僕のわがままな一年。


『律、くん……』

律くんが僕からネズミへ視線を変えた。僕以外にも、この子を可哀そうだと思ってくれたのが、嬉しかった。
ふたりで近くの森へ行き、土砂降りだったけれど石や枝で穴を掘って、なんとかネズミを埋めた。
律くんに釣れられるようにして、僕も手を合わせる。その時に、律くんがちゃんとしている人なんだと、しみじみと感じていた。

『俺は、陽翔のそういうところが、昔から好きなんだ』

『え……』

知らぬ間に、隣で手を合わせていたはずの律くんが僕も見ていた。視線が近いところで交じり、心臓が早鐘を打つ。
自分がどんな顔をしているか定かではないが、律くんはふっと表情を緩めた。
目を細めてなんともいえない眼差しを送られて、じんわりと頬が熱くなる。
僕も、律くんのそういうところが、昔から好きだよ。そう言えたらいいんだけれど、喉に引っかかってダメだった。
弱い立場の人にも分け隔てなく優しくて。すべてを受け入れようとする、器の大きいところとか。はっきり、間違ったことを言葉にできるところとか、そのかっこいい笑顔とか、時折向けてくれる優しい眼差しとか、全部が好きだ、ずっと。
――そのとき、僕は気づいちゃいけない感情に触れた。でも、すぐに雨音が消してくれた。
やっぱり、僕にとって憧れのお兄さんだと思い直せた。だから、律くんが上京してしまったとき、僕は素直に会いたいと思った。〝恋〟じゃなきゃいい、〝憧れ〟なんだからと言い聞かせて。


<ピンポーン!>

過去の記憶にどっぷり漬かっていた僕を、インターホンの音が目覚めさせてくれた。
リリーが知らぬ間に土から出てきて、幹の上によじ登っている。ゼリーを食べているのを確認し、僕は蓋を閉めて立ち上がった。

「はーい、今行きます……!」

直接チャイムを鳴らされて、少しだけ緊張が走る。訪問者はマンションの住人か、管理人さんだからだ。
何かやらかしてしまったのではないかと不安になりながら、恐る恐る玄関の扉を開く。

「お待たせ、しました……」

その瞬間、僕の世界が無音になり、時間も止まったように感じた。
まったく想像していなかった人が、そこに立っていたから。

「隣に越してきた、鳴無です。今日からよろしくお願いします」

さらさらの黒髪、僕より軽く十センチは上にある小顔。均整が取れた引き締まった体。
眼鏡もしているし、前髪が長めだからよく顔は見えないが、その姿、低い声は間違いなく律くんだった。
手に持っていた挨拶の品であろうサランラップを「はい」と差し出され、肩を反射的に跳ね上がってしまう。

「あ、えーと……ありがとうございます。よ、よよよろしくお願いします」

「はい、うるさくしたらすみません。その際は遠慮なく、チャイム鳴らしちゃってください」

ふっと笑った律くんに、どきりと心臓が跳ね上がる。そのフランクな話し方も、彼そのものだ。
彼は僕に気づいていない様子で、もう一度会釈してすぐに隣の部屋に戻そうとする。
こんなことってあるのか。隣に越してきた人が、僕の憧れの人だったなんて……。
というか、てんぱりすぎている自分が気色悪い。サランラップを持つ手も、ガタガタと震えてしまっている。

(って、あんなに仲良かったのに気づいてもらえていないのショックなんですが……!)

「あの、律くんですよね……!」

家に入る直前だった律くんを、僕は思い切って呼び止めた。
動きを止めてこちらを見た律くんは、口を開けて呆気にとられている。

「僕、蒼の弟の陽翔です……! 昔、よく遊んでもらっていた」

「え!?」