憧れのおねえさまは華麗に素敵な嘘を吐く~大正公爵令嬢×隻眼海軍少尉の秘密の花園~

 ようこは、二通の手紙を机の上に並べました。

「この手紙の字体の違い、お分かりになりますか?」

 私は首を傾げました。

「分からないわ。」

 ようこはさんさんと陽射しが降りそそぐ教室の窓ガラスに、二通の手紙を重ねて貼りました。
 そうすると、紙が透けて字が透過するので、字体を比べることが可能になります。

 よくよく見てみると、同じ文字なのに違和感が…。

「アッ、この【を】という字ね!」

「そうなんです。 この【を】という字は上下をクッキリ離して書いているものと、続けてひと筆書ふでがきのように書いてあるものがありますね。こちらの【さ】も同様です。」

 教師のように赤鉛筆の先で手紙の疑わしい箇所にマルを入れると、ようこは眉間にしわを寄せました。

「もし一年前に初めて来た手紙がうららさま本人であるとするならば…。」

  ようこは赤マルで添削された手紙をピシッと私の目の前につき出しました。

「直近で来た【心中】をそそのかす文章の手紙の書き手は、【本人の筆跡をマネした別人】であると言わざるをえないと思います。」

「それが、あの断崖にいた女性のしわざだということ?」

「あくまでも想像でしかないのですが、そうかもしれませんね。
 女性はうららさまとみつきさまに横恋慕したあげく、うららさまを装って心中計画の手紙を投函し、みつきさまを断崖におびき寄せて二人の仲を引き裂こうとしたとか?」

「スゴイ推理だわ。 あなた、探偵におなりなさいよ」

「最近、ミステリー小説にハマっていますの。」

  ようこは得意気にパイプをくわえるマネをしておどけてみせました。
  私はそんなようこの推理に興奮しながらも、不安はぬぐい切れませんでした。

「でも、おねえさまはあの女性を使って私の【純愛】を試したということではないのかしら?」

 不安を口に出すと胸がキュッと苦しくなりました。
 むしろ、おねえさまの意思でこのような仕打ちをされたなら、この恋も諦めがつくというものです。

 そんな私を見て、ようこはキッパリとこう言いました。

「善は急げ。
 放課後、この手紙に書かれている住所に出向きましょう。
 本人にお会いして、直接本音を聞き出すのです。」

「エエッ、お約束もしていないのに?   
 そんな出過ぎたこと、私にはできないわ。」

「はしたなくても良いではないですか。」

 ようこは神妙な面持ちでおごそかに言いました。

 「どうせ私たちはカゴの中の鳥。
 この女学院を出たら、顔も知らぬ殿方の家の、跡継ぎを産むためだけに囲われて生きる運命。
 今、この時にしか崇高なる恋の炎は燃やせないのです。」

 はしたなくても良い―それは青天の霹靂。
 同い年のようこが、今ははるか年上のおねえさまに見えます。

「心細ければ、私もお供しますよ!」

 ようこは明るく笑います。

「ありがとう。でも、私ひとりで行くわ。」

 私は思い切ってようこに言いました。
 なにか悪い予感がします。

「でも…。」

 不安そうな表情を浮かべるようこを私は再びカーテンの中に招き入れました。
 
「あなたの友情に感謝するわ。」

 それから、私はようこの首筋に軽く唇を当てたのです。
 わたくしの犬歯はニュッと長細く伸び、ようこの柔らかな白い肌に突き刺さります。

「私のみつきさま…好き。」

 ようこは私に微量の血を吸われながら恍惚の表情を浮かべました。

 実は私の綾小路家は…というより、一部の旧公家の華族は世間で言うところの吸血鬼の末裔なのです。
 特異な種の保存のために私たちの祖先は歴史の闇に紛れ、その時々の支配者を助けて暗躍し、盤石な地位を築いておりました。

 そして現在、大正の吸血鬼たちは人間に馴染む生活を送るために進化を遂げていました。
 太陽の下でも生活ができるし、血が食事というよりは愛情表現のひとつとして歯を立てて微量の血を吸うのが慣習で、特に人間の血液がないと生きていけないという体ではありません。

 そしてその吸血行為には愛がなければシてはならないという制約があるのです。

 私は深く感謝をしたのでようこよりも強く、長く歯を立ててしまいました。
 ようこの小さな身体がビクッと痙攣したので、私はパッと身体を離しました。

「ごめんね、痛かったかしら?」

 ようこは大きな瞳に涙をためて首を横に振りました。
 可愛いようこの頭をなでながら、私はうららおねえさまの姿を思い浮かべておりました。

(いつか、おねえさまも首を噛ませてくれるかしら?  
 もしそれができたら、この恋はどんなに愛しく狂おしくなることでしょう!)

  そう思うと私の身体はゾクゾクして、胸の奥に甘やかな微熱を持つのでした。