ふいに律くんに話しかけられ、僕は動きを止めた。
「いや、全然気にならないよ。逆に僕の物音は、平気?」
「もうひとつ隣の家からはめちゃくちゃ聞こえるけど、陽翔の方からは全く聞こえない。……なんか、想像つかなくてさ。普段、どういう生活してんの?」
「えっと、僕は本当に大学にしか行ってない生活です……。時々大学の友達と遊びに行ったり、カフェで勉強したりしてるけど、基本は飼ってるカブトムシと家に引きこもってるかも」
ありのままを律くんに告げた瞬間、ぶっと噴き出す音が聞こえた。
隣を見ると、律くんが再会してから一番の笑顔を浮かべていて、図らずともきゅんとしてしまった。
「そっか、カブトムシ。好きだもんな、陽翔は。名前はなんていいうの?」
律くんに質問されるまま、リリーの飼育について詳しく答えていく。こうしてリリーにも関心を向けてくれるところが、律くんらしいなぁなんて心の中で思いながら、彼も変わっていない部分もあるのだと安心する。
「あ、僕の話ばかりじゃなくて、律くんのことも教えてよ。普段は、何してるの……? あんまり、夜帰ってきていないよね?」
さりげなく、自然に会話の中に最も知りたかった話題を盛り込んでみる。
僕は全然物音が聞こえないなんてさっき律くんに告げたけれど、実際はそんなことない。
結構、彼の物音で帰ってきている時間を把握しているのだ。
この流れで、別の家があるんじゃないかとか、今日の女性のことととか、ちょっと知りたかった。
すると律くんは大きな豚肉をもぐっと口に含み、咀嚼しながら答えてくれた。
「んー、もう俺はバイトに明け暮れてる感じかな。ほとんど単位取っててさ。紀尾井町で週三くらいでバーテンしてる」
僕は今の言葉で、完全に理解した。なぜ彼が今朝酔いつぶれていたのかを。
「じゃあ、昨日もバイトで結構飲んじゃってた感じなの? で、彼女が運んでくれた感じ……?」
ドキドキしながら、確信に迫る質問を投げてみる。
ふっと目を細めて、少し困ったみたいに笑ったあと、箸を止めた。
「彼女なんてもう何年もいない。今朝介抱してくれてたのは、バイト仲間のミユ。昨日常連さんに捕まって、一緒に飲まされちゃって」
「あ、そうだったんだ……彼女じゃなくて、バイト仲間」
顔がにやつきそうになるのを、必死で耐える。胸の奥に溜まっていたものが、すうっと消えてなくなっていく感じがした。
じゃあ、彼にはセカンドハウスがあるわけでもなく、ただ昼夜逆転の生活をしているということで、僕と真逆の時間帯に動いているということで納得した。
「そっかぁ、紀尾井町ってどこにあるんだろう。全然知らないや……」
聞いたこともない地名だが、スマホで調べたら赤坂にあるらしい。しかも律くんが働いているバーも教えてもらったのだが、そこは超高級ホテルの最上階にあるバーだった。東京の夜景を背景に、ずらりと大量のお酒のボトルが並んでいる。
見るからに富裕層しか集わないようなムーディな赤い照明が、高級そうなソファーやテーブルを照らしている。その世界に、律くんなら自然と馴染んでいるのが想像できた。居酒屋に行くのが精いっぱいの僕とは真逆の世界。
「めちゃくちゃかっこいいな……律くんに、すごく似合ってる。僕も、本気でバイト探さないと」

