。
「ありがと。……今日は清良もこれにしたんだ?」
「うん」
俺たちは昇降口から出たところで、レモンスカッシュを飲んだ。いつもならずっとしゃべってるのに、ボソッとしか言葉が出ない。
「……あおちゃん」
「ん?」
「田野倉と話してくれて、ありがとう」
「あー、あれは緋鶴にはめられたんだよ。危うくサンドバックになるとこだった」
「でも、あおちゃんはちゃんと話してくれたよね。田野倉、すっきりした顔してた」
「……なんの話もしないで帰ったら、今度は緋鶴に殺されそうだしな」
「じゃあ、ひづちゃんにも御礼言わなきゃ」
「いらんて」
ふふ、と清良が笑う。
その横顔を見ていると、りんりんの言葉が思い出されてまた頬が熱くなる。もう、あんなことを迂闊に口にするのはやめようと決めた。

