憧れのおねえさまは華麗に素敵な嘘を吐く~大正公爵令嬢×隻眼海軍少尉の秘密の花園~

「離して、離してよぉ! 私のッ、私の純愛が!」

 獣のように咆哮する華乃さまは、
 華乃さまの動きがようこに封じられている隙に、私は思い切ってその手からナイフを奪いました。

「アアアッ!」

 その途端、華乃さまはその場に力なく崩れ落ちたのです。
 ようこはそんな彼女を辛そうに見下ろしました。

「愛する人の幸せを願ってこその純愛よ。
 それは、とっても切ないことだけどね。」

 ようこは震えが止まらない私に駆けより、そっと私の手からナイフを取り上げました。

「みつきさま、お怪我は?」

「あ、ありがとう。私は大丈夫。」

 他人の悪意に触れることが、こんなにも体力的にも精神的にも削られることだとは思いませんでした。
 私たち吸血鬼はモンスターですが、不老不死でもなければ肉体が鋼ということもありません。

 ただ、栄養の摂り方や愛し方が人間とは違うだけ。
 もしもようこが来てくれなかったら…と思うと、ゾッとします。

 私はスカーフで器用に華乃さまの手足を封じるようこに、感謝の声をかけました。

「あなた、ヒーローみたいに格好良かったわよ。」

「幼少より親に仕込まれていた合気道が、お役に立ちましたね!」

 ようこは安心したようにホウッと息を吐くと、はにかみながら微笑みました。
 その時、泣きじゃくる華乃さまの口からまたあの名前が漏れました。

「ゴメンなさい、うららさま!」

 ここまで来るともう看過できません。

「華乃さまが私を好きだというのは嘘。
 そして、その指示は【うらら】がしたということね。」

「【うらら】って、まさかみつきさまの文通の方ですか⁉」

 事情を知らないようこが悲鳴をあげました。
 押し黙る華乃さまに、私は重ねて聞きました。

「今回の恋文は、私を呼び出して傷つけるのが目的。
 そして、その指示は【うらら】がしたこと。
 そうよね?」

「ハイ。間違いありません。」

 華乃さまが小さくそう呟いた時、天文台のドームの陰で誰かが動く気配がしました。

「誰?」

 私が振り向くと、その人はバタバタと足音を響かせながら非常階段の方に走り出しました。
 私たち以外にこの場には、誰もいなかったはずです。

 それを見て青ざめた華乃さまは、さめざめと泣きくずれました。

「ウウッ、こんな状況でも、私を置いて行ってしまうのね。愛しいけれど、ほんとうにヒドい人…。」

 私とようこは顔を見合わせました。

「追いかけましょう!」

 私たちは華乃さまをその場に残したまま、慌てて非常階段をかけおりました。

 ♢

 カンカンカンカン!
 鉄骨階段に鳴り響く硬い金属音。

 私たちは息を吸うのも忘れるくらい、無我夢中でその人を追いかけました。
 まだようこには話してないのですが、万がいち【うらら】が【麗さまが女装した姿】だったらどうしようとひそかに思っていたのです。

(お願い。八重子の言っていた【猿渡うらら】でありますように!)

 やがて螺旋階段のすきまから逃げる女性の後ろ姿が垣間見えました。
 センターで分けられた長くて黒い髪、黒いシャツと細身のパンツから伸びる手足の長い四肢、意思の強い眼差し。

(良かった、麗さまではない…でも。)

 私はすぐに白亜岬の断崖で会った女性を頭に思い浮かべ、冷や汗が流れました。

「あれは、あの女性は!」

 女性はヒール靴で走るのがキツくなったのか、徐々に速度が落ちていきます。
 ローファー靴の私たちは、彼女の後ろまで追いつきました。 

「ごめんあそばせ!」

 ようこがヒラリと手すりを飛び越え、階段の向こう側の下の段に着地しました。

「スゴイわ、ようこ!」

 見事にようこが女性の進路をふさぐ形になり、私たちに挟まれた女性は階段の真ん中でピタリと足を止めました。
 ようこは息を荒げながら、女性に詰め寄りました。

「あなたが華乃さまが言っていた【うらら】ですか?
 華乃さまを使ってみつきさまを傷つけようとするなんて、一体どういうつもり?
 返答によっては警察を呼びます。」

「私は何もしていないわ。」

 女性は額に汗をにじませながら、美しい顔をゆがめました。

「私は見ていただけ。
 行き過ぎた行動は、まいがよかれと思って勝手にやったことよ。」

「あのッ、もしかしてあなたは…白亜岬にいらした方ですか?」

 私は勇気を出して口火を切りました。
 女性は私をジッとにらむと、からかうようにしわがれた声音をだしました。

「そうよ綾小路みつきさん。これで会うのは三度目だけれど。
 私の名前は【猿渡うらら】よ。
 でも、あなたの文通相手ではないわ。」

「その声!
  まさか、老婆の役にすり替わったのも⁉
 あなたは、麗さまとどういう関係なのですか?」

 うららさまは意味ありげに目を細めると、口の端をニヤッとつりあげて笑いました。

「そのうち分かると思うけど…私たち、離れたくても離れられない関係なの。」