憧れのおねえさまは華麗に素敵な嘘を吐く~大正公爵令嬢×隻眼海軍少尉の秘密の花園~

「みつきさまのことを、陰ながらお慕いしておりました。」

 艷やかな長い髪をおさげにしたメガネ姿の少女は、頬を染めてたどたどしく私に告げました。

「どうか、私の純愛を受け止めてください!」

 ♢

 五色家に足入れをしてから一ヶ月は経とうという頃。
 いつものように五色家から女学院に登校した私は、上履きを取ったはずみに靴箱から何かが落下したことに気がつきました。

「あら。」

 それはパラフィン紙で包まれた桃色の封筒でした。

「何か落とされましてよ。」
 
 私の横に居たようこが封筒を拾って下さったのですが、その宛名を見た私たちはハッと息を飲みました。

「愛するおねえさまへ、ですって⁉」

 ようこは私に渡しかけた手紙を引っこめると、封に指をかけて開けようとしました。

「ようこ、待って!」

「いいえ、ダメです。」

 くるりと回って私の制止を振り切ったようこは、もはや便せんの封を開けて中身を検分しています。

「あーあ、差出人のなまえがないから、誰かわからないわ。

【可憐なみつきさまへ。
 今日は、私の苦しい秘密と真実を、あなたさまだけに打ち明けたいと思います。
 放課後に天文台の下でお待ちしています。                           
 あなたのしもべより。】

 やあね、こんなのラブで決まりよ。  
 告白の文ぢゃないの!」

 私は秘密を暴かれた弱者のように、うろたえました。

「もう、ようこったらあんまりよ。いくら親友でも無神経だわ!」

「女学院の中では私とみつきさまがエスなのは周知の事実です。
 それなのに、この方はいったいどういうつもりなの?」

「さあ。
 でも、ちゃんと話を聞かなければわからないわよ。」

 ようこはいらだちを隠さずに地団太を踏みました。

「こんな手紙でノコノコと誘われちゃダメですよ。
 みつきさまはお優しいから、情に流されてしまいそうです。
 この恋文はようこが預かりますから。」

「でも…。」

「さあさあ、お急ぎになって。もう始業のベルが鳴りますわよ。」

 ようこに巧くあしらわれた私は、手紙を返してもらえません。
 ようこは番犬のように周囲を威嚇しながら、私と腕を組んで教室に向かいました。

 ♢

 授業中、頭を占めるのはあの手紙のこと。

 私も【エス】の手紙をおねえさまに出すのは、とても勇気がいる行為でした。
 きっと手紙の少女も、たくさん悩んで勇気を出してこの手紙を書いてくれたんだろうと思うと、無下にできるはずもありません。

(話を聞くだけなら、不貞行為ではないわよね。)

 私は放課後に天文台の待ち合わせ場所へと向かったのです。
 もちろん、ようこには内緒で。

 ♢

「本当にいらしてくださったのね!」

 待ち合わせ場所で私を歓迎してくれたのは、生徒会長の華乃まいさまでした。
 手紙に【おねえさま】と書かれているからてっきり後輩だと思っていたのですが、女学院イチ品行方正な生徒会長だったなんて!

 私はおずおずと切り出しました。

「私たち面識はあるけれど、こうして話すのは初めてですよね。」

「ええ。
 いつもは横にようこさまがいらっしゃるから話しかけにくくて。
 でも、卒業する前にどうしても、自分の想いを伝える気持ちになりましたの。」

 私のようなものが優等生に思われていたなんて光栄…とは思いながらも、今まで接点のなかった彼女に対してどう向き合えばいいのか戸惑いました。
 麗さまのおかげで男性恐怖症は薄らいできた気がするのですが、暗くて引っ込み思案な性格は相変わらずなのです。

「どうか、私の純愛を受け止めてください!」

 顔を赤らめて頭を下げる華乃さまと、少しまえの私の姿が重なります。
 私は大きく息を吸ってから、言葉を吐き出しました。

「ご、ごめんなさい。
 実は私にはもう、心に決めた方がいるのです。」

「それは、ようこさまじゃないですよね?
 まさか婚約者さまのことですか?」

 私がコクリと頷くと、華乃さまの顔色がみるみる青く変わりました。

「困ります!」

 華乃さまの口調が急にとげとげしく変化して、その迫力に私はたじろぎました。

「困る?」 

「え? みつきさまは【シスタア】ですよね?
 なのに男性を好きになる? それとも、シスタアというのは嘘?
 よもや、私やようこさまを馬鹿にしておいでなのですか?」

「それは…。」

 豹変した華乃さまの矢継ぎばやの糾弾に、私は言葉を失いました。

 ほんの数か月前までは、婚約者との結婚に絶望しておねえさまとの心中を夢見ていた自分。
 だけど、麗さまに出会ってからの私は、もはやエスの抜け殻のよう。

 こんな私はシスタアと呼べるのかしら?

「ほんもののシスタアならば、エスとの純愛を貫くべきです。
 私ならそうします。」

 敬けんな修道女のように十字を切った華乃さまは、私の身体をあっという間に押し倒しました。

「な、何をするの、華乃さま。」

 不意を突かれた私は、赤く輝く華乃さまの瞳に捕らえられてしまいました。 
 華乃さまも貴族――そう意識した時には、馬乗りになった華乃さまの強い力で冷たい屋上の床に組敷かれたのです。

 吸血鬼の催眠能力。
 この能力を同族に使うなんて、もし家長が知ったら家同士の戦争が起こるほどの由々しき事態。

 それを熟知しているはずの華乃さまがその力を行使するということは、それなりの覚悟がないとできないことです。

「みつきさまが悪いのよ。」

 華乃さまは制服のポケットから柄つきの銀のナイフを取り出し、私の目の前でチラつかせました。

「…!」

 華乃さまはナイフを持たない方の手で、私の首を圧迫しました。
 その目は血走っていて、どこか虚ろです。

「くるし・い。」

 この人はおかしい。
 視界に黒い線のようなものがチラチラと映って、私の意識はだんだんと遠くなるようでした。
 
 華乃さまは目に涙を浮かべながら絶叫しました。

「私はシスタアの純愛を全うします。
 愛するうららさまのために、あなたはこの世から消えて!」 

(うららさま?)

 くすんだ鈍色の軌跡が、弧を描いて私の顔目がけて振り下ろされ、私は覚悟して目を閉じました。

 バン!

 急に華乃さまに押さえつけられていた体が軽くなり、私は横にゴロリと転がりました。
 酸素を求めて肺いっぱいに深呼吸をすると、少し視界が良くなりました。

(何が起きたのかしら?)

 地面にうつ伏せたままの私の耳に、聞き慣れた少女の甲高い声と華乃さまの悲鳴が響きました。

「みつきさま、大丈夫⁉」

 霞む視界を上げると、華乃さまの腕をひねりあげて目に炎を宿したようこが私にウインクをしました。

「だから行かないでと言ったのに。手がかかるみつきさまですね。」