憧れのおねえさまは華麗に素敵な嘘を吐く~大正公爵令嬢×隻眼海軍少尉の秘密の花園~

「ようことの儀式をおねえさまに?」

 思わぬ申し出に、私は震えました。
 あんな妄言をおねえさまが覚えていて、実現する機会をくださるなんて。

 夢のような展開に、こころが軽やかに踊ります。

 しかし、見知らぬ方に儀式をするということは、私が吸血鬼だと白日の下に晒すということ。
 成り上がり貴族の中には、貴族が吸血鬼だという歴史的事実を知らない普通の人間もいるはずですし、一般的には吸血鬼は恐ろしい魑魅魍魎の類いです。

(どうしたらいいのでしょう?)

 気弱な私はこの問題から逃げたくて、できるだけ向こう側に顔をそむけました。

「できません。」

「できないのなら、ニセモノだよ。」

 おねえさまは興ざめしたらしく、麻縄で縛り上げられている私を置いてスッと立ち上がると部屋から出ていこうとしました。

「待ってください!」

 私は精いっぱい声を張りあげました。

「お、置いていかないで!」

「キミは、どうしたいの?」

「縛られて身動きができないのです。
 私のすぐ近くまで来て、首を見せてもらえますか?」

 おねえさまは驚いたような顔をされましたが、すぐに私に近寄ってくださいました。
 それから着ていた黒のとっくりセーターの布を下にめくって、白い首をみせました。

「これでいい?」

「痛いかもしれませんが、ごめんなさい。」

 私は観念をして、白い牙を剥きました。
 ついに、憧れたおねえさまの首筋に鋭い自分の犬歯を立てたのです。

「ッ…!」

 深く噛んだ時、おねえさまが暗闇のなかで低く喘ぎ声を上げました。
 目をギュッと閉じると厚ぼったい涙袋が押し上げられて、切れ長の目じりは微かすかにきらめきます。

 おねえさまの血が口腔に流れ込み、私は驚いて口を離しました。
 熱くてほろ苦い血潮が濃密に口の中で跳ねまわります。

(これは…人間の血ではない!)

 首に手を当てるおねえさま見ながら、私の目は涙で潤みました。

「おねえさまも私と同族なの…⁉」

「父は勲功華族だけど、母は公家華族の出なんだ。
 だからボクにもヴァンパイアの血が半分流れているのさ。
 みつきの儀式の話を手紙で見た時に、もしかしてとは思っていたんだが。」

「良かった…!」

 私は脱力して膝をつきました。
 
「みつき。」

 おねえさまが私の名を、優しく呼びました。

「本当にみつきなんだね。夢みたいだ。」

 そう言うと、そっと身体を優しく抱き寄せてくれました。 
 おねえさまの身体から薔薇のにおいがして、私はこの甘美な時間が現実なのかを考えました。

 私の身体を戒める麻縄にふれると、おねえさまはうなだれました。

「いじわるなことを言ったりしてごめんね。ボクに幻滅した?」

 私は赤い鼻をすすりながら首を振りました。
 どんないじわるをされても、おねえさまに幻滅なんてできるわけがありません。

 おねえさまは私の縄をほどいて畳に座らせました。
 それから、私の手首に残った赤い跡を見て、いつの間にか用意されていた氷のうで丁寧に冷やしてくれました。

「驚いてしまったんだ。
 突然、【みつき】と名乗る可愛らしい少女が目の前に現れて、しかも若い男と一緒に居たから。
 嬉しさと嫉妬を同時に経験したのは、生まれて初めてだ。」

 とんだ浅はかな行動。
 私はおねえさまの気持ちも考えずに、ただ自分の欲望を優先してしまったことを深く恥じました。

「ご心配をおかけしてゴメンなさい!
 もう二度と、おねえさまに秘密は作りませんし、勝手な行動は取りません!!」

 床に伏せるように土下座した私を起こすと、おねえさまは頭を撫でてくださいました。

「せっかくみつきが訪ねてくれたのに、変に勘ぐったボクもどうかしてたよ。
 許してね。」

 私は感極まって、涙を流しました。

「おねえさまが世界でいちばん大好きです。」

「ボクもみつきを愛してるよ。」

 そう言うと、おねえさまは私の頬にその頬をすり寄せました。

(ああ、夢みたい!)

 想像をはるかに超えるおねえさまの【純愛】を受けて、私はもう、本当にいつ死んでもいいと思えました。

 ♢

 ゴーンゴーンと柱時計の時打が鳴り響き、おねえさまがそちらに顔をあげました。

「遅くなってしまったね。今日はもうおうちにお帰り。車を用意しよう。」

 私は部屋を出ようとなさるおねえさまの腕にすがりました。

「あのッ。
 私は今まで通り、こちらに手紙を出してもいいのでしょうか?」

 白亜岬での出来事を話すか迷いましたが、私はこれ以上おねえさまにご心配をかけることはできないと思い、そのことは胸に秘めることにしました。

「そういや、盗難があったから不安だね。」

 おねえさまは少し考えると「ちょっと待ってて」といい、部屋を出てまたすぐに戻ってきました。

「手を出して。」

 言われた通りに手のひらをみせると、乗せられたのは小さな紙きれでした。

「錦町郵便局の私書箱の番号だよ。ここに出すなら誰にも手紙を盗られる心配はないでしょう。」

 私は文通を続けられることにホッとしました。
 最近では電話という手もあるのでしょうけど、やはり秘密のシスタア同士の会話は家族に聞かせたくはありません。

 私は部屋を出る前に、おねえさまを熱っぽく見上げました。

「また、近いうちにお会いしてくださいますか?」

「もちろん。今度は罰したりしないよ。」

 言葉を失う私を見て、おねえさまはクスクスと笑いました。

「みつきが望むならいくらでも縛るけどね。」 

「からかうなんて、ひどいわ。」

「怒るすがたも可愛い、みつきが悪いんだよ。」

 両手で顔を覆った私の耳元に、おねえさまはそっと囁きました。

「次に会ったら【儀式】を、今度はボクからみつきにシてもいい?」

 私は頬を赤らめてコクリと頷きました。