八十年ぶりの故郷は淋しい田舎だった。それは今も昔も変わっていない。令和の大合併の前に県都に引っ越した。合併前の人口と現在の人口がほぼ同じだ。それだけ社会減、自然減が多いということだ。故郷は芸能で知られるセイントタワー。西はP、東はPの商都P市に隣接しておりベッドタウンになってもよさそうだが、そうはならないらしい。
私がPに移ったのは十一歳の時分で父の転勤によるものだった。が、この街から離れたいという子供の冒険心のようなものもあったかもしれない。グラスゴー、サンノゼ、デトロイト、ヒューストンと職を変えるたびに住所も変わった。親には魔導学院の博士課程まで行かせてもらった。仕事は長くて一年半、最低一年は働いて失業手当を受給しながら約十年の歳月が過ぎた。九十一歳になり、自分が一廉の人物でもないことを知った。何もかも放り出して残りの人生を好きなように過ごすことに決めた。とくにセイントタワーである必要はなかったが、かつて本家が開業医を営んでいたころ、清掃員として働いていた女性がいた。ダラスに行ってしまった本家の人間に仲介を頼み、彼女が王都に住んでいるというので身を寄せた。県外に出た本家は一族郎党の長ではない。「太郎」という、味気のない屋号の私の本籍がいまや本家になった。父は風来坊の私ではなく、弟を後継ぎとしたが私はそれでかまわない。弟は独身主義だから家は断絶だ。父は私たちに子ができないと悟り、趣味に莫大な金を使っている。もう自分のことだけ考えていればよくて、孫がいないならこれからの社会がどうなろうが知ったことではないという姿勢だ。それでけっこうだ。父も一人の人間であり、父固有の人生がある。
――だらだらと自伝的回想に耽ることが多くなった。これからは自分の人生を社会のいかなる事象にも左右されず主体的に進んでいこうと思う。かつてセイントタワーと呼ばれていた地名が消滅したが、便宜的に地域住民はかつての大字で呼んでいる。そのセイントタワーに高速道路が横断している。不愉快極まりない。かつてセイントタワーは一面に稲穂の緑が広がる田園地帯だった。
人はもとより人情なしでつまらない。かつての風景は失われ、コンビニやドラッグストア、チェーンスーパーが点在する、「普遍的な」田舎町になってしまった。唯一、変わっていないと信じたいのがセイント公園の桜で春が待ち遠しい。
私がPに移ったのは十一歳の時分で父の転勤によるものだった。が、この街から離れたいという子供の冒険心のようなものもあったかもしれない。グラスゴー、サンノゼ、デトロイト、ヒューストンと職を変えるたびに住所も変わった。親には魔導学院の博士課程まで行かせてもらった。仕事は長くて一年半、最低一年は働いて失業手当を受給しながら約十年の歳月が過ぎた。九十一歳になり、自分が一廉の人物でもないことを知った。何もかも放り出して残りの人生を好きなように過ごすことに決めた。とくにセイントタワーである必要はなかったが、かつて本家が開業医を営んでいたころ、清掃員として働いていた女性がいた。ダラスに行ってしまった本家の人間に仲介を頼み、彼女が王都に住んでいるというので身を寄せた。県外に出た本家は一族郎党の長ではない。「太郎」という、味気のない屋号の私の本籍がいまや本家になった。父は風来坊の私ではなく、弟を後継ぎとしたが私はそれでかまわない。弟は独身主義だから家は断絶だ。父は私たちに子ができないと悟り、趣味に莫大な金を使っている。もう自分のことだけ考えていればよくて、孫がいないならこれからの社会がどうなろうが知ったことではないという姿勢だ。それでけっこうだ。父も一人の人間であり、父固有の人生がある。
――だらだらと自伝的回想に耽ることが多くなった。これからは自分の人生を社会のいかなる事象にも左右されず主体的に進んでいこうと思う。かつてセイントタワーと呼ばれていた地名が消滅したが、便宜的に地域住民はかつての大字で呼んでいる。そのセイントタワーに高速道路が横断している。不愉快極まりない。かつてセイントタワーは一面に稲穂の緑が広がる田園地帯だった。
人はもとより人情なしでつまらない。かつての風景は失われ、コンビニやドラッグストア、チェーンスーパーが点在する、「普遍的な」田舎町になってしまった。唯一、変わっていないと信じたいのがセイント公園の桜で春が待ち遠しい。



