「あなた、綾小路さん?」
ドット柄のひざ下丈のワンピースに白いニットカーディガンを肩に引っかけた長身の美女は、腕を組んでこちらを振り向きました。
「え?」
私は目を丸くしました。
目の前の女性は綺麗な方ですが、私の愛するおねえさまではありません。
辺りは急に陽がかげりはじめ、空にはいつの間にか黒い雲がしみのように重く広がっていました。
タクシーの運転手の去り際の言葉が、頭の中でよみがえります。
「ええと、ごめんなさい。
人違いだと思います。」
ペコリと会釈をして踵を返そうとした私を、甲高い声が呼び止めました。
「私は間違っていないわ。」
女性はポシェットから和紙の封筒を取り出すと、その中から一枚の写真を取り出しました。
「これ、あなたでしょ。
綾小路みつきさん。」
(私の写真!)
背中に悪寒が走りました。
「なぜ、あなたがこの手紙を?」
「とにかく、迷惑なの。」
ピシャリと女性は言い放ちました。
「何も知らないくせに【心中】の話を真に受けるだなんて、頭の中がお花畑だし図々しいにもほどがある。
今日は忠告をしに来たのよ。
もう二度と、こんな手紙を送らないでちょうだい。」
私は胸が苦しくなって頭が混乱してしまい、何も言い返せませんでした。
「もし、またあなたの名前の封筒を見つけたら…。」
女性は私から帽子をサッと取り上げると、胸のあたりを強くこづいてきました。
「キャッ!」
後ずさりをしながらよろめくと、踵が断崖の端ギリギリのところでした。
「あぶ…。」
振り向いて崖の下を見た私は足もとの小石と女性が放り投げた赤い帽子が海に落ちていくさまを見ました。
「ウウッ!」
私は足が震えて立っていられずに、その場にへたり込みました。
「本当は死ぬ気なんてなかったんでしょう。」
追い打ちをかけるように、残酷な女性の嗤い声が耳に響きます。
「軽い気持ちで文通していたのなら、本当に不愉快だし迷惑よ。
二度と会おうとしないで。
そんなに死にたいのなら、次は、ここから背中を押してあげるわ。」
女性は悪魔のように微笑むと、わたくしがおねえさまに宛てた手紙の束を、海に向かってバラまきました。
♢
「みつき、戻ってきてくれたんですね!」
突然の夕立にずぶぬれで帰宅した私の足音を聞き分けて、すぐに家庭教師の紘次郎が飛んできました。
紘次郎は幼いころから公爵邸で奉公をしている書生です。
「あんな書き置きを残して出ていくなんて!
もう少し遅かったら、旦那様に報告するところだったんですよ?」
紘次郎は私を玄関の軒先まで誘導すると、雨に濡れた私の身体を乾いた掛布でぬぐってくれました。
「ごめんなさい。」
叱責されているにも関わらず、私は安堵しました。
紘次郎が誰にも報告せずに、私を信じて待ってくれたことが嬉しかったのです。
「でも良かった…あなたが無事で。」
その瞬間、胸の底に押さえつけていた感情がいっきにあふれ出してしまいました。
「ウッ。」
「みつき?」
わたくしは紘次郎の胸に飛び込むと、思い切り泣いてしまいました。
おねえさまに会えなかったことや見知らぬ女性に辛い言葉を浴びせられたことが、走馬灯のようによみがえります。
(あの女性の言うとおりだ。)
童のように声を上げて泣きながら、私は紘次郎の着物の布をしっかりと掴みました。
(自分ひとりでは何もできないくせに、他人の優しさをアテにして、自分のエゴを貫こうとしてしまった。)
涙は枯れることなくどんどんこぼれ落ちていくので、受け止める紘次郎の着物は雨で濡れた以上にベチャベチャになりました。
「何があったかは聞きませんが、夕餉までには泣き止んでくださいね。」
紘次郎は優しく私の頭をなでながら、雨が降り止んで辺りを夕闇が包むまで、ずっとそばにいてくれました。
ドット柄のひざ下丈のワンピースに白いニットカーディガンを肩に引っかけた長身の美女は、腕を組んでこちらを振り向きました。
「え?」
私は目を丸くしました。
目の前の女性は綺麗な方ですが、私の愛するおねえさまではありません。
辺りは急に陽がかげりはじめ、空にはいつの間にか黒い雲がしみのように重く広がっていました。
タクシーの運転手の去り際の言葉が、頭の中でよみがえります。
「ええと、ごめんなさい。
人違いだと思います。」
ペコリと会釈をして踵を返そうとした私を、甲高い声が呼び止めました。
「私は間違っていないわ。」
女性はポシェットから和紙の封筒を取り出すと、その中から一枚の写真を取り出しました。
「これ、あなたでしょ。
綾小路みつきさん。」
(私の写真!)
背中に悪寒が走りました。
「なぜ、あなたがこの手紙を?」
「とにかく、迷惑なの。」
ピシャリと女性は言い放ちました。
「何も知らないくせに【心中】の話を真に受けるだなんて、頭の中がお花畑だし図々しいにもほどがある。
今日は忠告をしに来たのよ。
もう二度と、こんな手紙を送らないでちょうだい。」
私は胸が苦しくなって頭が混乱してしまい、何も言い返せませんでした。
「もし、またあなたの名前の封筒を見つけたら…。」
女性は私から帽子をサッと取り上げると、胸のあたりを強くこづいてきました。
「キャッ!」
後ずさりをしながらよろめくと、踵が断崖の端ギリギリのところでした。
「あぶ…。」
振り向いて崖の下を見た私は足もとの小石と女性が放り投げた赤い帽子が海に落ちていくさまを見ました。
「ウウッ!」
私は足が震えて立っていられずに、その場にへたり込みました。
「本当は死ぬ気なんてなかったんでしょう。」
追い打ちをかけるように、残酷な女性の嗤い声が耳に響きます。
「軽い気持ちで文通していたのなら、本当に不愉快だし迷惑よ。
二度と会おうとしないで。
そんなに死にたいのなら、次は、ここから背中を押してあげるわ。」
女性は悪魔のように微笑むと、わたくしがおねえさまに宛てた手紙の束を、海に向かってバラまきました。
♢
「みつき、戻ってきてくれたんですね!」
突然の夕立にずぶぬれで帰宅した私の足音を聞き分けて、すぐに家庭教師の紘次郎が飛んできました。
紘次郎は幼いころから公爵邸で奉公をしている書生です。
「あんな書き置きを残して出ていくなんて!
もう少し遅かったら、旦那様に報告するところだったんですよ?」
紘次郎は私を玄関の軒先まで誘導すると、雨に濡れた私の身体を乾いた掛布でぬぐってくれました。
「ごめんなさい。」
叱責されているにも関わらず、私は安堵しました。
紘次郎が誰にも報告せずに、私を信じて待ってくれたことが嬉しかったのです。
「でも良かった…あなたが無事で。」
その瞬間、胸の底に押さえつけていた感情がいっきにあふれ出してしまいました。
「ウッ。」
「みつき?」
わたくしは紘次郎の胸に飛び込むと、思い切り泣いてしまいました。
おねえさまに会えなかったことや見知らぬ女性に辛い言葉を浴びせられたことが、走馬灯のようによみがえります。
(あの女性の言うとおりだ。)
童のように声を上げて泣きながら、私は紘次郎の着物の布をしっかりと掴みました。
(自分ひとりでは何もできないくせに、他人の優しさをアテにして、自分のエゴを貫こうとしてしまった。)
涙は枯れることなくどんどんこぼれ落ちていくので、受け止める紘次郎の着物は雨で濡れた以上にベチャベチャになりました。
「何があったかは聞きませんが、夕餉までには泣き止んでくださいね。」
紘次郎は優しく私の頭をなでながら、雨が降り止んで辺りを夕闇が包むまで、ずっとそばにいてくれました。



