フォーティーンオブジエンド

 ところでわたしは『13歳のハローワーク』という本が大嫌いだ。ああいういい年こいた大人が「自分はなんでも知ってますよ(笑)」という訳知り顔をして書いた文章が嫌い。人間の人生は一本のレールの上を走らされているのではなく、社会情勢やら人間関係やらに左右されている。一つの型にあてはめて、まるで医者が間者に病名を告げるかのように断定してはならない。わたしより早く生まれただけだってのに偉そうですね。
 わたしは小説家になりたかった。同世代のどんな人よりもきちんと本を読んでいて、それなりに《《巧く》》書けるという自負がある。だからわたしはいろんな文学賞やらコンクールやらに応募していたが、言葉の機微が理解できない阿呆な下読みにばかり当たって、敗北していた。こういうのは数打ちゃ当たるのだ。わたしの才能を読み取る天才に当たるように、毎回祈っている。祈られる側の神もそろそろ飽きている頃合いだろう。次こそは、必ず。
 頭でっかちの作家大先生が書いた『13歳のハローワーク』とかいう本の小説家の項目には、今なるべきではない、という主旨の内容が記されていた。大先生は自らの立場が揺らぐのを恐れている。巷でウワサの小説投稿サイトでは、若い作家を囲い込もうとして、参加条件に年齢制限を設けた賞を開催しているではないか。わたしはこのような動きを歓迎している。青田買い、いい響きだ。他の小説投稿サイトや出版社にも開催してほしい。
 じじばばになって、人生の経験を積んでからではないと執筆できない物語があるのだとすれば、その逆もまた然りだ。あなたが若い頃ならいざしらず、この時代、歳をとってからも執筆に人生の余力を充てられるような人間ばかりではない。わたしの時間だけが過ぎていくのではなく、周りの人間の時間だって平等に過ぎているのだ。いずれわたしの母親だって膝を壊したり、腰を痛めたりする。父方の祖父母の介護に奔走している姿を見ていると、例えば三十年後のわたしがこうはならないとは言い切れない。大先生は男でいらっしゃるから、このような苦労はなく、また、自らは支えられて当然と思い込みながら日々を過ごしているのでしょう。それはそれで結構。大いに結構だ。わかったような口をきかずに、さっさと黙ってほしい。

 *

 こんなわたしにも気になる異性ができた。これまで斯様な色恋沙汰とは無縁の人生であり、本だけが唯一の友である。本は多くを語り、わたしの知らない世界を見せてくれる。くだらないSNSの話題を共有するような同世代と時間を浪費するよりも、はるかに有意義だ。

「――あの!」

 話しかけてきたのは向こうから。男子に声をかけられることなんて滅多にないので、最初はわたしに話しかけたのではなく、別の人に対してだと思い、そのまま歩き去ろうとした。

「二年二組の、志方(しかた)さん?」

 立ち止まる。志方はわたしの苗字だ。このタイミングでようやく、話しかけてきた男子の顔を見た。わたしは人の顔を覚えるのが苦手だ。小説の登場人物の名前と立場を覚えておくことはできるのに、現実の人の顔はなかなか覚えられない。興味がないから、覚えられる領域を狭くしているのだろう。空いたスペースを小説の文章理解に費やしている。

「何?」

 一個下なんて小学校から上がってきたばかりでまだ子どもだ。同い年のクラスの男子もまだガキっぽい。休み時間に教室の中を走り回るなんて、あり得ないでしょ。走りたいなら校庭を走ってくればいいじゃない。

「ちょっといいすか?」

 背が高いから三年生の先輩、のようにも見える。だとすると、一学年下のわたしを呼び止める理由が思い当たらない。図書室から出てきたばかりで、借りた本を抱えているわたしを。

「こう見えて、急いでるんですけど」

 暇そうに見えたのだとしたら心外だ。わたしは忙しい。借りている本には返さねばならない期限が設けられている。図書館で借りた本を、今週末までに三冊読み切らないといけない。人気のシリーズだから、一回返したら次に借りられるのはいつになることやら。こんな場所で無駄な時間を過ごしていてはいけない。わたしは失礼しますの意を込めて頭を下げて、階段に向かう。

「歩きながらでもいいや」

 男子はついてきた。でもいいや、ってなんだろう。ちっともよくない。わたしはいよいよムカついてきて、早足になる。

「オレも先週、その本を借りたんすよね。まさか犯人が、」
「言わないでもらえます?」

 立ち止まった。コイツのせいで二回も立ち止まらされている。

「こわっ」
「推理小説の犯人を読んでいない人にバラすのは、万死に(あたい)する重罪ですよ!」

 ついつい声を張り上げてしまった。まだ校舎内に残っていた他の生徒たちが、驚いてこちらに視線を向けてくる。わたし、それから、隣の未遂犯に注目が移って、見てはいけないようなものを見たような目をして逃げていった。

「そうすか。なら、読み終わったらメールくれる?」
「はい?」
「謎の罪状を増やしたくないんで」

 ケータイの画面を見せられている。連絡先だ。男子からこうやって連絡先を教えられるのって初めてだ。女子からもない。父親はわたしに「必要だろうから」とケータイを持たせてくれたけど、必要になったことなんてこれまで一度もなかった。メールボックスには、たまに迷惑メールが届く。

「了解、です……」

 画面を開いたままのケータイを受け取り、借りてきた本をいったん床に置いた。制服のポケットに入れっぱなしのケータイを取り出して、電話帳を開き、おぼつかないテンキー入力でメールアドレスを打ち込む。家で小説を書くときはお下がりのパソコンを使っているから、キーボード入力は早い。ケータイでぽちぽちとボタンを押すのには一向に慣れない。

「電話をかけてきてもいいからね?」

 不慣れなのがバレて、わたしの体温はかぁっと上昇した。押しつけるようにしてケータイを返し、その場から逃走する。……はっきりとした学年すらわからないまま。

(読まなきゃ!)

 全速力で走って帰宅したわたしは、過去最高の読書スピードで借りてきた本を読んだ。返却期限が迫っている図書館の本を優先すべきなのはわかっている。わかっているのに、借りてきたばかりの推理小説を読み始めてしまった。いつもならば二、三日かけて丁寧に読み込むのに、あっという間に最終ページまでたどり着く。

 面白かった。面白かったのだが、本の内容よりも初めて送るメッセージの方に頭を悩ませる。

 どんな難解なミステリーよりも、この恋は難しい。
 始め方も、終わり方も。