公爵家の窓から見える木々の彩りは、日々移りかわります。
色づいた葉は芳醇な秋の深まりを醸し出していますが、やがて訪れる厳しい冬への侘しさも持ち合わせているのです。
私はうら寂しい気持ちを抱えながら、部屋の出窓に腰掛けています。
私が紘次郎に軟禁されてから、早や二か月が過ぎようとしていました。
「みつき、寒くないですか?」
外の風景に心が奪われていた私は、ビクッと体を震わせて振り返りました。
「紘次郎、いつの間に来ていたの?」
緊張した私の肩に紘次郎がそっと厚手のショールをかけてくれました
「つい先ほど。
ノックにも気づかない様子でしたよ。」
いつもと変わらぬ温和な微笑みをたたえた優男。
その腹のうちに隠された黒い本心を知っている私は、うつむいたまま小さくつぶやきました。
「ありがとう。」
今でも信じられません。
兄のように慕っていた紘次郎が、私と麗さまを引き離した上に自分との結婚を命令するような卑劣な男だなんて。
「昔からみつきは風邪をひくとすぐに寝込むのですから、ご自愛くださいね。」
紘次郎は多忙な当主の仕事の合間に、毎日欠かさず私の部屋に来てたわいのないお喋りをしていきます。
住み慣れた家、気のおける使用人と優しい紘次郎。
穏やかな昔通りの生活は、麗さまに出会う前となんら変わらない、愛しい家庭の風景です。
私の望むすべてのことを紘次郎は尊重してくれて、【自由】以外の【不自由】はひとつもありません。
でも、それが果たして【幸せ】と呼べるのでしょうか?
以前の私なら考えることを止めて、全てを諦めて紘次郎を受け入れていたかもしれません。
でも、今の私は色を変えた紅葉と同じ。
決してもとには戻れないのです。
「婚約破棄の書状を送ったのに、五色家からは音沙汰がなくてね。」
不意に紘次郎の口から【五色家】のなまえが出て、私は思わず身を固くしました。
「さすが戦争屋だけあるというかね…常識がないという事実には、やはり驚かされます。
あちらは不名誉な婚約破棄を受け入れるより、だんまりを続けて風化を狙っているのかもしれないですけどね。」
(麗さまと対話をする気もないくせに、なにを勝手なことを…!)
苛だつ私の気持ちを煽るように、紘次郎はさらに話を続けました。
「ただ、綾小路家としては正式な手続きはしているので、私とみつきの婚約式は予定通り行う方針です。
来月にね。」
「来月ですって?」
私は青ざめて口を押さえました。
「帝国ホテルはおさえてあるので、週末にみつきのドレスを選びに行きましょう。」
「待って、そんなこと私は承知していないわ!」
思わず声を荒げながら詰め寄ると、紘次郎がおもむろに目の前に跪きました。
そして、ふたを開けた小さな小箱からうやうやしく指輪を取り出すと、自分の手のひらに乗せて差しだして見せたのです。
「全国の宝石商の中でも最高級の物を用意させました。
ダイヤモンドの石言葉はご存知ですか?」
燦然と七色の光を放つ大粒のダイヤモンドが輝く指輪。
私は思わず顏を背けました。
「純愛です。」
嫌がる私の指に指輪を押しこむと、紘次郎は感極まった表情で私の手を握りました。
「この指輪の輝きにかけて…あなたを一生離さないと誓います。」
(重いわ…。)
指輪はとても小さいのに、まるで私を縛る鎖のように重いのです。
私は手を握られたまま、紘次郎の背中の向こうの景色が霞むのを呆然と見ていました。
※
婚約式が直前に迫ったある日、私は期待していた客人を部屋に招くことを許されました。
「みつきさま!」
ドアを開けた瞬間、私に飛びついてきた愛しい親友を力いっぱいに抱きしめて、私たちは久しぶりの再会を全身全霊で喜びました。
「元気? 元気だった?」
「みつきさまがいない世界は味のしない食事と一緒。
ようこは棺桶に片足を突っこんでいました。」
「なによそれ、ようこったら!」
いつも変わらない元気なようこの姿が愛おしく、私はひな子が同じ部屋にいるのも忘れてしまいました。
その柔かい首筋に濃厚な口づけをして強く吸うと、ようこが「キャッ」と高い声を出しました。
「来てくれて、本当にありがとう。
あなたがエスであることを誇りに思うわ。」
私がうっとりとした顏でようこに囁くと、首を赤く腫らしたようこも蕩けるような表情で私の首に両腕を巻きつけました。
「みつきさま…すき。」
ようこがお返しに私の首に唇をつけた瞬間、部屋の片隅で「コホン」と小さな咳払いが耳に届きました。
「し、失礼します。
私はしばらくの間、退出をしています。
お帰りの際は、廊下に向けて呼び鈴を鳴らしてくださいませ。」
顔を赤らめたひな子が部屋を出るのを確認すると、私たちはお互いに目配せをしてカーテンの中に入りました。
ようこがずいぶんと興奮した様子で目を輝かせて言いました。
「【秘密の儀式】がうまく活用できましたわね。」
「ひな子がいつ入って来るか分からないから、手短に話をしましょう。
私の手紙の暗号を解いていらしてくれたのですか?」
「ええ、もちろん。
さすが私のワトソンですねッ。」
ようこはニヤリと笑うと、私の手紙を鞄から取り出し、ていねいに赤ペンで丸をつけました。
「この手紙、前後が空白の文字をつなぎ合わせると
【こうじろうきけん かんきん たすけて れいにしらせて】と読めました。
いつか『ホームズの作品が好きだ』とみつきさまに話していて、ほんとうに良かったです。
すぐにでも助けに来たかったのですが、奪回の準備に手間取ってしまい…遅くなってごめんなさい!」
「あなたが危険を顧みずに、ここに来てくれただけで嬉しいわ。」
生真面目に頭を下げるようこの肩に優しく手を置いた私は、いちばん気になることを聞きました。
「このままでは帝国ホテルでの婚約式で、麗さまとの婚約の上書きをされてしまいそうなの。
このことで麗さまは何かおっしゃっているのかしら?」
「実は…私はまだ、麗さまとお会いできていないのです。」
ようこはモジモジしながら申し訳なさそうにうつむき、上目づかいに私を見上げました。
「婚約破棄の通知が五色家に届いたあと、麗さまは偵察船の軍医として帝国軍に徴集されました。
そして先日、公海で行方不明になったそうなのです。」
色づいた葉は芳醇な秋の深まりを醸し出していますが、やがて訪れる厳しい冬への侘しさも持ち合わせているのです。
私はうら寂しい気持ちを抱えながら、部屋の出窓に腰掛けています。
私が紘次郎に軟禁されてから、早や二か月が過ぎようとしていました。
「みつき、寒くないですか?」
外の風景に心が奪われていた私は、ビクッと体を震わせて振り返りました。
「紘次郎、いつの間に来ていたの?」
緊張した私の肩に紘次郎がそっと厚手のショールをかけてくれました
「つい先ほど。
ノックにも気づかない様子でしたよ。」
いつもと変わらぬ温和な微笑みをたたえた優男。
その腹のうちに隠された黒い本心を知っている私は、うつむいたまま小さくつぶやきました。
「ありがとう。」
今でも信じられません。
兄のように慕っていた紘次郎が、私と麗さまを引き離した上に自分との結婚を命令するような卑劣な男だなんて。
「昔からみつきは風邪をひくとすぐに寝込むのですから、ご自愛くださいね。」
紘次郎は多忙な当主の仕事の合間に、毎日欠かさず私の部屋に来てたわいのないお喋りをしていきます。
住み慣れた家、気のおける使用人と優しい紘次郎。
穏やかな昔通りの生活は、麗さまに出会う前となんら変わらない、愛しい家庭の風景です。
私の望むすべてのことを紘次郎は尊重してくれて、【自由】以外の【不自由】はひとつもありません。
でも、それが果たして【幸せ】と呼べるのでしょうか?
以前の私なら考えることを止めて、全てを諦めて紘次郎を受け入れていたかもしれません。
でも、今の私は色を変えた紅葉と同じ。
決してもとには戻れないのです。
「婚約破棄の書状を送ったのに、五色家からは音沙汰がなくてね。」
不意に紘次郎の口から【五色家】のなまえが出て、私は思わず身を固くしました。
「さすが戦争屋だけあるというかね…常識がないという事実には、やはり驚かされます。
あちらは不名誉な婚約破棄を受け入れるより、だんまりを続けて風化を狙っているのかもしれないですけどね。」
(麗さまと対話をする気もないくせに、なにを勝手なことを…!)
苛だつ私の気持ちを煽るように、紘次郎はさらに話を続けました。
「ただ、綾小路家としては正式な手続きはしているので、私とみつきの婚約式は予定通り行う方針です。
来月にね。」
「来月ですって?」
私は青ざめて口を押さえました。
「帝国ホテルはおさえてあるので、週末にみつきのドレスを選びに行きましょう。」
「待って、そんなこと私は承知していないわ!」
思わず声を荒げながら詰め寄ると、紘次郎がおもむろに目の前に跪きました。
そして、ふたを開けた小さな小箱からうやうやしく指輪を取り出すと、自分の手のひらに乗せて差しだして見せたのです。
「全国の宝石商の中でも最高級の物を用意させました。
ダイヤモンドの石言葉はご存知ですか?」
燦然と七色の光を放つ大粒のダイヤモンドが輝く指輪。
私は思わず顏を背けました。
「純愛です。」
嫌がる私の指に指輪を押しこむと、紘次郎は感極まった表情で私の手を握りました。
「この指輪の輝きにかけて…あなたを一生離さないと誓います。」
(重いわ…。)
指輪はとても小さいのに、まるで私を縛る鎖のように重いのです。
私は手を握られたまま、紘次郎の背中の向こうの景色が霞むのを呆然と見ていました。
※
婚約式が直前に迫ったある日、私は期待していた客人を部屋に招くことを許されました。
「みつきさま!」
ドアを開けた瞬間、私に飛びついてきた愛しい親友を力いっぱいに抱きしめて、私たちは久しぶりの再会を全身全霊で喜びました。
「元気? 元気だった?」
「みつきさまがいない世界は味のしない食事と一緒。
ようこは棺桶に片足を突っこんでいました。」
「なによそれ、ようこったら!」
いつも変わらない元気なようこの姿が愛おしく、私はひな子が同じ部屋にいるのも忘れてしまいました。
その柔かい首筋に濃厚な口づけをして強く吸うと、ようこが「キャッ」と高い声を出しました。
「来てくれて、本当にありがとう。
あなたがエスであることを誇りに思うわ。」
私がうっとりとした顏でようこに囁くと、首を赤く腫らしたようこも蕩けるような表情で私の首に両腕を巻きつけました。
「みつきさま…すき。」
ようこがお返しに私の首に唇をつけた瞬間、部屋の片隅で「コホン」と小さな咳払いが耳に届きました。
「し、失礼します。
私はしばらくの間、退出をしています。
お帰りの際は、廊下に向けて呼び鈴を鳴らしてくださいませ。」
顔を赤らめたひな子が部屋を出るのを確認すると、私たちはお互いに目配せをしてカーテンの中に入りました。
ようこがずいぶんと興奮した様子で目を輝かせて言いました。
「【秘密の儀式】がうまく活用できましたわね。」
「ひな子がいつ入って来るか分からないから、手短に話をしましょう。
私の手紙の暗号を解いていらしてくれたのですか?」
「ええ、もちろん。
さすが私のワトソンですねッ。」
ようこはニヤリと笑うと、私の手紙を鞄から取り出し、ていねいに赤ペンで丸をつけました。
「この手紙、前後が空白の文字をつなぎ合わせると
【こうじろうきけん かんきん たすけて れいにしらせて】と読めました。
いつか『ホームズの作品が好きだ』とみつきさまに話していて、ほんとうに良かったです。
すぐにでも助けに来たかったのですが、奪回の準備に手間取ってしまい…遅くなってごめんなさい!」
「あなたが危険を顧みずに、ここに来てくれただけで嬉しいわ。」
生真面目に頭を下げるようこの肩に優しく手を置いた私は、いちばん気になることを聞きました。
「このままでは帝国ホテルでの婚約式で、麗さまとの婚約の上書きをされてしまいそうなの。
このことで麗さまは何かおっしゃっているのかしら?」
「実は…私はまだ、麗さまとお会いできていないのです。」
ようこはモジモジしながら申し訳なさそうにうつむき、上目づかいに私を見上げました。
「婚約破棄の通知が五色家に届いたあと、麗さまは偵察船の軍医として帝国軍に徴集されました。
そして先日、公海で行方不明になったそうなのです。」



