すれ違う僕らは平和を願う

 僕たちはスラム街で育った。当然育ててくれる親なんておらず、残飯を漁ったり、ゴミ捨て場で売れるものを探したりして生活をしている。今日は、盗賊狩りをした。手配書の出ている盗賊を倒して、金品を強奪する。そして、捕まっている人が居れば逃がしてあげる。盗賊は良いものを持ってる事が多いから、収入の少ない僕たちの格好の的にされていた。


「マヒル! 今日の盗賊はいいもの持ってるぞ」
「本当!? じゃあ、今日はお肉でも食べようか」

 絶命している盗賊の胸元から金目の物を取る彼は、幼馴染のダネル。幼い頃から一緒にスラム街で暮らしてきた僕の大切な友人。たまに街の外に出かけては、盗賊を倒して金目の物を取っている。ギルドに盗賊を突き出したって、孤児の僕たちはまともに相手にされないので、こうしてひっそりと金品のみを頂いている。

 太陽が真上から辺りの森を照りつける。昼の時間帯は太陽の光が心地よい。他愛のない会話をしながら、ダネルと一緒に街へと戻った。


 今日はゴミ捨て場を漁っていた。スラム街から程遠くないゴミ捨て場。王国中の全てのゴミが集まると言っても過言ではない。ゴミ捨て場にはまだ使えるものが沢山ある。埋もれている宝を見つけ出すのはとても楽しかった。ゴミは臭いけどね。

「おい、マヒル! こりゃあ売れるぜ!!」
「いいのあったの?」
「ああ! まれに見る綺麗な石だ! 加工すれば女性に売れるぞ」
「じゃあ、今日のご飯は白パンだね」

 ダネルの手には溢れそうなほどの、石が握られていた。こういう綺麗な石は、知人に頼むと綺麗に加工して城下町で売ってくれるのだ。商売なんて出来ない僕たちは、物を買い取ってくれるその知人にとても感謝していた。

 いつものように、麻袋いっぱいに売れる物を詰めると、路地裏にある知人……『カール』の店に行った。カールは腕の良い情報屋で、カール自身が積極的に取りに行く情報は国内限定なのが残念だが、緊急のときは国外の情報屋とも連絡を取って、情報を仕入れてくれる。カールには幾度となくお世話になった。

 盗賊狩りをして得た金品を、換金してくれたり。怪我の手当をしてくれたり。ゴミ捨て場のゴミを換金して加工して、売れた分のお金を僕たちにくれたり。病気になったときは病院を紹介してくれて、診察料もカールが払ってくれた事もある。
 たくさんお世話になったので、国内で物を売るときはカールの店にしか行かないと、暗黙のルールが僕たちの中で出来上がっていた。

 今日の夕ご飯について二人で話していると、あっという間にカールの店に着いた。
 狭い路地裏の一角に佇むカールの店。外見はおしゃれなバーにも見える。金品の買取を表向きでは行っている店だ。情報屋が時折多く集まるので、店の隅には大きな丸テーブルが置いてある。

「カール、居るかー?」
「はーい。お、ダネルくんたちじゃん」

 扉をノックすると出てきたのは、緑髪の青年。眼鏡をかけていて背は高い。身体は細く、少し頼りない印象を受ける青年だ。
 カールに促され、店内へと足を踏み入れる。どさっと音を立てて、ダネルが麻袋をカウンターにおいた。

「今日はいっぱい良いの持ってきたぜ。」
「お、確かにいっぱいあるね。中身確認するよ」

 一つ一つ丁寧に取り出す……ことはなく、一気に中身を出すとカールは近くのルーペで石を丁寧に見ていく。赤や黄色、紫と様々な色をした石。カールは石を一箇所に集めると、後ろからトレーと紙幣を出してきた。

「はい。とりあえず鑑定結果的にこれくらいが妥当だと思う」
「うぇ! やったぞマヒル! これで当分はもつぞ」
「うん。そうだね。カール、ありがとう」
「どういたしまして」

 トレーに置かれていたのは、一週間分のご飯が買えるほどの額だった。お金を半分受け取り、長い間使っている財布に紙幣をしまった。ダネルもお金を受け取ったのを見て、カールに話しかけた。

「カールって本当に気が利くよね」
「ん? 何の話?」
「ダネルは気づいてないと思うけど、いつもお金を半分にしたときに、ぴったり半分に分けられるようにしてくれてるでしょ?」
「なんのことかな?」
「え? マヒルそうなのか!?」
「まあ、聞いてみただけだから。あんまりダネルも気にしないで」

 ちょんと、ダネルを小突くと、彼は悔しそうに「なんでだよー! 気になるじゃねぇか!」と叫んでいた。

 その後は少し話をして、お開きとなった。途中、カールの知り合いの情報屋がやってきて、あまり食べる機会のないお餅をくれた。焼いてある状態だそうで、「二人で仲良く食べてね。」とのことだった。

 人が多くなってきたので、僕とダネルはゴミ捨て場に戻った。少し冷めたが、まだ温かさのあるお餅を食べる。もっちもちで、歯に少しくっついて驚いたが、黙々と食べ進める。一方ダネルは、「歯にくっついたぞ!」とぎゃーぎゃー騒いでいた。

 屋台で買ってきた肉も食べ、お腹いっぱいになった。日は既に沈んでいて、星の光があたりを淡く照らしていた。

 寝心地がよくないが、ゴミ山の上に寝っ転がる。隣にいるダネルに話しかけた。
「ねぇ、ダネル」
「ん? どうした」
「幸せだねぇ」
「そうだな。いつまでもこの幸せが続くと良いな」
「うん」

 ちょうど現れた流れ星に、『いつまでも幸せに暮らせますように』と願った。決して、辛くない訳では無い。親が居ないのも、住む場所がないのも、あまり幸せとは言えないだろう。でも、二人で築きあげてきた日常が、知人と話す時間が、大切な友人と見る星が、何よりも楽しくて幸せで平和なことだと、気づくことができた。

 だから、この生活も悪くないと僕は感じていた。

「おやすみ、ダネル」
「ん、風邪引くなよ」
「ダネルもね。今日はいつもより冷えてるからね」

「「おやすみ」」

 瞼を閉じる直前、流星群が現れた。きっと、明日も良いことがあるだろう、と考えながら、眠りについた。


 未だにゴミ山の寝心地には慣れない。バキバキに凝り固まった身体を軽く動かすと、ダネルを起こした。

「ダーネールー、起きてー」
「んん、あとみょうすこひぃ」
「起きろダネル! お前が普段言わないような可愛い口調で、寝言を言ってんじゃねぇ!」
「はっ、マヒルか」

 ダネルは目覚めるのがすごく遅い。なので、毎朝僕はダネルを起こしているのだ。僕らしくない言葉を使ってしまったが、まあ、許容範囲内だろう。

「今日も、ゴミ漁り行くよ」
「だな。まずは朝飯食うか」

 昨日の残り物の白パンを口に入れる。少し硬くなっていたが、カビの生えたパンに比べると、どれも美味しいというものだ。食後、サクッとゴミ捨て場を一周する。良さそうな場所の目星をつけると、ゴミ漁りを始めた。

 今日は少し気になる場所があったので、ダネルに声をかけると、ゴミ捨て場を離れた。路地裏にある小さいゴミ捨て場。そこにゴミが溜まっているのが、昨日近くを通ったときに気になったのだ。ゴミ捨て場に行くと、鳥に食い荒らされたゴミに混じって、何か骨のようなものが落ちていた。

(なんだろう。これ)

 直径20センチほどの大きな骨。持つとずっしりとしていた。何かの化石かも、と思い急いでダネルのもとに戻ろうと思った。


「ダネル〜! 何かあったよー!」
「まじか! 見せてくれ」

 骨をダネルに渡す。

「あー、確かにこれは骨っぽいな。カールに鑑定を頼むか」
「うん。そうだね。もう少し漁ってから行こうか」

 数時間ほどゴミ山を漁ると、カールの店に向かった。
 カールの店につくと店内には見知った顔の情報屋が居た。といっても、顔は隠れているが。その人は気を使って、席を外してくれた。カールに戦利品と骨を見せる。

「あー、ごめん。これは、魔物の骨じゃないから、うちじゃあ鑑定できないわ。だから、専門の人に回すことになると思う」
「分かりました。ダネルもそれで大丈夫?」
「ああ、問題ねぇ」

 骨はとりあえずカールに任せることにした。他の鑑定品のお金も貰い、二人揃って店を出た。まだ、お昼時で太陽が眩しい。

「マヒル。さっきのやつ、もしかしたら何かのすごい化石かもしれねー!」
「僕も思った! 絶対何かあるよね。もし、化石だったら、僕たちの名前をつけて、それでー」
「魔物図鑑に名前が載って、もしかしたら国から爵位をもらえるかもな」
「それは夢見すぎっだって。でも、ありえないとも言えないよね」

 もし化石なら、僕たちの生活は変わるだろう。あの化石は、大昔の魔物かもしれない、とワクワクした気持ちを胸に秘めながら、鑑定結果を待った。


 それから、数日後。ダネルを尋ねて人がやってきた。相手はマルゾーン公爵という貴族の方らしく、使用人の方がダネルを公爵の元へ連れて行った。カールからもう少しで鑑定結果を伝えられると言われていたので、早くダネルが帰ってくることを願った。

「マヒル兄ちゃん!」
「ベイ! 何かあった?」
「ううん。あのね、もしかしてダネル兄ちゃんは公爵様のよーしになるの?」
「養子?」
「うん。スラムの大人たちが言ってた!」

 ベイ……僕たちと交流のある小さい男の子は、大人たちがもしかしたら、ダネルが公爵の養子になるのではないかと噂をしていると、教えてくれた。ベイの話を聞いて、もしかしたらダネルは化石を見つけた功績を称えられているのかもしれない。と思った。それと同時に、それならどうして僕は呼ばれなかったのだろうか、と不思議に思ったが、ダネルなら僕のことも説明してくれるだろうと思い直すことにした。


 それから1日後。カールの知人に呼ばれ、店へと赴いた。物々しい雰囲気で置かれた骨。カールは一つため息をつくと、話を始めた。

「マヒル。不味いことになった」
「この骨もしかして、ヤバい骨でしたか……?」
「ああ。魔神という人間を嫌う神の骨らしい。しかも、国は魔神召喚を行おうとしていて、この骨を渡せと要求している」
「えっ、ていうことは渡さないと不味いんじゃ……」
「魔神召喚だけは絶対にだめだ! 魔神は人間を嫌っている。召喚されたらこの国がどうなるか分からない。残念ながら国はその危険性を分かっていないらしい。どうやら願いを叶えてもらうとかふざけたことを抜かしているらしい」

 そこで言葉を区切ると、カールは僕の目をしっかりと見た。

「マヒル。頼む。国のために、この骨を封印してほしい! きっとこの骨を持っていたら、お前は国に狙われる。それでも、この国を守るために封印してほしい。国からスラムが良い扱いを受けていないのも知っている。国が助けを出さなかったせいで苦しい思いをしたのも知っている。でも、国のために……いや、俺が住むこの地を守ってほしい! ただ俺がこの地に住み続けたいからって、自分勝手なこと言って、無責任なことを言ってごめん。だけど、俺はこの国を……」

 泣きながら頭を下げるカールの手を僕はそっと握った。

「大丈夫ですよ、カールさん」
「マ、ヒル?」

 カールは少し驚いた顔をした。僕が大丈夫というと思っていなかったのだろう。

「カールさんが愛しているこの国を僕にも守らせてください。僕だって、ダネルと一緒に暮らせなくなるのは嫌ですから」

 自分勝手なお願いでも良かった。だって、カールは真剣に伝えてくれている。泣きながら、自分の願いを叶えてほしい、でも僕を危険にさらす、と伝えてくれた。ちゃんと葛藤して、まっすぐ伝えてくれた。国のためってよりかは、いつもお世話になっているカールのため、ずっと一緒に居てくれたダネルのため。

 僕の覚悟は話を聞いたときから決まっていた。

「封印の方法は分かっているのですか?」

 僕の問いにカールは、目元をハンカチで拭くと眼鏡をかけ直して答えた。

「国外の情報屋にも頼って調べてもらったが、封印できるというのを村の書庫で見た、ぐらいの情報しか得られなかった。骨を国から隠し通す限界も近かったため、十分に裏の取れた情報ではない」
「分かりました。とりあえず、ダネルにこの事を話しても良いですか?」
「大丈夫だ。でも、マルゾーン公爵の所にいるダネルが何をしているのか、こちらも分かっていない。だから、もし彼が話を信じてくれないようなことがあるときは――」


 カールと話してから2週間もの間、ダネルと合うことが出来なかった。骨をカールと僕で交互に持ち、守る。そんな生活を続けていると、2週間も時間が経ち、周りを警戒してダネルを待つのも、限界に近かった。

 朝からカールに朝食を作ってもらい、店の中で食べていると、何やら焦った様子の人が扉を開けて入ってきた。

「カールさん、大変ですっ! ダネルくんが、高価なマントを身に着けてゴミ捨て場近くにきています!」
「ダネルが?」
「あ、マヒルさん。でも、どうやら様子がおかしくて……」
「僕が行くよ。カールさんは何かあるといけないから、店で待ってて。骨は持ってくね」

 骨を持ち、店を出る。朝食は食べていたため、丁度良い満腹感でゴミ捨て場付近へと向かった。
 ゴミ捨て場を囲む門の周りには、騎士や、使用人やら、馬やらが集まっていて、その中心にダネルが居た。深い紫色の髪を持つ彼は、黒に刺繍の入った高価そうなマントを身につけていた。胸元には何かの印の様なものまでつけられていた。

 骨を袋に入れ、腰にぶら下げる。服の下に隠すと、彼の名前を呼んだ。

「ダネル! 久しぶり!」
「……ああ、久しぶりだな」

 少し大人っぽくなり、印象が変わった彼は、ゆっくりとこちらに歩いてきた。僕は手をあげ、ハイタッチをしようとする。その手を彼はガシッと掴んだ。何をしているのか疑問には思ったが話を続けた。

「ダネル、あのね、大変なんだ! あの骨、魔神のものらしくて、それで、封印しないと行けなくて……」

 ダネルだけに聞こえる声で話す。手を話してくれたので、視線を上げると彼は恐ろしいほど冷たい目をしていた。思わず息を呑む。どこか、冷たさを感じるその瞳は僕を拒絶しているようにも見えた。

「骨を持ってるのか?」
「う、うん。持ってるけど、どうして……?」
「渡せ」
「へ?」

 有無を言わさない声色だった。そこで、カールの言葉を思いだす。
――もし彼が話を信じてくれないようなことがあるときは、その時は、走って逃げるんだ。信じてくれないのは、彼が公爵に何か言われたせいだと思って逃げてね――

 まずい、と思った。逃げないと骨を奪われると。でも、ダネルは話を聞いてくれると信じてしまった。だから、僕は話を続けた。

「ダネルがどういう話を聞いたか分かんないけど、魔神が召喚されるとこの国の平和が」
「平和? 平和を望むなら早く渡せ。乱暴なことはしたくない」
「逆だよ! 平和になるためにはこの骨をふうい――」

 思わず声を荒げた。でも、この言葉の続きを彼は言わせてくれなかった。ただ、ため息をつき、困った顔でこう告げた。

「渡さないなら、捕まえて奪う。乱暴されたくなければ渡せ。最後の警告だ」

 数秒の沈黙。そして、僕に骨を渡す意志が無いと判断した彼は縄をマントの中から取り出した。

「捕まえる」

 たった一言。それだけで、彼が僕の話を聞く気が無いことが分かった。僕は走った。ただひたすらに。

(なんでだよ、ダネル! 話を聞いてよ!)

 一度も彼が話を聞いてくれなかったことなんてなかった。いつも真剣に僕の話に耳を傾けてくれた。あんな冷たい目をすることなんてなかった!

 必死に走りながら、荷物を取るために、ゴミ捨て場を駆け回った。嫌だったけど、身体能力が僕より上な彼を撒くために、ゴミを投げつけた。本当はそんなことしたくなかった。でも、しないと捕まってしまう。

 一緒に金品を探したゴミ捨て場。一緒に育ったスラム街。荷物を取って走り逃げると、様々な思い出が脳裏に浮かぶ。一緒にパンを分け合った。一緒に遊んだ。一緒に、一緒に……。僕たちはどんなときも二人一緒だった。

 なのに、なんでこんな事になってしまったんだろう。

 街を出て、森に逃げ込む。獣道を走れば、自然と彼は僕を追ってこなくなった。
 走る速度を緩めて、息を吐く。段々と荒い呼吸が収まっていった。

 頬を撫でる生ぬるい感覚。僕は、泣いていた。
 ただ、彼と平和に暮らしたい。そう伝えたかった。そのために一緒に封印する方法を探そうと伝えたかった。でも、彼は聞いてくれなかった。その事実は思ったよりも僕の心を傷つけていたらしい。

 雲が太陽を隠し、薄暗い森の中で行く宛もなく歩きながら、ひたすらに涙を流した。