憧れのおねえさまは華麗に素敵な嘘を吐く~大正公爵令嬢×隻眼海軍少尉の秘密の花園~

 夢のなかの私は七歳の少女になっていました。
 それは、繰り返し見ている悪夢のこと。

 わかっているのに。
 嫌なのに…。

 また同じ行動をしてしまうジレンマに焦がれながら、私は夢を見続けます。


 ✛✛✛

 学校からの帰り道。

 ご近所の友だちと交差点でさよならをして、私は一人で歩いています。
 木の枝で塀をたたきながら歩いていると、ふいに声をかけられてうしろを振り向きます。

「すみません。」

 肩にかかるくらい髪が長くて眼鏡姿の若い男性が、両手を合わせてペコリと頭を下げていました。
 知らないおにいさまでしたが、私は足を止めました。

 若い男性はたどたどしい言葉で私に尋ねてきます。

「駅には、どう行きますか?」

 まわりには、頼れる大人は誰もいません。
 私は幼いながらも必死に考えました。

『この人のお役に立ちたい』

 いっしょうけんめいに身ぶりを交えて教えようとしとしましたが、若い男性は悲しそうに首を横に振りました。
 そして、地面に落ちていた木の棒で土の地面を引っかいて字を書きました。

「かいて。」

 幼い私はようやく理解しました。

(ああ、喋ることができるけど耳が不自由な方なのですね。)

 私は持っていた木の枝で、駅までの道を図にして書きました。

「わかりますか?」

 木の枝を男性に渡すと、今度は理解してもらえたようです。

 にっこりした男性は「ありがとう。きみのなまえ、おしえて。」と地面に書きました。

「みつき。」

 私がまた木の枝で名前を書くと、男性もその横に書いていきました。

「みつき、すきだ。」

「⁉」

 その言葉を読んだ瞬間、私は頭が混乱しました。
 若い男性は私を強く胸に抱きしめました。

 それから私の背中を撫で回すとその手がしだいに着物のわれ目へと伸び、太ももをつかんだのです。

 ゾッとして見上げると、男の口元に白い牙のようなものが…。

「イヤッ!」

 私は力いっぱい両手を伸ばして男性を突き飛ばしました。
 不意をつかれた男性がよろけたスキに、がむしゃらに走り出します。

 私は時折、後ろを振り返りながら家とは反対方向に逃げて、なるべく回り道をしてから帰路に着きました。

 自分の部屋に戻った後も、だまされた悔しさと大人の男性のいやらしさが、いつまでも頭の中にこびりついて離れません。

(こわい!こわい!こわい‼)

 私はこのできごとは誰にも話せずに、無理やり記憶の奥底に閉じこめました。
 年月が経つごとに記憶はうすれて、若い男性の顔も夢の内容もおぼろげになってきましたが、私の男性不審はこの日から始まったと悪夢を見るたびに思いしらされるのでした―。

 ✛✛✛

「起きて。」

 熱い吐息とともに、耳元で誰かがささやきました。
 それから鼻先を毛のようなもので撫でられているような気配に、私はくすぐったくて身をよじりました。

(寝ている間にこんなイタズラをするのは誰でしょう。)

 悪夢から解きはなたれてホッとする反面、私は身体が痺れてまぶたも重く、起きるのがおっくうでした。

(女中のひな子は、こんなイジワルはしないのに。)

 そう考えてから気づきました。
 ここは、私の部屋ではないのです。

「ハッ!」

 思いきって目を開けると私は暗い和室の布団に寝かせられていました。
 そして、月明かりに左半分を照らされた美しい女性が、至近距離で私をのぞきこんでいたのです。

 柔らかそうな薄黄色のショートカットの髪、白い肌に彫りのふかい顔立ち、物憂げなふたえの瞳、左目の目尻の泣きぼくろ、かすかにキュッと上がった口角。

「もしかして、うららおねえさまですか?」

 美しい女性は闇の中でかすかにうなずきました。

(や、やっぱり!)

 私は感極まって泣きました。熱い涙がポロポロとこぼれて止まりません。

「会いたかったです!」

 おねえさまに近づこうとして、私はおかしなことに気がつきました。
 手足が麻縄でグルグルと縛られていて、身体の自由が奪われているのです。

(拘束されている…⁉)

 青ざめた私は、おねえさまを見上げました。

「これは、おねえさまが縛ったのですか?」

「そう。」

「ど、どうしてですか?」

「キミは本当に、みつきなの?」

 おねえさまは無表情で私の横に寝そべると、闇に白く浮かぶ羽ぼうきをツツーと私の腕に沿わせました。

「ッ、おやめください。」

 私はゾクリとしました。
 身をひねり逃げようとしましたが、おねえさまの手が反転した私の身体を引き戻します。

「おかしいよね。」

 おねえさまの淡々とした言葉から、静かな怒りがヒシヒシと伝わってきました。

「ボクが知ってるみつきはね、極度の男性恐怖症で、父親さえもまともに見られない令嬢なんだよ。
 それなのに今日は、男を同伴して来るなんて…。」

 私はハッとしました。

 確かに、紘次郎にだけは男性アレルギイが起こらないということを、おねえさまにはお知らせしていなかったのです。

「紘次郎は遠縁の親戚です!
 私が幼いころから、きょうだいのように一緒に暮らしていたので平気なんです。
 私が男性が苦手なのは、ウソではありません!」

「ひどい。」

 おねえさまの瞳はガラス玉のように透き通っていて、私の言葉が響いていないようでした。

「それが本当だとしたら、そんなに大事なことを秘密にしていたということ?
 エスなのに?」

 羽ぼうきは腕から指先、指先から脇へと虫のように這っていき、私は思わず悲鳴をあげました。

「おねえさま、お願い!
 信じてください‼」

「そういえば、最近みつきから手紙がこないと思っていたら、郵便受けから手紙が抜き取られるという被害があったよ。
 郵便屋は確かに綾小路家からの手紙を届けたと言うんだけど。
 もしかしてニセモノさん、キミの仕業じゃないの?」

 おねえさまはいたぶるように羽ぼうきを私の足の裏にゆっくりとすべらせます。

「ヒッ!」

 羽が足裏に触れるか触れないかという感覚がゾクゾクして、全身に鳥肌が立つのです。
 私は必死にゆるしを請いました。

「おゆるしください!
 私はおねえさまの従順なるしもべです!
 どうか、私がみつきだという証明をさせてください‼」

「じゃあ、いちどだけ本人だと証明する機会を与えるね。」

 おねえさまは羽ぼうきで口元を隠しながら言いました。

「いつかの手紙で親友の【ようこ】との秘めごとを、ボクと試したいと書いていたよね。
 あれを今、ここでシて。」