世の中には二種類の探偵がいる。
一つは、光の名探偵。優れた観察眼と冴えわたる推理によって真実を見抜く、全人類の憧れの的。
もう一つは、闇の迷探偵。事件解決のためには卑劣な手段もいとわない、恥ずべき存在だ。
残念ながら、わたしは後者の存在だ――
◇
『アリギエーリ家の探偵令嬢、今回も華麗に事件を解決!』
ある穏やかな日の午後。
わたしは学校に行かず、公園のベンチで時間を潰していた。
手にした新聞を見るたびに、大きなため息が出てしまう。一面には、わたしの写真がでかでかと掲載されていた。
華麗に事件を活躍、か。
それが事実であれば、どれほどよかっただろう。
世は大探偵時代。
科学の発展で社会が豊かになった一方で、貧富の差は拡大している。
特に、ここ百年は凶悪犯罪の発生件数が飛躍的に増加していた。
その中でも殺人事件の増加は著しく、いまや天寿を全うできる人間の方が珍しいほどだ。
犯行の手口もどんどん巧妙化していき、警察だけでは対応が困難になった。未解決事件は多い時で年百件ほど発生している。
事実は小説よりも奇なり、ということで推理小説やドラマも完全に衰退してしまった。
そのような人類史暗黒の時代に颯爽と現れたのが、「探偵」という職業だ。
探偵は、現場に残されたわずかな手がかりから、あっという間に事件の真相を見抜いた。彼らの鮮やかな手腕は、荒廃していた人々の心に一筋の希望を与える。
以降、探偵の数は爆発的に増加していく。探偵という職業が社会的なステイタスとなり、いつの間にか、上流階級のほとんどが探偵一族で占められていた。
わたしの家も代々多くの名探偵を輩出しており、イタリアではアリギエーリ家の名を知らない者はいない。両親と兄も、探偵として数多くの事件を解決している。
当然、わたしも名探偵になるべく教育されてきたが……これが全然ダメだった。
そもそも、わたしはあまり頭がよくない。記憶力と観察力が人並以下で、いくら頑張ってても自力で真相にたどり着くことができないのだ。
名門探偵一族のおちこぼれ。それがわたしだった。
では、わたしがどのように事件を解決したのかというと――
◇◇◇
それは、山奥にある古い洋館で起きた殺人事件だった。
殺害された主人から招待を受けて館に滞在していたわたしは、現場唯一の探偵として、事件解決のために指揮を執っていた。
事件発生から五日後。わたしは応接間に全員を集めた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。これから、この館で起きた惨劇の真相をお話ししていきたいと思います」
この場にいるのは、私含めて十人。
事件当日から降り始めた大雨のせいで、宿泊者たちは館から出ていくことができなかった。山奥で携帯の電波も届かず、助けも呼べない。殺人鬼と一緒に閉じ込められた宿泊者たちは、不安とイライラのピークを迎えていた。
皆の前に立ったわたしは、その場にいる全員と一人ずつ目を合わせていく。
「探偵さん、まさか犯人がわかったのか!? もったいぶらずに早く教えてくれよ」
「そうよ! こんなところにずっと閉じ込められていたら、頭がおかしくなっちゃうわ!」
「まあまあ、焦らずに。順番に説明していきますから、落ち着いてください」
そう言って、わたしは皆をなだめる。
「いいですか。今回の事件の真相はですね――」
皆が固唾を吞んで見守る。
わたしは、もったいぶるかのように一呼吸置いた。仕草だけは優雅に、名探偵らしく映るように心がけているのだ。
「――わかりません」
『はあ!?』
全員の声が綺麗に重なる。
宿泊者の中でも一番血の気の多そうな男が、額に青筋を立ててわたしに詰め寄ってきた。
「おい、あんた探偵なんだろ? わからないってどういうことだよ!?」
「言葉通りの意味です。一生懸命考えましたが、わたしの頭では全くわかりませんでした」
「ふざけんじゃねえぞくそが!!」
興奮した男がわたしに殴りかかってくる。
わたしは体をひねって拳をかわすと、バランスを崩した男の足を払う。激しく床に叩きつけられた男は、意気消沈したのか、急激におとなしくなった。
「――というわけですので、心当たりのある方はご自分で名乗り出てください。皆さんだって早く帰りたいでしょう? ご協力いただけるとありがたいのですが……」
再び全員の顔を一人ずつ眺める。ほとんどの人に視線をそらされた。
こういう時、わずかな表情の変化に気づくことができれば話は早いが……つくづく自分の無能さが憎い。
しばらく待ったが誰も名乗り出てくれなかったので、わたしは最終手段に訴えることにした。
スカートのポケットからあるものを取り出す。
「……探偵さん? なんだそれは」
「爆弾のスイッチです」
『爆弾!?』
またまた見事に全員の声が重なる。仲が良くて結構。
「ここに来た日、わたしは館の周囲に爆弾を仕掛けました。このまま犯人が名乗り出ないのであれば、あなたたちごとこの館を爆破します」
「おいおい、何言ってんだよ探偵さん。そんなことをしたらあんただって死ぬぞ?」
誰も本物の起爆装置だと信じていないようだ。
わたしは一つ目のボタンを押した。
――ドオオオオオン!!
轟音とともに館全体が揺れ、皆は悲鳴を上げて床に倒れ込んだ。そんな彼らを見下ろし、わたしは告げる。
「今爆発させたのは離れです。次は本館を爆破させますよ――そうしたら、皆さんも木っ端みじんになりますね?」
「まじかよ、こいつ! 本気で俺たちを殺すつもりか!?」
「犯人よりもいかれているわ!」
一同はすっかり怯えてしまった。皆、危ない人を見るような目をわたしに向けてくる。中にはスイッチを奪おうとしてきた勇気ある人々もいたが、それらすべてを拳で黙らせた。
わたしの笑み(念のため言っておくと、これは演技だ)に狂気を感じたのか、それとも黙っていたらさらに殴られると思ったのか。それから数分もしないうちに犯人が名乗り出てきた。自分から動機や犯行方法も語り出し、事件は無事、解決となる。
◇◇◇
――とまあ、こんな感じだ。
ちなみに、犯人は最初に殴りかかってきた男だった。
彼は殺害された主人の親族で、遺産狙いで犯行を起こしたそうだ。だから館が爆破されるのは避けたかったのね。
これはいつものことだが、関係者やマスコミに対しては、口封じとして両親から多額の現金が支払われている。でなければ、『今回も華麗に事件を解決!』なんてふざけたこと書けるはずがない。
なお、今回はやや乱暴な手段に訴えてしまったが、普段はここまで過激なことはしない。
もしスマホが通じるのであれば、通話かトークアプリで兄に真相を教えてもらっている(後で死ぬほど嫌味を言われるが)。他の探偵がいれば、お金の力で平和的に手柄を譲ってもらう。
だが、平和的な解決ができない場合は、どうしても先日のような手段を取らざるをえない。
たとえば、その場にいた人間を一人ずつ別室に呼び出し、「お話」するとか。皆がいる部屋を施錠して鍵を隠すとか。ひどい時には、容疑者の家族を人質にとり、犯行方法を自白させることもあった。
もはやどちらが犯人かわからないことも多いが、わたしにとっては、事件を解決できたという結果こそが何よりも重要だった。そのためには手段は問わない。
当然のごとく探偵界でのわたしの評判は悪いが、それはもうあきらめていた。両親も、最低限事件を解決できさえすればよいと言っている。わたしが事件を解決したという記録が残れば、家の功績にはなるから。
誰もわたしに期待しない。わたし自身ですら、自分の能力が信用できなかった。きっと死ぬまで似たような状況の繰り返しだろう。もううんざりだ、こんなの。
わたしだって、自分に探偵の才能がないことは重々承知している。できれば今すぐにでも引退して、事件とは無縁の生活を送りたい。
だが、この身を蝕む『死神体質』は、平凡な暮らしを許してくれなかった。
世の探偵たちと同様に、わたしの行く先々では常に殺人事件が発生する。ひとたび事件に遭遇してしまえば、名門アリギエーリ家の名誉のため、解決に動かざるをえないのだ。
ついでに言うと、殺るか殺られるかの状況で、仕方なく犯人を捕らえることも珍しくない。
そのため、探偵の活躍に熱狂している一般人たちも、普段は探偵との接触を極端に避けていた。
わたしも、学校では誰からも話しかけられない。それどころか、目が合うだけで怯えられる始末だ。だからなんとなく居づらくて、今日のように休んでしまう日もあった。
わたしに探偵の才能は全くないのに、世界はわたしを探偵としてみなしている。
あぁ、神とはなんて残酷なのか。
ふと、スマホが震えて我に返る。
確認すると、トークアプリの通知が怒涛のごとく画面を流れていった。
送り主は兄だ。内容はきっと、いつものような小言だろう。うちの兄上はねちっこい性格で、やたらと話が長い。
現実から目を背けようとして空を見上げると、もう夕方になっていた。
「帰ったら兄さんに怒られるかな……嫌だなあ」
腰は重いが、探偵という職業は命を狙われることも多い。善良な人々にとっては頼もしい存在でも、犯罪者からすると邪魔者なのだ。外が明るいうちに帰るべきだろう。
とぼとぼとうつむきながら歩いていると、芝生の中にあるものを発見した。
「あ、フェアリーリングだ」
白っぽいキノコが環状に生えている。大きさは直径十センチくらいか。
そういえば、フェアリーリングは異世界への入口だと考えられている、と昔読んだ本に書いてあった。
「……異世界、か」
ここではない、どこか別の場所。
例えば、殺人事件が起きず、探偵も存在しない、平和な世界。
もしそんな場所が本当にあるのなら、わたしは今の生活を失っても構わない。
理想の世界に思いをはせつつ、わたしはフェアリーリングの中に足を踏み入れ――気がつくと、本当に異世界へと飛ばされていた。
一つは、光の名探偵。優れた観察眼と冴えわたる推理によって真実を見抜く、全人類の憧れの的。
もう一つは、闇の迷探偵。事件解決のためには卑劣な手段もいとわない、恥ずべき存在だ。
残念ながら、わたしは後者の存在だ――
◇
『アリギエーリ家の探偵令嬢、今回も華麗に事件を解決!』
ある穏やかな日の午後。
わたしは学校に行かず、公園のベンチで時間を潰していた。
手にした新聞を見るたびに、大きなため息が出てしまう。一面には、わたしの写真がでかでかと掲載されていた。
華麗に事件を活躍、か。
それが事実であれば、どれほどよかっただろう。
世は大探偵時代。
科学の発展で社会が豊かになった一方で、貧富の差は拡大している。
特に、ここ百年は凶悪犯罪の発生件数が飛躍的に増加していた。
その中でも殺人事件の増加は著しく、いまや天寿を全うできる人間の方が珍しいほどだ。
犯行の手口もどんどん巧妙化していき、警察だけでは対応が困難になった。未解決事件は多い時で年百件ほど発生している。
事実は小説よりも奇なり、ということで推理小説やドラマも完全に衰退してしまった。
そのような人類史暗黒の時代に颯爽と現れたのが、「探偵」という職業だ。
探偵は、現場に残されたわずかな手がかりから、あっという間に事件の真相を見抜いた。彼らの鮮やかな手腕は、荒廃していた人々の心に一筋の希望を与える。
以降、探偵の数は爆発的に増加していく。探偵という職業が社会的なステイタスとなり、いつの間にか、上流階級のほとんどが探偵一族で占められていた。
わたしの家も代々多くの名探偵を輩出しており、イタリアではアリギエーリ家の名を知らない者はいない。両親と兄も、探偵として数多くの事件を解決している。
当然、わたしも名探偵になるべく教育されてきたが……これが全然ダメだった。
そもそも、わたしはあまり頭がよくない。記憶力と観察力が人並以下で、いくら頑張ってても自力で真相にたどり着くことができないのだ。
名門探偵一族のおちこぼれ。それがわたしだった。
では、わたしがどのように事件を解決したのかというと――
◇◇◇
それは、山奥にある古い洋館で起きた殺人事件だった。
殺害された主人から招待を受けて館に滞在していたわたしは、現場唯一の探偵として、事件解決のために指揮を執っていた。
事件発生から五日後。わたしは応接間に全員を集めた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。これから、この館で起きた惨劇の真相をお話ししていきたいと思います」
この場にいるのは、私含めて十人。
事件当日から降り始めた大雨のせいで、宿泊者たちは館から出ていくことができなかった。山奥で携帯の電波も届かず、助けも呼べない。殺人鬼と一緒に閉じ込められた宿泊者たちは、不安とイライラのピークを迎えていた。
皆の前に立ったわたしは、その場にいる全員と一人ずつ目を合わせていく。
「探偵さん、まさか犯人がわかったのか!? もったいぶらずに早く教えてくれよ」
「そうよ! こんなところにずっと閉じ込められていたら、頭がおかしくなっちゃうわ!」
「まあまあ、焦らずに。順番に説明していきますから、落ち着いてください」
そう言って、わたしは皆をなだめる。
「いいですか。今回の事件の真相はですね――」
皆が固唾を吞んで見守る。
わたしは、もったいぶるかのように一呼吸置いた。仕草だけは優雅に、名探偵らしく映るように心がけているのだ。
「――わかりません」
『はあ!?』
全員の声が綺麗に重なる。
宿泊者の中でも一番血の気の多そうな男が、額に青筋を立ててわたしに詰め寄ってきた。
「おい、あんた探偵なんだろ? わからないってどういうことだよ!?」
「言葉通りの意味です。一生懸命考えましたが、わたしの頭では全くわかりませんでした」
「ふざけんじゃねえぞくそが!!」
興奮した男がわたしに殴りかかってくる。
わたしは体をひねって拳をかわすと、バランスを崩した男の足を払う。激しく床に叩きつけられた男は、意気消沈したのか、急激におとなしくなった。
「――というわけですので、心当たりのある方はご自分で名乗り出てください。皆さんだって早く帰りたいでしょう? ご協力いただけるとありがたいのですが……」
再び全員の顔を一人ずつ眺める。ほとんどの人に視線をそらされた。
こういう時、わずかな表情の変化に気づくことができれば話は早いが……つくづく自分の無能さが憎い。
しばらく待ったが誰も名乗り出てくれなかったので、わたしは最終手段に訴えることにした。
スカートのポケットからあるものを取り出す。
「……探偵さん? なんだそれは」
「爆弾のスイッチです」
『爆弾!?』
またまた見事に全員の声が重なる。仲が良くて結構。
「ここに来た日、わたしは館の周囲に爆弾を仕掛けました。このまま犯人が名乗り出ないのであれば、あなたたちごとこの館を爆破します」
「おいおい、何言ってんだよ探偵さん。そんなことをしたらあんただって死ぬぞ?」
誰も本物の起爆装置だと信じていないようだ。
わたしは一つ目のボタンを押した。
――ドオオオオオン!!
轟音とともに館全体が揺れ、皆は悲鳴を上げて床に倒れ込んだ。そんな彼らを見下ろし、わたしは告げる。
「今爆発させたのは離れです。次は本館を爆破させますよ――そうしたら、皆さんも木っ端みじんになりますね?」
「まじかよ、こいつ! 本気で俺たちを殺すつもりか!?」
「犯人よりもいかれているわ!」
一同はすっかり怯えてしまった。皆、危ない人を見るような目をわたしに向けてくる。中にはスイッチを奪おうとしてきた勇気ある人々もいたが、それらすべてを拳で黙らせた。
わたしの笑み(念のため言っておくと、これは演技だ)に狂気を感じたのか、それとも黙っていたらさらに殴られると思ったのか。それから数分もしないうちに犯人が名乗り出てきた。自分から動機や犯行方法も語り出し、事件は無事、解決となる。
◇◇◇
――とまあ、こんな感じだ。
ちなみに、犯人は最初に殴りかかってきた男だった。
彼は殺害された主人の親族で、遺産狙いで犯行を起こしたそうだ。だから館が爆破されるのは避けたかったのね。
これはいつものことだが、関係者やマスコミに対しては、口封じとして両親から多額の現金が支払われている。でなければ、『今回も華麗に事件を解決!』なんてふざけたこと書けるはずがない。
なお、今回はやや乱暴な手段に訴えてしまったが、普段はここまで過激なことはしない。
もしスマホが通じるのであれば、通話かトークアプリで兄に真相を教えてもらっている(後で死ぬほど嫌味を言われるが)。他の探偵がいれば、お金の力で平和的に手柄を譲ってもらう。
だが、平和的な解決ができない場合は、どうしても先日のような手段を取らざるをえない。
たとえば、その場にいた人間を一人ずつ別室に呼び出し、「お話」するとか。皆がいる部屋を施錠して鍵を隠すとか。ひどい時には、容疑者の家族を人質にとり、犯行方法を自白させることもあった。
もはやどちらが犯人かわからないことも多いが、わたしにとっては、事件を解決できたという結果こそが何よりも重要だった。そのためには手段は問わない。
当然のごとく探偵界でのわたしの評判は悪いが、それはもうあきらめていた。両親も、最低限事件を解決できさえすればよいと言っている。わたしが事件を解決したという記録が残れば、家の功績にはなるから。
誰もわたしに期待しない。わたし自身ですら、自分の能力が信用できなかった。きっと死ぬまで似たような状況の繰り返しだろう。もううんざりだ、こんなの。
わたしだって、自分に探偵の才能がないことは重々承知している。できれば今すぐにでも引退して、事件とは無縁の生活を送りたい。
だが、この身を蝕む『死神体質』は、平凡な暮らしを許してくれなかった。
世の探偵たちと同様に、わたしの行く先々では常に殺人事件が発生する。ひとたび事件に遭遇してしまえば、名門アリギエーリ家の名誉のため、解決に動かざるをえないのだ。
ついでに言うと、殺るか殺られるかの状況で、仕方なく犯人を捕らえることも珍しくない。
そのため、探偵の活躍に熱狂している一般人たちも、普段は探偵との接触を極端に避けていた。
わたしも、学校では誰からも話しかけられない。それどころか、目が合うだけで怯えられる始末だ。だからなんとなく居づらくて、今日のように休んでしまう日もあった。
わたしに探偵の才能は全くないのに、世界はわたしを探偵としてみなしている。
あぁ、神とはなんて残酷なのか。
ふと、スマホが震えて我に返る。
確認すると、トークアプリの通知が怒涛のごとく画面を流れていった。
送り主は兄だ。内容はきっと、いつものような小言だろう。うちの兄上はねちっこい性格で、やたらと話が長い。
現実から目を背けようとして空を見上げると、もう夕方になっていた。
「帰ったら兄さんに怒られるかな……嫌だなあ」
腰は重いが、探偵という職業は命を狙われることも多い。善良な人々にとっては頼もしい存在でも、犯罪者からすると邪魔者なのだ。外が明るいうちに帰るべきだろう。
とぼとぼとうつむきながら歩いていると、芝生の中にあるものを発見した。
「あ、フェアリーリングだ」
白っぽいキノコが環状に生えている。大きさは直径十センチくらいか。
そういえば、フェアリーリングは異世界への入口だと考えられている、と昔読んだ本に書いてあった。
「……異世界、か」
ここではない、どこか別の場所。
例えば、殺人事件が起きず、探偵も存在しない、平和な世界。
もしそんな場所が本当にあるのなら、わたしは今の生活を失っても構わない。
理想の世界に思いをはせつつ、わたしはフェアリーリングの中に足を踏み入れ――気がつくと、本当に異世界へと飛ばされていた。
