憧れのおねえさまは華麗に素敵な嘘を吐く~大正公爵令嬢×隻眼海軍少尉の秘密の花園~

(麗さまが行方不明⁉)

 耳鳴りがざらざらと耳介の奥でうごめく音が聴こえます。
 血の気が失せた色の無い私の時間は、ピタリと止まってしまいました。
 ようこの瞳の奥に映った自分の顔は、まるで虚ろな亡霊のよう。

 ようこは申し訳なさそうに顏を歪めて言葉を続けました。

「私はなんとか麗さまの情報を得ようと、艦隊の庶務主任に手紙を出し続けていました。
 そして先日、わが家にこのような電報が届いたのです。」

 私はようこに手渡された電報を見た瞬間に、立ち眩みを起こしてしまいました。

「アアッ⁉」

【ゴシキソウカン ノ ユクエ ワカラズ ソウサク ウチキリ】

「行方が分からず…捜索が打ち切り?」

 私の頭の中は真っ白になり、手足が無意識にガクガクと震えます。
 ようこは私の体を支え、腕を背中を擦ってくれました。

「みつきさま、お気を確かになさって!」

「うそ!」

 私が短く叫ぶと、ようこはか細い声で話を続けました。

「お父さまのツテも使って、なんとか捜索を再開してほしいと嘆願書を出してもらったのですが、未だ受理されていません。
 麗さまは国境付近を巡回する偵察船に軍医として同乗していたそうなので、もしや敵国船と戦闘になり拉致されたということも視野に入れているのですが…。」

 私はすぐさまにカーテンを翻して箪笥まで走りました。
 箪笥の中の物を手当たりしだいに旅行カバンに詰めこみ、部屋のいちばん端の部屋の窓を開きました。

 私の突飛な行動に驚いたようこが、悲鳴のような声をあげました。

「どうされたの、みつきさま!」

「麗さまを探しに行くの。」

「ここは二階ですよ⁉」

「かまわないわ。
 私、海に行きたいの。」

 窓枠の縁に足をかけた私の体を、ようこは全体重をかけて引き戻します。

「落ち着いて、落ち着いて!」

「離して!」

「離せるわけがありません‼」

 もつれあって床に倒れ込んだ私たちは、お互いを抑え込もうともみ合いになりました。
 しかし武道の心得があるようこに私は手を取られ、床に組み敷かれてしまいました。

 ようこは息を荒く吐きながら、半狂乱の私の手に自分の手を重ねました。

「よくお聞きになって。
【行方不明】は死んだということではありません。
 みつきさま一人が目印のない海に出たところで、何ができるというの?」

「だって!!」

 私は駄々っ子のように、髪を振り乱して床に額をこすりつけました。

(苦しい 苦しい 苦しい!)

 私の情緒はもう限界を超えていました。
 自分でも、どうにもならない状態です。

 柔かい蜂蜜色の髪や白い肌、目尻の泣きぼくろや薄紫色のオッドアイ。
 麗さまに触れられた肌の感触さえ、昨日のことのようにありありと思い出すことができるのに。

(ウソよ、私の世界から麗さまが消えるなんてこと、信じられるわけないじゃない!)

 私は顏を上げて、ようこにこう宣言しました。

「麗さまがお亡くなりになられたのなら…私も海に飛びこみます。」

 パン!

 乾いた破裂音が部屋に響きわたります。
 私は驚いてようこを見上げました。

 ようこが、私の頬を平手で打ったのです。

「麗さまを愛しているのでしたら、最後まで信じなくてはダメ!」

 私は雷に打たれた子羊のように呆然としていました。
 打たれた頬が赤みを帯び、ジンジンと熱をもって痛みます。

 ですが、その痛みのおかげでやかましかった頭の中がスッと静かになり、正気に戻れたのです。
 私の変化を感じ取ったのか、興奮で吊り上がっていたようこの目尻が少し下がり、私を拘束していた手の力も緩みました。

「麗さまは必ずみつきさまの元へ帰られますわ。
 みつきさまに信じてもらえないのは、麗さまが可哀想。
そしてそれまでは、みつきさまは公爵家にいた方が懸命です。
 今は辛いかもしれせんが、必ずようこが何とかしますから、もうしばらくお待ちになって。」

 私は床からゆっくりと立ち上がると、涙を拭って微笑みました。

「ありがとう、ようこ。
 あなたがエス…親友で良かった。」

 ようこも立ち上がり、涙を湛えた潤んだ瞳で私を見つめます。

「永遠に、ようこはみつきさまの味方です。」

 私たちはしっかりとお互いを抱き締めて、声を押し殺して号泣しました。

 それは今までの私たちの【シスタア同士の抱擁】ではなく、【個人としての尊重と依存】という構図になっていることに、私はその時は気づきませんでした。

 ♢

 ようこが公爵邸を訪れたきっかり一週間後、私と紘次郎の婚約パーティーが帝国ホテルで執り行われることになりました。
 一足先に会場に向かった紘次郎を追って、私とひな子は黒塗りの送迎車に乗り込みました。

 その日は朝から雨模様で、時おり冷たくて強い小雨が車の窓ガラスを打ちつける肌寒い日でした。

 遠雷の青い稲妻が雲の隙間に細く閃いて、ちょうど車寄せからホテルの玄関歩いていた私とひな子は「キャッ!」と甲高い悲鳴をあげてお互いの身体を支えました。
 ひな子は黒い空を見上げて鼻の頭にシワを寄せました。

「あいにくの天気で小憎らしいですわね。夜半は嵐になるとか。」

「午後からいらっしゃるお客さまはたいへんね。
 これ以上は、あまりひどくならなければ良いのだけど。」

 ロビーに入る前に振り返り、私も今にも頭の上で崩れ落ちそうな黒く張りだした雲を見上げました。

 (天気さえ、この婚約式を祝福していないんだわ。)

 嵐が来たらいい。
 そしてこの会場ごと飲み込んで、何もかも無くなってしまえばいいのに。